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第87章 じゃ、待ってるから

奈央の手術が上がるまで病院で待ち続けることはなく、椿は次の日にまた来ることにした。どうせあの頑固ジジイの誕生会は二日後だったから、次の日にまた誘いにきても全然間に合えると考えていた。

ちょうど車に乗って、これから会社に行こうとしていたところに、伊野百恵から電話がかかってきた。

「もしもし、椿?今日の午後空いてる?私、買い物がしたいから、ちょこっと付き合ってくれる?久しぶりに帰ったが、泉ヶ原も変わったなあ」

「悪い、これから予定が」

椿は迷わずに彼女の誘いを断った。もし奈央の件がなかったら、オーケーしたかも知れなかった。

けど、奈央にあんなことがあった。以来、彼は伊野家のことをなんとなく疎ましいと感じた。そのほか、椿は奈央は伊野百恵を嫌っていたのを知ったから、はっきりした理由なくても、彼も伊野百恵と距離を置きたがったていた。

電話の向こうの伊野百恵は、まさか自分が断れたとは思わなかったので、驚いてキレたが、示さずに、訳ありげな口調で口説いた。

「宇野お爺さんの誕生会って二日後でしょう。プレゼントを買いに行こうと思っているけど、宇野お爺さんのセンスがわからなくて、それで......」

スマホ越しでも、椿は伊野百恵の顔に浮かんだ苦情が見えてきた気がした。

椿はその瞬間、そのことで躊躇った。

「椿、私はずっと友達でいられると思った、たとえ何年ぶりだとしてもね。けど事実が違ってた。そう思っているのは私だけね」

そんなを吐露していた彼女の声は寂しそうに聞こえた。

八の字を寄せた椿は、悩んで揚げ句、女の希望に答えた。

「今どこだ?迎えに来る」

最終的には、彼は女の買い物に付き合うことにした。椿にとって、伊野百恵は確かに友達だった。

親を失ったばかりの数年間、お爺さんが面倒を見てくれた以外、彼女は友達として、色々と世話を焼いてくれたので、彼女の前では、椿は薄情物設定ではいられなかった。

「家にいるよ」

女は笑いながら返事した。

「じゃ、待ってるから」

「うん」

電話を切った後、椿は車を伊野家の方向へ走らせた。

午後6時、手術上がりの奈央は、皐月の絶えず連発した話し声に囲まれてオペ室から出てきた。

「Dr.霧島、すごかったです。尊敬します」

手術をフルコースで見終わった皐月だったが、彼女の胸にあった奈央に対する尊敬は更に深くなってきた。

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