第30話

和彦は両手で頭を抱え、叫んだ。

側にいた助手が疑問を抱いた。

「澤村さん、どうしたんですか？」

和彦は我に返り、彼に向かって尋ねた。

「一つ質問をする。もし誰かが君を救ったのに君はそれを知らず、その人をいじめ続けていたとする。どうしてその人は君に、自分が君を救ったことを言わないんだ？だって言えば、君はその人をいじめなくなるだろう？」

助手は言葉を聞いて少し考えた後に答えた。

「簡単ですよ。一つ目の理由は、彼女は僕が誰に救われたかを知っていると思っていたが、僕が何も言わないので、恩知らずだと思っていたからです。だから言っても無駄だと思ったのでしょう」

「二つ目の理由は、彼女は救うことがそんなに大きな恩だとは思っていなかったので、言う必要がなかったのでしょう」

大きな恩だとは思っていなかった、言う必要がなかった…

よく考えてみると、この数年間、紗枝が啓司や彼の周りの人々に尽くしてきたことについて、彼女は一度も自ら話したことがなかった。

だから彼女は本当に気にしていなかったのだ…

和彦の喉はまるで長い刺が引っかかっているように痛んだ。

——

海湾の別荘。

和彦が帰ってきた時、庭に見覚えのある女性の姿を見た。

「和彦、帰ってきたのね」

葵が立ち上がり、彼の方に歩み寄った。

和彦は見慣れたはずの彼女に、今はただの見知らぬ人のように感じた。

葵は彼の前に来て、手を伸ばしてシャツの上のボタンを留めようとした。その様子はまるで恋人同士のようだった。

「もう大人なのに、いつまでもこうして慌てんぼうね…」葵はわざと叱るように言った。

和彦は彼女の手を冷たく払いのけた。

「何の用だ？」

用事がある時以外、葵はめったにこんなに親切にすることはなかった。

葵は和彦の冷たい態度に気付かず、単刀直入に言った。「和彦、啓司が紗枝を探しに行ったって聞いたけど、どうなったの？」

和彦は彼女のわざとらしい純粋な瞳をじっと見つめた。

「紗枝はもう死んでるって言っただろ？何を恐れているんだ？」

葵は一瞬驚いたが、すぐに説明した。

「ただの好奇心よ。夏目家は以前、私を助けてくれたことがあるから、紗枝はともかく、夏目家には恩があるの」

「和彦、あなた最近おかしいわね。どうしたの？」

恩がある！

和彦には葵が夏目家に恩を感じているようには見えなかった。