二人は一緒に病院を出た。皐月が車を出してくるまで、奈央は道端で彼女を待っていた。暫くして、黒白のファラリーが奈央の前まで走ってきた。奈央が薄々自分の助手がそこそこの金持ちだった時ついたのはその時だった。車に乗り込んできた奈央は、思わず笑って言った。「金に困っている様子でもないのに、どうして医者になることを選んだんだ?この業界は甘くないって分かっているでしょう」「金に困ってないこそ、もっとやりがいのあることをすることにしたの」皐月は笑顔で答えた。当初、家の人に問われたとにも、彼女はそう答えたんだ。奈央は笑うことなく、彼女の言うことには一理あるという表情に変わった。あっという間に、車は泉ヶ原でのもっともお洒落なショッピングモールの駐車場に止まった。二人が車を降りた後、皐月は自然に奈央の腕を組んだ。「Dr.霧島、まずは食事をとりましょうか」「うん、そうしよう」奈央は頷いた後、自分の呼ばわれ方について言った。「霧島奈央だ、私の名前は。病院の外では、気軽に霧島と呼んで」皐月は嬉しさのあまり、つい手で口元を隠した。「やっと名前を教えてくれました!これで友達ってことでいいですよね?」「そっちが聞いてこななかっただけでしょう?」奈央は名を知られることをなんでもないと思っていた。聞いてこなかったから、彼女も自分から教えずに、黙っておいただけだった。皐月は頭を掻いて、にっこり笑って答えた。「色々気にしてなかなか聞けなかったんです」自分が奈央の助手だと言っても、ずっと距離を置かれた気がして、下手にして聞いたら、逆に嫌われることを恐れていたから、聞かないことにした。「私のことが怖いか」奈央は自分が物やわらではなかったのをちゃんと分かっていたつもりが、人をそこまで怯えさせていたほどでもなかっただろう。皐月は頷いた後すぐ頭を振った。「いいえ、私が怖がり屋だけです」奈央は笑って、このことを水に流して、皐月に言った。「何が食べたいか」「粥のあじにしましょう。この店はすっごくうまいから、霧島さんにもぜひ」皐月は奈央の言われたままに呼び捨てすることなく、さんつけすることで、二人の距離を縮むことに成功した。奈央は皐月の提案に頷いた。この間あの店で食べてきたばかりだと言っても、味的には確かに文句をつけよ
泉ヶ原はそこなりに規模のある街のわりには、奈央は頻繁に椿と鉢合わせてしまった。奈央はこのことで、自分の運の悪さを嘆いた。何感を感じたかのようで、椿も彼女にいた方向に振り向いた。不意に、彼女と目を合わせた。その瞬間、椿の心の中での感情は複雑に絡んでしまった。「霧島さんと彼女のお友達だね」伊野百恵も、椿の視線の方向を辿っていたので、少し離れていた席に座っていた奈央の姿を見た。この頃には、奈央はもう自分の目線を回収して、皐月と会話を続けた。「皐月は店の定番に詳しいから、注文はお任せするよ。私あまり好き嫌いがないから」「うん、任せといて」皐月もこれ以上の遠慮はしなかった。お店の出しているものには、確かに彼女のほうが詳しかった。二人とも、一つ手前先に座っていた椿や伊野百恵のことを気に留めていなかった。まるで、なんの関わりもなく赤の他人のように扱った。「椿、挨拶しに行こうか」伊野百恵は自らの提案で、椿の態度を試した。椿は頭を振って、「いいの」と答えた。椿は奈央が自分のことを嫌っているのをはっきりと分かっていた。昨晩、奈央に言わられたこともまだ鮮明に響いている今、また粘っていくのは、厚かましいのだ。お爺さんの言い伝えについては、これはきっと失望させることになるだろうと椿は思った。食事のあと、皐月は奈央を連れて、下の階の商品売り場にプレセントを買いにいた。二人が先に入ったのは玉を売り捌いているお店だった。「霧島さん、私はお年寄りなら宝石や黄金の飾り物より、石や玉のほうがいいと思いますが。どう思いますか」なかなか決められないから、皐月は奈央に決定権を投げた。奈央は反論せずに言った。「まずは中に入ろうか。見てそれだと思わせるようなものがあるかどうかを確かめないと」「うん、そうですよね」二人はこれでそのお店に足を踏み入れた。ただ、入ったばかりに、聞き覚えのある声が岸た。「椿、この玉の仏像はどう思う?宇野お爺さんが喜ぶそうなものか」伊野の尋ねる声が二人の耳に入ってきた。彼女たちがちょうど店に入った突端、椿と伊野百恵は足音がしたので思わず振り向いて、彼女たちの姿を目で取り押さえた。これでは、もう見て見ぬ振りはできないのだ。「あら、霧島さん、ここで会うなんて。霧島さんたちも玉をお買い上げに?」
皐月がまだ驚きから回復できていなかったうち、傍らにいた伊野は奈央の言葉を聞いて、思わず口を挟んだ。「霧島さんは、宇野お爺さんの好みを知っている?」「私は大抵なお年寄りが好きそうなものを知っているだけ」奈央はそう答えた。伊野は奈央のその言葉を信じた。奈央はきっと宇野家の大旦那様を知らないだろう。知らない人の好みがわかるはずがないのだ。しかし、彼女の側にいた椿はそう思わなかった。結婚していたその二年間、彼は一度も奈央とはあっていなかったが、お爺さんはよく奈央とあっていた。だから奈央がお爺さんの好みを把握していても、おかしくはなかった。奈央は椿が自分のことを見ていたその視線をシカトして、皐月の手をとって店をでた。「行こうか、プレゼントを買いに」「うん」奈央に頷いた後、皐月は、また今度という言葉のかわりに愛想よく椿や伊野に手を振った。彼女たちがあと一歩で店を出たところに、伊野は急に口を開いた。「椿、宇野お爺さんの誕生会だけど、霧島さんを招待するつもりか」店の門前に来た奈央をその言葉で、足を止めた。あの二年間で彼女は大変世話になっていたので、大旦那様の誕生会なら、彼女は参加する気でいたが、呼ばれていなかったのに、押し付けるの図々しいのだ。「霧島さんはさぞ忙しいでしょう。行けそうにないと思うが」椿には到底彼女を誘う勇気がなかった。大勢の人の前では、彼女と喧嘩したくはなかった。伊野を惜しそう顔で言った。「それは実に残念だな」奈央はこれからの二人の話の続きを聞かないことにした。椿があんなことを言い出した後、彼女は皐月を玉の店から連れ出して、あの二人の視界から消え去った。店の外に来て、奈央の機嫌が悪いのを察して、彼女は奈央だけが聞こえる音量で聞いた。「霧島さんは、宇野家の大旦那様の誕生会に参加したいのですか。それなら、私の友人としてなら、問題なく行けますが」「いいのよ」奈央は頭を振った。皐月は確かに奈央の手助けがしたいのだが、彼女の身元が割と敏感だったので、下手したら実家にもそのことで危害を食らってしまうのだ。すぐ、奈央は皐月を文房四宝の専門店に案内した。二人はその店に入った。「お二人さん、何をお買い上げしましょうか」店員さんは親切に挨拶してきた。奈央は店員の顔を見て言った。
奈央と小舟の二人の雑談に入る余地がなくても、皐月は全然頭に来なかった。彼女はただひたすら側で二人の話を聞いていた。暫くして、店員は小舟に言われた通り、あるものをとってきて、奈央の渡した。「これは入荷したばかりの極品の筆だ。宇野家のジジイはそういうのが一番気に入っている」小舟は笑いながら言った。奈央も頷いた。彼女の知る限り、あらゆるものの中では、文房四宝が一番のお気に入りなのだ。以前たまに大旦那様に一緒にご飯を食べようかと声をかけれて、宇野邸に行ったたび、彼女はきっとこの店をよって、何か手土産を買って行ったのだ。大旦那様は毎回毎回喜んでくれた。奈央は筆を皐月に渡したついでに言った。「これにしようか、大旦那様はきっと喜んでくれるはず」「はい」奈央の決まったことには、皐月はなんの疑いもしなかった。「おいくらですか」皐月は反射的に聞いた。小舟はニコニコしながら皐月のことを見つめていた。やがてに彼女を揶揄った。「うちのものは従来金銭でその価値を計るものじゃない。縁で計るものだ」「はっ?縁とおっしゃると?」皐月は完全にちんぷんかんぷんだった。「二百三十万円だよ」小舟は意地悪そうにそう答えた。皐月はさらにピンと来なくなった。彼女の顔には疑問マークが出ていた。奈央はついに我慢できなくて笑い出してしまった。何かと小舟をせめていたかのように言った。「小舟おじさん、変にからかうなよ」「嬢さんの反応はあんまりにも面白いから、つい」小舟まで我慢できずに笑った。皐月のほうだが、彼女は未だに状況に追いつけなくて、ですから......いくらなんだよと気を揉んでいた。彼女の悩みことを読み取ったかのように、奈央は声をかけた。「ほら、持っていくといい。勘定のことは私がなんとかする。私を免じて、小舟おじさんはきっと割引をしてくれる」「いいえ......」皐月はすぐ遠慮しようとした。「私もちょうどここで買い物をするつもりだし。それはおまけってわけよ」一足早く口を開いた奈央は、そう言って小舟のほうを見た。「どう、小舟おじさん、これでいいよね?」「それは、奈央嬢の買い物の金額次第だが」今日はきっと大儲けすると分かって、小舟の笑顔はさらに明るくなった。「ここで待っててね、皐月」奈
「奈央嬢は、この中には全部このジジイの宝物だぞ。お気に入りのものを安くしてあげるよ」自分が長年をかけて集まってきたお箱入りを見て、小舟は心がいっぱいで、満足したいた。ここに入れるのは、奈央だけの特権だ。他のものなら、小舟は決して入れさせたりはしないだろう。蔵品を一通り見て回ったが、なかなか決められなくて、奈央は小舟に相談することにした。「小舟おじさん、私も宇野大旦那様の誕生会プレゼントを買いにきたが、どんなものが似合うと思うか」「奈央もあのジジイを知っているのか」小舟は奈央が一度結婚していたことを知らなかったから、驚いていた。「うん、知っている」奈央は頷いて、また続けた。「親切にしてもらってたので、何か特別で気に入ってもらえるようなものをプレゼントしたい」「あのジジイが好きなのは、お前さんの先生の絵だと聞いたが、先生のところに行って、絵を譲ってくれと頼んだほうが良いのでは?」小舟はそんなふうに返事した。奈央も実にどうしようもなかった。確かに、以前の彼女の手元では先生の絵を一枚預かっていたが、オークションで売られた。あの時は、全然大旦那様の誕生会のことなど、考えていなかった。「先生はとっくにインスピレーションを探すために旅に出た。どこにいるのか私も」大旦那様の誕生会は二日後、今から人探しなんてとても間に合えないのだ。小舟は何かを考えていながら、一理ありと思って、奈央のいうことに頷いた。たっぷり時間をたらせて、悩んだ後、彼は右側にあった箪笥の扉を開けて、中から奇貨を一点取り出して、奈央に渡した。「ジジイなりに考えた。誕生会のお祝いときたら、やっぱりこのものが一番、縁起がいい」「福寿の硯?」奈央は驚きで、声を高めた。「よく分かったな、奈央嬢。これはまことの清の時代の硯だ」小舟は笑いながらドヤ顔で言った。奈央はなんとなくその硯を受け取り辛く感じた。このような古の硯は一つ一つは奇貨だった。小舟はこれらの蔵品を手に入れるためには、さぞ骨を折っただろう。「そんな受け取り辛そうな顔をするな。僕も高く売るために、これらのガラクタを集めてきたのだ。今こうやってお前の手によって買われたのも何かの縁だ」小舟はそう言った。そして、少し間をとってまた続けた。「お前の先生が持っている、その透かし彫
一気に胸の内を吐いた後、奈央は店の外へと出ていった。伊野百恵は、彼女が恥ずかしさで人に合わせる顔がないから、逃げたと勘違いをして、内心で喜んでいた。これから椿に何かを言おうとしていたところに、椿は小舟の前に行って、礼儀正しく相手のことを「小舟おじさん」と呼んだ光景を目にした。「おや、宇野家の小僧か」小舟は椿のことを冷たい目でちらっと見て、淡々と返事した。「二日後はお爺さんの誕生会です。お時間が大丈夫そうだったら、ぜひ」椿は自分のお爺さんが小舟に招待状を出したかどうか把握していなかったので、念のためだと思って、直々本人の前で誘った。椅子に座っていた小舟は、目を細くして、答えた。「ワシは忙しいゆえ、時間など空いておらん」「小舟おじさん......」「宇野家の小僧、もうお帰りだ。商売の邪魔だ」小舟は客の椿を追い出そうとした。以前なら、椿に対していい印象があったが、今なら......小舟は視線を伊野百恵におけた。このような女子が彼女とは、見る目がないのがはっきりと分かった。「このジジイ......」椿があっさりと断られたのを見て、伊野百恵は怒り出して、攻めようとした。しかし、彼女がこれ以上何かを言い出す前に、椿は先に警告の冷たい目つきで彼女を黙らせた。「黙れ!」「椿、私はただ......」「では、これで失礼いたします。小舟おじさん。商売の邪魔をするつもりは決してありません」これ以上無理を言ってはならないと察して、椿は代わりにそういった。後ろに座っていた小舟が悠長な口振りで声をかけてくれたのは、椿がもう店の門のところに来た時だった。「宇野家の小僧、彼女を選ぶ際には将来のことをも含めて考えなくてはなあ。相手を間違えれば、この一生に響くから」「ご忠告ありがたくいただきます。小舟おじさん」椿は礼を申した。二人は間もなく店を出た。小舟は目を細くしたまま、居眠りをし始めた。一方で、店を出た伊野百恵は気を悪くしていた。あの小舟というジジイの最後の遠回しの言葉は、自分のことを言っていたくらい、彼女は分かっているつもりだった。「椿、先の小舟さんというのは何者なんだ?」少し戸惑ったが、伊野百恵は耐えずに聞いてしまった。椿にあんなふうに、慎ましやかな態度を取らせた人物は、きっと並みのも
これを運の良いものか悪いものかのどちかを決めようがなかった。椿が奈央を誘うかどうかで迷っていた時には、奈央とバッタリ会うという展開にはならなかった。彼はなんとなく心に穴が空いたかのような寂しい雰囲気で、歩き出してエレベーターに入った。エレベーターのドアがもう少しで閉まってしまうところに、「待ってください」という掛け声と共に、誰かが手を伸ばして、閉まりかけのドアに当てた。「霧......」椿はその人の顔を見た突端に、口に出ていなかったその名前の残り半分を呑んでしまった。自分の後ろを追ってきたのは奈央ではなく、正装姿の女性だった。「宇野様のご自宅もこのマンションですか」彼女は明らかに椿のことを知っているから、そこまでびっくりしてしまったのだ。あの有名な宇野椿が、この名臣レジデンスに住んでいるとは!?あまり印象に残っていなかった女性だったので、椿は聞き返した。「そうですが、どちらさんでしょうか」「礼服ブランドDRのものです。この前、宇野様は関谷様と一緒にご来店して、礼服を一着注文しました」女性はそんなふうに答えた。そのことに対する印象はすっかり薄くなったが、椿は礼儀よく頷き返した。その後は、無言のまま沈黙が続いた。椿は口を開こうとしなかったので、その女性も次第に沈黙を選んだ。間もなくエレベーターはある階層で止まったが、二人は同時に外に出た。椿は眉を顰めて、聞いた。「お住まいもここでしょうか」「いいえ、違います。ここに住んでいる客に礼服を届けに来ましたの」というのは女性の答えだった。椿はある嫌な予感がした。彼が今までに、この階で会ってきたお隣さんといえば、奈央の一人だった。「客とは?」「これは......」女性は答えに戸惑った。客の個人情報を漏らすなんてことはできない。「言えませんか」椿の口振りは一変した。彼の言葉には脅し文句はなかったが、彼の出していたそのオーラが凄まじくて、断れようがなかった。「霧島様という女性の方です」状況も状況だったので、その女性はやむをえず、話してしまった。何せ椿の恨みを買っても、良いことは何一つもないのから。これで、椿は奈央が礼服を注文したことが確定できた。けど、彼女が礼服を注文してどうする?まさかお爺さんから招待状でも貰ったか。
再び喧嘩別れになって、二度と椿に顔を合わせないように、奈央は真剣に引っ越しのことを検討した。向かいの部屋では、椿は直接戦場ヶ原尭之に電話をした。「宇野様、この時間に電話とは、昔話でもするつもりじゃないでしょうね?」この二人の間では、落ち着いて話し合えるような昔話なんてないのだ。椿は力強く、手でスマホを握りしめていた。「霧島奈央に近つけてるなって言ったはずだ!俺の言ったことを聞き流したようだな?」「宇野椿、何様のつもりなんだ?どうして俺はお前なんかのいうことに従えなければならないんだ?」電話の向こうの尭之は、椿の大人気なさで呆れて、鼻で笑った。「ここんとこ、かなり大変な日々が続いているだろう」椿は急に話題を変えた。わざと会話の中に空白を作ってから、話を続けた。「戦場ヶ原家の連中はずっとお前がへまをするのを待っているようだが、今のそれはまさに相手に隙を見せるのもう同様だ。そんなことして、絶対連中に攻められてしまうと思うが、しかも容易には抜けないだろう」尭之は無言になった。悔しいけど、言葉が出なかった。宇野家は流石に泉ヶ原での一流名門だけあって、なかなかの手技量だった。戦場ヶ原家は宇野家とは大層な差がないとお見込んで、彼はこの前椿の言った戦場ヶ原家に手を出すという言葉を真面にしていなかった。けど向こうがいざ本気を見せたら、両家の間での実力の差は実在していると、尭之はやっと理解できた。例えば、今の尭之が連続に連携を打ち切られて、戦場ヶ原家の他の人間の不満に囚われているのも、椿は裏で手を回したことが原因だった。そして加えに、実家のものどもは、戦場ヶ原家がこんな目に遭ったのは自分が椿に目の敵にされていたからだということを知っていた。そのため、連中は即座にも、彼を引き攣り下ろそうと企んでいた。「霧島奈央のそばを離れると約束すれば、戦場ヶ原家を納めることに力添えをしましょう」椿からそんな条件を出すなんて珍しいことなんだ。これもきっと、彼は尭之のことを尊敬すべきライバルだと認識していたからだ。他の人が相手だったら、彼はきっと話す余地も与えずに、容赦無く手をかけただろう。椿は孝之には自分を断る理由がないと踏んでいた。何しろ、この男は本心で奈央のことが好きじゃなかった。戦場ヶ原家と比べられたら、奈央はそれほど重要