ダンジョン喰らいの人類神話

ダンジョン喰らいの人類神話

last updateLast Updated : 2025-04-19
By:  空空 空Ongoing
Language: Japanese
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ある日世界に突如として異次元への「ゲート」が現れた。その扉の向こうに広がるのは「ダンジョン」と呼ばれる異質な世界。ダンジョンという現象の出現に伴い、ダンジョンを攻略し、その消失を生業とする「ダンジョンクリーナー」たちが現れた。いまいち社会に溶け込めずどこか疎外感を抱いていた主人公「水瀬 優」は苦悩の末、ダンジョンクリーナーを目指すことになる。超常の力が交錯するダンジョン。そこを生き抜く人々の物語であり、これは……彼の神話だ。

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Chapter 1

1.水瀬 優

 ある日、世界各地に「ゲート」が現れた。

ゲートといっても扉のような姿をしているわけではない。

言うなれば、空間に空いた穴。

ある種の空間の歪み。

そういった現象だ。

ゲートの向こう側にはまるでアニメやゲームのような、いわゆるファンタジーという言葉でくくられるような空間が生成されていた。

その空間はリアルタイムで成長し、変容し、やがて実体化する。

ゲートが出現した場所の周囲がそのままゲート内の空間に置き換わってしまうのだ。

そうなれば当然、魑魅魍魎とでもいうべき魔物たちが解き放たれてしまう。

後にその異空間は「ダンジョン」と呼称されるようになった。

 初めにゲートが現れたのは東京という大都市のど真ん中。

突如現れた謎のゲートは人々の注目を集めたが、ダンジョンの実体化が起きてしまってからそれどころではなくなった。

瞬く間に都市中に魔物があふれ、何人も死んだ。

そしてその後……何者かの手によって実体化したダンジョンは東京ごと消滅させられた。

 その事件から数十年と時は進み、ダンジョンに立ち入った者が特別な力に目覚めることがあると明らかになる。

そこからは、ある種の新時代の到来である。

ダンジョンがあるのが当たり前の時代、そしてそれを攻略する者たちの時代。

 そんな特別な力に目覚めた攻略者たちを人々はこう呼ぶ。

「ダンジョンクリーナー」と。

そしてまた、今ここに新たなダンジョンクリーナーが生まれようとしていた。

◇◇◇

 いつからこうだっただろう?

もしかしたら初めからこういう運命だったのかもしれない。

 俺の名前は水瀬 優。

どこにでもいる普通の学生……少し前まではそうだった。

しかし、その身分も失った。

今の俺は何者でもない。

 漠然と、どうにかなると思ってきた。

なるようになると、そういう風に考えていた。

現に今までどうにかなって来たし、最終的には大団円のオチが待っていると思っていた。

そしてその結果、無残にも社会から振り落とされた。

 職もなければ愛想もない。

社会に居場所がないと、まるで自分が人間でないみたいだった。

今の俺には何も無い。

かといってそんな空虚な人生に自ら別れを告げる度胸もない。

「もう……」

 カーテンを閉め切った部屋で一人頭を抱える。

「もう、おしまいだぁ……」

 俺の心境を知ってか知らずか、窓の外からは電線の上を跳ねるスズメの鳴き声が聞こえてきた。

「ぬわあああああ……!!」

 そうして哀叫しながらアスファルトの上をのたうつミミズのように自室の床を転がっていると、部屋の扉がノックされるのを聞く。

コンコン、と軽快なリズムで二回。

 ノックは二回ではマナー違反だ、と結実することのなかった努力の足跡が無意味に頭の中に浮かぶ。

無論自室の扉をたたいてくるのは家族なので、そこにマナーもくそもない。

「優くん、いる~……? 一応ご飯できたんだけどぉ……」

「はい、います。ゴミ人間はここにいます! ウゥッ……」

「……あちゃ~、いまそういう時間かぁ……。じゃあ……まぁ、お姉ちゃん先食べてるね」

 結局、ドアが開かれることなく足音は遠ざかっていく。

いまのは姉さんだ。

人間の失敗作みたいな俺と違って基本的に何でもできて、人当たりもよくて俺にだって優しいし、おまけに美人だし……。

とにかく、完璧とは言わずとも真っ当にできた人間だ。

 どういう仕事をしているかとかは実は詳しく知らないのだが、姉さんのおかげで姉弟二人暮らしでも何ら不自由することは無かった。

「本当に……」

 それに比べて俺はいったいどうしたんだか。

何を間違ったわけでもないのに、こうしてくすぶっている。

いや、もしかしたら間違うのが怖くて何もしてこなかったのかもしれない。

ただずっと、真っ当に生きているつもりで足踏みをしていただけなのかもしれない。

「……よっと」

 何はともあれ、一日中のたうっているつもりもないので立ち上がる。

せっかく姉さんが作ってくれた料理なのだから、冷ましてしまってはもったいない。

それにどうせ姉さんのことだ、先に食べているとは言いつつも俺を待っているだろう。

だから服だけ着替えて、急いで部屋を出た。

 リビングに向かうと、案の定姉さんは待っていた。

二人用の小さめのテーブルに頬杖をついて、ニュース番組のコーナーの一つである動物たちの映像集みたいなのを眺めている。

そこそこ大きめのテレビ画面には仰向けのまま笹の葉をむさぼる自堕落の究極系みたいなパンダが映っていた。

「この子、かわいいね。優くんみたい」

「ウッ……それは……すみ、ません……」

「あっ、いや違くて! そういう意味じゃないからもー!」

 慌てて姉さんが俺の言葉を否定する。

どうやら俺のことを食っちゃ寝するだけの怠惰なパンダと言いたいわけではないようだ。

いや、さすがにそうでないということはもちろん分かっていたが。

「うそうそ、冗談だから。姉さんがそう焦ることでもないって」

「……でも優くん自虐で普通に傷つく人だし……」

「それは……まぁそう……」

 姉さんの言葉に苦笑いしながら椅子に座る。

テーブルに並べられているのは簡素ながら手の込んだ朝食だ。

わかめの味噌汁から暖かい湯気が上っている。

 姉さんは俺が座ったのを見て満足げに頷いてから、やっと箸を持ち上げた。

「いただきます」

 そういう姉さんに合わせて俺も朝食に手を合わせる。

感覚としてはどっちかというと食材にというか姉さんに手を合わせてる気分だ。

 それが済むと、姉さんはすぐにテレビのリモコンを手に取る。

お行儀よく食事を始めたからと言って、別に最後までそうというわけでもないのだ。

少なくともウチでは。

 姉さんはいつもテレビを見ながらご飯を食べるし、俺もその姉さんに時折目をやりながら食事をしている。

 チャンネルが何度も切り替えられ、中途半端に途切れた音声が連続する。

時々何か興味のある言葉に惹かれたのかリモコンを操作する手が止まるけれど、結局また別の番組に変えていた。

今日はなかなか見たい番組が決まらないようだ。

『本日は全国的に……』

『……を記念して……が……』

『旧首都の消滅。あれから……』

 様々なニュース番組が告げる日常。

日々をちゃんとした一人の人間として生きている人たちに向けられた言葉。

そのどれもが今や俺には関係がない。

「姉さん……たぶんもうチャンネル一周したよ……」

「ん~……あんまり面白いのやってないなぁ……」

「まぁ、朝だし。こんなもんでしょ」

 味噌汁を一口すすって、姉さんに言う。

姉さんはつまらなそうな顔をして、諦めたようにリモコンを置いた。

結局、最初に見ていたニュース番組で固定される。

その番組では動物のコーナーなどもう終わっていて、今は違う話題が中心になっていた。

それは……。

『……史上最年少のB級クリーナーが、ここ日本で誕生しました! なんと14歳でB級に昇格ということで、今多くの注目が彼女に集まっています!』

 アナウンサーのはきはきした声。

それが告げるのは、ダンジョンクリーナーについての話だった。

 ダンジョンクリーナー。

スキルさえ目覚めれば誰でもなれて、この番組で紹介されている少女のように若くして成功を収める可能性だって秘めている。

死と隣り合わせだけれど。

 そんななか、この少女は若々しい才能を携えてB級に昇格したのだ。

スキル覚醒さえすれば、C級まではわりと行けるらしい。

ところがB級はそうはいかない。

B級の壁、なんて言葉が生まれるほどだ。

「へぇ、14歳……無垢ちゃんだって。すごい子もいるんだね~」

「……でも、本来子どもにこんなことさせるべきじゃないだろ。まぁ、俺が言えたことじゃないけど……」

 俺の言葉に姉さんが一瞬目を丸くする。

そして少ししたら柔らかく微笑んだ。

「……ふふ、そうだよね。確かに! 優くんは優しいね」

「ウッ……」

「え、ちょっと! ほめてるのに何でそうなるのさ~!」

 姉さんのまっすぐすぎる笑顔は、場合によっては悪口以上に効くのだった。

優しい人間ならこんなところで立ち止まってないよ。

 しかしあの歳でB級か……。

となると収入は……。

 少し考えて、そしてすぐにやめる。

あまりにも自分がみじめに思えてきたからだ。

 才能さえあれば億万長者も夢じゃない。

ダンジョン内で手に入る物質は基本的に高値が付くし、高難易度のダンジョンを攻略すればそれだけで大儲けだ。

なんとも夢のある話だが……俺とは住む世界が違過ぎる。

 もう目に見えているのだ。

きっと俺はC級どころかスキル覚醒すらしない。

そんな才能、あるわけない。

 そうだ。

この現状もなるべくしてなったんだ。

俺ははなから失敗作で、何の才能もなく、空っぽで……。

「あーもう!! すぐそういう顔する!!」

 突然、ぐわんぐわん視界が揺れる。

何かと思えば、姉さんが俺の頭をわしわし乱雑に撫でていた。

そうやって髪の毛をぐちゃぐちゃにして、テレビを消す。

「ふぅ……まったく。あの手の話は今の優くんには毒だったかもね」

「…………」

 姉さんの言葉に何も言えなくなる。

ひどくみじめで、言葉が出なかった。

「そりゃさ、受けたところことごとくお祈りメールで、おまけにバイトもクビになったら誰だって落ち込むよ!」

「ウッ……」

「今はそれ禁止!」

 ぺちんと、姉さんの指先が額をたたく。

「……けどね、優くんは優くんのペースでいいの。焦らないで。急がないで。お姉ちゃんは、ずっと優くんのそばにいるから! だからさ、大丈夫。大丈夫だよ。ね?」

 まるで子どもを慰めるような表情で、姉さんは俺の顔を覗き込む。

それに俺は、黙って頷くほかなかった。

 姉さんは優しい。

でも、だからこそ今のままではいけないと、強くそう思うのだ。

 自分に言い聞かせる。

お前が最後に本気になったのはいつだ?

そう問いかければ、いやでも自分のどうしようもなさが見えてくる。

結局そう、本当に俺は今まで足踏みをしていただけなのだ。

前に進もうとしなかった。

姉さんの優しさに甘えて。

 いつだってそう、自分に何も無いかもしれないということを知るのを恐れて、本気になれなかった。

壁にぶつかる前に「ここは自分に向いていない」と背を向けてきた。

だけど、流石にそろそろ姉さんの優しさに応えなければならない。

人として、成し得なければならない最低ラインだ。

それほどに俺は姉さんに守られ、救われてきた。

だから、今できることをしなければならない。

そしてそれは……。

「姉さん、とんでもないこと言っていい?」

 住む世界が違う?

どうせそんな才能などない?

本当に……?

確かめもせず何を言っているんだ、俺は!

「なぁに? 優くん?」

 姉さんが首をかしげる。

「俺……俺さ……」

 言え!

臆するな、退路を塞げ!

いい加減人間になれ!

「俺、ダンジョンクリーナー……試してみる」

 宝くじよりはまだ現実的な確率だろう、たぶん。

テレビの14歳に感化されてなんて馬鹿みたいだけど、頭から可能性を否定して賽を振らないのはもっと馬鹿だ。

 姉さんは俺の言葉に不安そうな表情を浮かべる。

しかし決して首を横には降らなかった。

「うん、分かった。あんまり危ないことは……だけど、優くんが決めたならお姉ちゃんも手伝う。応援してるからね!」

 俺の肩に手を置いて、姉さんは深く頷く。

そして数秒後、体の力をフッと抜いた。

そして笑う。

「へへ、ご飯冷めちゃったね」

「あ、ごめ……」

 申し訳ないのと、なんだか小恥ずかしいような気持ちで頭をかく。

もちろんそれで気がまぎれるようなことはなかった。

そしてそんな俺の顔を、姉さんは穏やかな表情でじっと見つめる。

「え、っと……姉さん?」

「ふふ……優くんは優しいね」

「え……え? なんで?」

「なんでも」

 なんだか分からないけれど、そうやって姉さんがくすりと笑うのが無性に嬉しかった。

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1.水瀬 優
 ある日、世界各地に「ゲート」が現れた。ゲートといっても扉のような姿をしているわけではない。言うなれば、空間に空いた穴。ある種の空間の歪み。そういった現象だ。ゲートの向こう側にはまるでアニメやゲームのような、いわゆるファンタジーという言葉でくくられるような空間が生成されていた。その空間はリアルタイムで成長し、変容し、やがて実体化する。ゲートが出現した場所の周囲がそのままゲート内の空間に置き換わってしまうのだ。そうなれば当然、魑魅魍魎とでもいうべき魔物たちが解き放たれてしまう。後にその異空間は「ダンジョン」と呼称されるようになった。 初めにゲートが現れたのは東京という大都市のど真ん中。突如現れた謎のゲートは人々の注目を集めたが、ダンジョンの実体化が起きてしまってからそれどころではなくなった。瞬く間に都市中に魔物があふれ、何人も死んだ。そしてその後……何者かの手によって実体化したダンジョンは東京ごと消滅させられた。 その事件から数十年と時は進み、ダンジョンに立ち入った者が特別な力に目覚めることがあると明らかになる。そこからは、ある種の新時代の到来である。ダンジョンがあるのが当たり前の時代、そしてそれを攻略する者たちの時代。 そんな特別な力に目覚めた攻略者たちを人々はこう呼ぶ。「ダンジョンクリーナー」と。そしてまた、今ここに新たなダンジョンクリーナーが生まれようとしていた。◇◇◇ いつからこうだっただろう?もしかしたら初めからこういう運命だったのかもしれない。 俺の名前は水瀬 優。どこにでもいる普通の学生……少し前まではそうだった。しかし、その身分も失った。今の俺は何者でもない。 漠然と、どうにかなると思ってきた。なるようになると、そういう風に考えていた。現に今までどうにかなって来たし、最終的には大団円のオチが待っていると思っていた。そしてその結果、無残にも社会から振り落とされた。 職もなければ愛想もない。社会に居場所がないと、まるで自分が人間でないみたいだった。今の俺には何も無い。かといってそんな空虚な人生に自ら別れを告げる度胸もない。「もう……」 カーテンを閉め切った部屋で一人頭を抱える。「もう、おしまいだぁ……」 俺の心境を知ってか知らずか、窓の外からは電線の上を跳ねるスズメの鳴き声が聞こ
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2.クリーナー協会
 思い立ったが吉日という言葉がある。そんなわけでダンジョンクリーナー協会に訪れた。クリーナー協会はいつでも新たな可能性の芽を待ってるぞ!みんなも要チェックだ! まぁそんな冗談はおいておくとして、実際クリーナー協会は来るもの拒まずの姿勢だ。武術の有段者である必要もなければ、小難しい資格なども必要ない。すべてはスキル覚醒するか否かということにかかっているわけだ。 一応俺の居住都市はそこそこ規模が大きいので、協会の規模もそれに比例して大きい。道は姉さんが教えてくれた。あと事前にある程度電話で話を通しておいてくれたらしい。何から何まで姉さんに頼りきりである。「しかし……ここがクリーナー協会の建物だったとは……」 見たことはあるが得体のしれない建物。そういうのは誰しもあるものだろうが、ダンジョンクリーナーを志してその正体をはじめて知った。 姉さんに知らされた約束の時間はもう迫っている。もちろん遅れるわけにはいかないので多少恐る恐るといった感じでビルの中に入っていった。 二重の自動ドアを抜けると、蛍光灯の無機的な光が俺を出迎える。その白色の明かりと同じように、建物の内装もまた清潔感のある白色だった。忙しそうに駆け回る人や、受付前の長椅子に腰かけて何かを待っている人。やっていることは様々だがとにかくそこにはたくさんの人がいた。雰囲気としてはなんだか病院のようですらある。ダンジョンで出た怪我人の救護や応急処置なども協会で行われていると聞くし、あながちその印象は間違いでもないのかもしれない。 時間に余裕があるわけでもないのでさっさと受付に向かう。窓口がいくつかあるが対応中のところが多く、とりあえず空いているところに向かった。「あの、すみません」「はい。どういったご用件でしょうか?」 俺が向かった窓口に居たのは若い男性の職員。真っ白なスーツを一切の違和感なく着こなす真面目そうな人だ。俺がスーツを着るとなぜだかどうしてもコスプレ感が否めない。ここに来るのがある種の就職活動とはいえ、今この瞬間も俺は私服のままだ。まあもともとスーツでするような仕事ではないし。「あの、ダンジョンクリーナーの……研修?の方に申し込んだ者なんですけど……」「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」「あ、はい。水瀬、です。水瀬 優……」 しっかりし
last updateLast Updated : 2025-04-19
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3.インベントリ
「さて、そしてここからが……もう少し面白い話だ」 鹿間さんが表情を変えて言う。そうしてこの部屋に入った時からあったソファーの上のバッグから銀色の腕輪を取り出した。鹿間さんの腕に装着されているものと同じものだ。「これ、なんだか分かるか?」「インベントリ……」 鹿間さんは俺の返答にニヤリと笑う。「ハハ、そうだな。ま通称だけど。正式名称は……あー、ボクも覚えてないや。まあそれはいいとして……こいつは明日からの七日間、今日を含めるなら八日間君のものだ。あぁもちろん、正式にクリーナーになればずっと君のものになるよ」「こ、これが……本物の……」 絶対高価なものだろうに、鹿間さんは無造作に俺に手渡す。見た目よりだいぶ軽量で、そのせいで逆に取り落としそうになってしまった。「そう、それが本物のインベントリ。ダンジョンの空間歪曲・拡張現象を応用してのいわば四次元バッグだ。まだ謎の多い技術が使われてるから一般には出回ってない。クリーナーにだけ支給されるものだ」「こういう場面で持ち帰って売っちゃう人とかいないんですか?」「ハハハ、面白いこと聞くな。実はな……ウチじゃないんだが一回そんな感じのことが起きたみたいでな、それ以来この場で装着してもらうことになってる。一回装着したらこっちでしか外せないからな。あ、だから……どこに着けるかはよく考えろよ? どのくらいの直径まで対応してるか気になるとか言って頭にはめたらそのまま外せなくなったやつとかいるからな」「えぇ……」「……ちなみにそいつはウチで起きた話だ。しかも現役。流石にいったん外そうかって話になったんだが、案外気に入ったみたいでそのままだ」「えぇ…………」 とりあえずここで装着するようになっているみたいだから、無難に利き腕の右腕にはめる。接続部をロックしてからしばらくすると自動で輪が収縮し、ぴったりのサイズになった。その仕組みも含めて、謎の多い装置だ。「っていうか、やっぱり鹿間さんもクリーナーだったんですね」「ん? ああ……そうだな。ダンジョンについての説明をせにゃならんのだから、よく知ってる当事者に任せるのが適任だろう? 因みに、ボクもこう見えてC級ね」「こう見えてって……鹿間さん見た目からしてだいぶ強そうですよ……」「ハハハハ、まぁな。けど結局は筋肉つけてもダンジョンでの強さはスキルやステー
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4.夏山 薫
 その連絡は丁度明日に備えて準備しているときに来た。表現を変えるならインベントリにものを入れたり出したりして遊んでいたともいうが、まあそれはどうでもいいだろう。電話の主は鹿間さん、間違いなく明日のことに関する連絡だろう。 姉さんも見守る中、急いで電話に出る。すると興奮気味の鹿間さんの第一声が届いた。「水瀬君! 君、運がいいよ! 君たちの一回目の研修、あの今話題の皐月 無垢が面倒見てくれることになった!!」「え、無垢って……あの!? っていうかここの協会所属だったんですか!?」 無垢……皐月 無垢と言えば、ちょうどあの時テレビでやっていた史上最年少のB級クリーナー。あの時のテレビでもちょっとした写真くらいしか出ていなかったがその姿を思い出す。 深い海のような藍色の瞳、短めの髪は不思議な青色で……小さな口をキュッと結んだ実年齢よりやや大人びて見える少女だった。「っていうか研修を担当するクリーナーってC級の人じゃなかったんですか?」 禁断の「っていうか」二度撃ちをして鹿間さんに尋ねる。鹿間さんはそれに「あぁ」と曖昧ながらも反応を示してから、すぐに返答した。「それについてはほら、あの子まだB級になったばっかだからさ、C級だったころに承諾した分がまだ未消化だったみたい」「未消化ってそんな……」「ダンジョンでとれる素材とかって本来は山分けなんだけど、研修でとれた素材は全部担当したクリーナーが受け取れるからね。結構おいしいんだよ。そんなもんだから研修の仕事たくさんもらっておいたんだろうね。彼女、装備の強化に余念がないから」「未発生の仕事受け取れるもんなんですね……」「ハハ……まぁ研修希望者はほとんど毎日来ると言っても過言じゃないからね。あとから依頼するのじゃ追いつかないんだ。だから月初めにその月の分の依頼を先に出しておく。で好きな日付の仕事を貰ってもらって、その日になったらよろしくお願いしますって仕組みさ」「はぁ……」 もうそれくらいの話になるとあんまり俺には関係なさそうなので気のない返事で相槌を打つ。鹿間さんも別にそこまで聞かれていたわけじゃなかったことを悟ったようで元の話題に戻した。「まあともかく、だ。無垢ちゃんに見てもらえるのは本当に運がいい。ただ……彼女、悪い子じゃないんだけどちょっと変わった子だから……まぁ何か言われるかもしれ
last updateLast Updated : 2025-04-19
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5.皐月 無垢
 皐月 無垢は特に俺たちの様子を気にするようなことはなく、ゲートの前まで移動していく。俺たちは整列するわけでもないが自然とそちらの方を向き、そして彼女の言葉を待つのだった。「とりあえず……おはようございます。私は今日あんたたちを担当する、皐月。年上にした手に出られるのは気持ち悪いから敬称は省いて」 すでに明らかなことではあったが、彼女の口から直接「皐月」の名が語られることで場がどよめく。夏山さんに至ってはそれを超えてほとんど魂が抜けたような表情をしていた。 皐月さ……皐月は、人数でも数えているのか無関心そうなまなざしを俺たちに滑らせる。結局、全員見渡すまでその表情が変わることはなかった。 皐月はつまらなそうに小さなため息をつく。「はぁ、まあ期待はしてなかったけど……やっぱりこの時期は不作だね。時間がもったいないからさっさと終わらせるよ」 その皐月の言葉に再び集まったメンバーはざわついた。皐月のこの言葉が独り言ではないのは明らか、間違いなく聞かせるボリュームだった。鹿間さんが皐月について語ったときの声色を思い出す。そういうことだったのか。 研修メンバーの中の、金髪のガラの悪そうな兄ちゃんが我慢ならないといった様子で、一歩前に踏み出す。「おいよ……お前さんよ、それはどういうことだよ? 喧嘩売ってんのか? なぁ?」 立場の壁すら超えての喧嘩腰、それに同調するように若者たちは続いた。「そうだよ! 強ぇのかもしんねーけどさ、あんま人を舐めるなよ?」「どうせ今まで周りからちやほやされてきたんだろうけどよ、俺たちはそうはいかないぜ? ガキがよ」「どういう意味なのかちゃんと説明してみろよ!」 皐月の態度があまり良くなかったとはいえ、若者たちの沸点もまた低すぎる。一人が沸き上がらせた怒りは瞬く間に伝染し、ガラの悪い少年集団をほとんど不良のように変貌させた。 俺の隣で夏山さんがつぶやく。「はぁ、あの人たち分かってないなぁ……。無垢ちゃんはあれがいいのに……」「え、あ……夏山さんはあの人の性格については知ってたんだ……」「当り前じゃないですか! こうして名のある人になっても媚びないっていうか、芯のある感じが最高にかっこいいんですよ! あと顔がいい。すごく」 流石ファン、なかなかに好意的である。というより盲目的……? 数々のオラついた
last updateLast Updated : 2025-04-19
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6.初ダンジョン
 改めてあたりを見渡すと、自分がほんとに全くの別世界に来てしまったのだと痛感する。「これが……ダンジョン……」 ダンジョンにもいくつかタイプがあるらしいが、ここはまるでどこかの鍾乳洞というか……そういった雰囲気のどこからか水の滴る音のする洞窟だった。陽の光は差し込んでいないのに、なぜかあたりが薄らぼんやりと明るい。というか……鉱石だろうか、むき出しの岩肌自体がところどころ発光しているようだった。 皐月が全員そろったのを確認すると口を開く。「いい? まずダンジョンに入ったらすることは出口を見つけること。ダンジョン内の空間のありようはかなりでたらめだから、入ってきたところがそのまま出口ってわけじゃない。これを後回しにする人も多いけど、そういう人は馬鹿だと思っていい。研修中にもそういうクリーナーに当たるかもしれないけど、もし正式にクリーナーになったらそいつの言ったことは忘れな。そいつは馬鹿だから」 皐月の言葉を聞いてほとんど全員が同時に後ろへ振り返る。するとそこにはただの行き止まりがあるだけだった。俺たちが外で触れてきたゲートのようなものは無い。皐月の言った通り、入り口と出口は別々なわけだ。「それと明かりね。今回みたいにダンジョン内部がすでにある程度明るい場合も少なくないけど、協会の方で腰掛けランタンが売ってるからこだわりがないならそれを使いな。ま、研修中は担当クリーナーがなんとかしてくれるから、すぐに買う必要はないね」 意外にも丁寧というか、わりとちゃんとしたことを言っているようでちょっと驚く。いや、当然俺は皐月という人間についてほとんど何も知らないわけだが、ファーストコンタクトがあれだっただけに予想外だった。俺の隣の夏山さんも皐月の話に真剣に耳を傾けている。「それじゃ行くよ。武器を構えて。もうここは……魔物の領域だから」 ダンジョンに入る前、皐月は「先行も許す」と言っていたが、今やだれもそんなことをする度胸は無い。威勢の良かった若者たちですら、ダンジョンに立ち入ってからは皐月の言葉に静かに頷くばかりだった。 時間の無駄だのなんだのと言っていた皐月も、その足並みを決して急くことはない。しっかりと後ろを気にしながら、最も遅い人のペースに合わせている。鹿間さんの言うように、決して悪い人ではないというのもよく分かった。 洞窟は、足場
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7.初陣
 俺たちに続くようにほかのメンバーもなだれ込む。いきなり群れの一人を殺された上に、そこからさらに大挙して押し寄せるものだから魔物たちはさらに混乱する。皐月はそれを見るとふらりと騒がしい場所から離れた。 皐月は三十体居ると踏んでいたが、しかし見たところ十体ほどしかいるように見えない。皐月ほどの者がそんなことを間違えるともあまり思えないのだが……。不思議に思っていると、突然一匹の魔物が急に魂を抜かれたかのように動きを止めた。「な、なんだ……?」 動きが止まったとあれば普通に考えればこちらの攻撃チャンスなのだが、その不可解な様子に戸惑う。他のメンバーもすぐにその違和感に気づいたようで、武器は構えつつも様子を窺っている。すると……。「……なんなんだ? 気味が悪ぃな……」「どういうことなんだよ……」 まるで伝染するかのように、他の魔物たちもその動きを止めた。誰もがその光景の異様さを気味悪がり、口々に困惑を吐き出す。さっきまで阿鼻叫喚というくらいの様子だった魔物たちが、この一瞬で微動だにしなくなったのだ。 始まるかに思われた混戦は始まらず、最初に皐月が退治した一体の死体だけが転がる。魔物たちは白眼のない真っ黒な瞳で虚空を見つめ、俺たちもそれに言い知れぬ恐怖を感じて手を出せない。あまりにも不自然な静寂。その張り詰めた空気に不釣り合いな緊張感のない声が響いた。「あーあ……っつってね」 今までどこに姿を隠していたのか、全然見つからなかった皐月。その彼女が少し笑みを浮かべて壁に寄りかかっていた。「外であったひと悶着の仕返し。耳塞いだ方がいいかも?」「そ……それってどういう……?」「さてね」 皐月に聞き返すが白々しい態度で返されてしまう。俺らは黙って話聞いてたし、仕返しに巻き込まれる形になるんだけど……。 なんだかよくわからないままだろうが、夏山さんは皐月の言ったとおりに耳を塞ぐ。そして説明やその意味を求めた俺含むその他はワンテンポ遅れる。その一瞬の遅れが、運命を分けた。「オオオオオオオオオオオオッッッ……!!!!!!」 魔物の一匹が絶叫する。その音はまるで破裂するかのようにダンジョン全体に響き渡る。そして魔物たちの急な静止のようにそれは伝播する。「ぐッ……アァッ……」 頭痛を引き起こすほどの大音量と地を震わせるほど
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8.ボス部屋へ
「それじゃあ、ボス戦の前に一つネタバラシをしようか」 皐月はいまだ固く閉じた扉を一瞥した後に話し始める。「もうさっきの戦闘で流石に気付いたと思うけど、あんたたちに貸し出された武器はただの短剣じゃない。協会が特別に用意したステータス補正つきの武器なの」「ステータス……補正、ですか……?」 夏山さんはまるで皐月の生徒になったかのような食いつきで、詳細について聞き返す。それに皐月は浅く頷いた。「そ。ステータス補正。あの武器を装備していれば、少なくともE級クリーナー相当のステータスに補正される。もちろんスキルまで手に入るわけじゃないけどね。まぁスキルが無くてもE級ダンジョンで問題なく戦えるくらいの身体能力にしてくれるってわけ」「なる、ほど……。道理で……」 自分の手のひらを見下ろす。もちろんそれを見たとて何がわかるわけでもない。しかし戦闘中の違和感についてはこれで明らかになる。仲間たちも自分の手に持った武器をほとんど無意識で眺めていた。「ま、そういうわけだから……たとえボスが相手でもそんなに大きな危険はない。けどしようと思えば骨折くらい余裕でできるから。つまり何が言いたいかっていうと……」 一度は扉から離した手を、皐月はもう一度鉄扉に添える。「……準備はいい?」 今日一番の真剣な表情。ただ俺たちはとうにその覚悟は決まっていた。誰からともなく皐月の言葉にみんな頷く。それを受けて皐月は少し表情を柔らかくすると、両手で扉を押した。 重々しいはずの扉は、十四歳の少女の力でゆっくりと動く。洞窟全体に響く振動と、扉が地面にこすれる音。その低く重い音が臓器を震わせた。「……」「…………」「………………」 扉の先に広がる闇に誰もが息をのむ。開け放たれた扉の内側にこちら側の空気が流れ込むと、それに反応するかのようにボス部屋の壁面が淡く光りだす。その光は巨大なボスモンスターの体躯を照らし出した。「……! これが……!」「ボス……」 俺も夏山さんも、ボスの姿を見上げ唖然とする。薄い闇の中で赤く輝く瞳が、今まさに扉を開いた俺たちをにらみつけた。 身長は……正確には分からないが五メートル以上は確実にある。全身が骨だけで構成されていてたくましい筋肉どころかそもそも肉がない。それなのにデカい。それなのに重厚。 巨大な斧を担ぎ、眼球
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9.夏山の覚醒
「あの……夏山、さん……?」 どこか悪いところを打ったのか、とうとうおかしくなってしまったのかもしれない。その瞳は虚空を見つめ、もうボス自体にも焦点が合っていないようだった。「ひぇっ……」 皐月もさすがにこの様子には引き気味で、何よりこの状態に陥るトリガーとして自分が関係していることを悟ってやや恐怖すらしていた。やはりオタクの熱量というものは向けられる当人に対してはそういった性質のものなのだろう。しかしそこから、皐月は続ける。「……こんな風に目覚める人、初めてだよ……」「…………え?」 目覚める、とそう言った。確かに。明らかにそう言ったはずだが、それでも自分の耳を疑わずにはいられない。目覚めると言ったら、この場合一つしかない……スキル覚醒だ。それを一日目にして成し遂げたのだ。 夏山さんはいまだ異様な眼光を持って「何か」を読み上げるようにつぶやく。「ミノスの骨化牛頭……推定レベル、8レべ……」 武器をすべて失い、今や隻腕となったボスを見上げる。皐月も値踏みするかのような視線をモンスターに注いだ。「8か……初戦にしては少し手ごわい相手だったかもね……。ま、それももう……」 夏山さんがハッと我に返る。そして全員に届くように大きな声で叫んだ。「弱点! 弱点がわかりました! 肋骨の奥、全身に魔力回路を構築する……いわばこいつにとっての心臓があります!」 ボス部屋に響き渡る夏山さんの声、それに全員の視線が上に向いた。現時点では一番ボスの近くにいる皐月がつぶやく。「なるほどね、あそこか……」 皐月の視線の方向をなぞれば、それは俺のところからも目視できた。太く頑丈な肋骨の、その隙間からちらりと見える真っ黒な肉の塊。それが菌糸を張るようにして体の内側に張り付いていた。「しかしあんなのよォ……」「どうすりゃいいんだよ……」 他のみんなも見つけられたようで、皆口々に似たようなことを言う。そしてそれは全くその通りで……。「あれじゃ……」 あんな高い位置じゃ、攻撃は届かない。弱点の判明、それはむしろ俺たちを失望させた。 ボスは今まで降り積もらせた怒りをあらわにするように手のひらを強く握りしめる。そして上を向いて大きく咆哮した。「ブォォォォォォォォォォォォッッッ…………!!!!」 自らを鼓舞し、赤い瞳をよりいっそう強
last updateLast Updated : 2025-04-19
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10.研修は進む
 続く二日目。二日目にはもうみんなだいぶ慣れ始めていた。お互いに顔見知りとなったわけだし、チームとしても昨日とは全然違う。確実に成長は感じられていた。 指導役の人は皐月ほどじゃないにしても相応の実力者。きちんと脱出用のゲートを見つけてからボス戦に挑む人だった。今のところ二日連続で当たりだったと言えるだろう。素材については「ちょっと今ピンチだから」と頼み込まれてしまって、全員で一体一体から丁寧に魔石を取り出した。水瀬「お疲れさまでした!」にゃつやま『お疲れ~』堀越 義弘『お疲れ様です』にゃつやま『明日も頑張りましょう!』 三日目。夏山さんの覚醒したアナライズ系統のスキルのおかげでその日もスムーズだった。 夏山さんの成長速度は目覚ましく、まだ頑丈とは言えないが防御結界を展開するスキルを使えるようになっていた。 さらに夏山さん以外にも、二人目のスキル覚醒者が誕生したのだ。それはなんと……初日に皐月に食ってかかっていた彼だ。名前は剛史くん、あの性格のイメージ通りなかなか強そうな名前だ。 自分で殴りに行くタイプのスキルに目覚めるのかと思えば、意外にも仲間を鼓舞してメンバーの攻撃力を増加させるタイプのスキルに覚醒した。その日を担当してくれたクリーナーさんは剛史くんのことを「リーダーの資質がある」と高く評価していた。 俺はまだスキルに目覚めない。しかしそれでも、今はこういう毎日が楽しくて仕方がなかった。Yoshi⭐︎『おっしゃあ!』『やったぜ!!』にゃつやま『つよくんおめでと~』『正式デビューしたら一緒にがんばろーねー』Yoshi⭐︎『任してくださいよ!』『なっつんさんは俺が守ります!!』にゃつやま『たよりになる~』水瀬「…」「……」Yoshi⭐︎『兄貴の無言の圧力にも屈しないっスよ』水瀬「兄貴ってキャラじゃないかな」「剛史くんの方がアニキ感あるよ」Yoshi⭐︎『ほんとっスか!?』『兄貴公認アニキっス!』 四日目。まだまだという気持ちと、この毎日の終わりの予感が半分ずつ。折り返し地点なわけで、少なからず気は急いてきた。ここに来て、初日の皐月の言葉が気になりだす。 皐月がクリーナーになる可能性を示唆していた二人は、こうして本当にスキルに目覚めたのだ。皐月はこのメンバーからク
last updateLast Updated : 2025-04-19
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