「それじゃあ、ボス戦の前に一つネタバラシをしようか」
皐月はいまだ固く閉じた扉を一瞥した後に話し始める。
「もうさっきの戦闘で流石に気付いたと思うけど、あんたたちに貸し出された武器はただの短剣じゃない。協会が特別に用意したステータス補正つきの武器なの」
「ステータス……補正、ですか……?」
夏山さんはまるで皐月の生徒になったかのような食いつきで、詳細について聞き返す。
それに皐月は浅く頷いた。
「そ。ステータス補正。あの武器を装備していれば、少なくともE級クリーナー相当のステータスに補正される。もちろんスキルまで手に入るわけじゃないけどね。まぁスキルが無くてもE級ダンジョンで問題なく戦えるくらいの身体能力にしてくれるってわけ」
「なる、ほど……。道理で……」
自分の手のひらを見下ろす。
もちろんそれを見たとて何がわかるわけでもない。
しかし戦闘中の違和感についてはこれで明らかになる。
仲間たちも自分の手に持った武器をほとんど無意識で眺めていた。
「ま、そういうわけだから……たとえボスが相手でもそんなに大きな危険はない。けどしようと思えば骨折くらい余裕でできるから。つまり何が言いたいかっていうと……」
一度は扉から離した手を、皐月はもう一度鉄扉に添える。
「……準備はいい?」
今日一番の真剣な表情。
ただ俺たちはとうにその覚悟は決まっていた。
誰からともなく皐月の言葉にみんな頷く。
それを受けて皐月は少し表情を柔らかくすると、両手で扉を押した。
重々しいはずの扉は、十四歳の少女の力でゆっくりと動く。
洞窟全体に響く振動と、扉が地面にこすれる音。
その低く重い音が臓器を震わせた。
「……」
「…………」
「………………」
扉の先に広がる闇に誰もが息をのむ。
開け放たれた扉の内側にこちら側の空気が流れ込むと、それに反応するかのようにボス部屋の壁面が淡く光りだす。
その光は巨大なボスモンスターの体躯を照らし出した。
「……! これが……!」
「ボス……」
俺も夏山さんも、ボスの姿を見上げ唖然とする。
薄い闇の中で赤く輝く瞳が、今まさに扉を開いた俺たちをにらみつけた。
身長は……正確には分からないが五メートル以上は確実にある。
全身が骨だけで構成されていてたくましい筋肉どころかそもそも肉がない。
それなのにデカい。
それなのに重厚。
巨大な斧を担ぎ、眼球のない眼窩に宿る赤い光で俺たちを見下ろす。
樹木のように太ましい脊椎に乗っかるのは日本の角で天を突く雄牛の頭骨だった。
「いくよ」
皐月に先導されて、全員でボス部屋に駆け込む。
「ばらけて……!」
続く皐月の指示でその巨体を取り囲むように散らばった。
「ブオォォォォォォッ……ッッッ!!」
ボスの咆哮が頭上で破裂する。
そうして巨大な斧を薙いだ後、力強く振り下ろした。
メンバーの一人を狙って振り下ろされたそれを、皐月が割り込んで受け止める。
その隙に、まるで蟻にでもなったような気分でボスに群がった。
「この……!!」
俺の体より太い脚の骨に、短剣を突き立てる。
やや削れたようで白い粉末が舞うが、刃の先端は内部に滑り込まずひっかき傷をつけるだけだった。
「ぐ……」
明確なダメージは与えられず、腕に響く振動が指先を痺れさせる。
周りの様子を見ると、他のところでも同じような状況だった。
ボスは斧を振り回しながら四股を踏むように足踏みする。
それに交通事故以上の衝撃で撥ね飛ばされてしまった。
「くっそォ……」
流石にあのちっこいモンスターとはわけが違う。
五体満足な時点で不思議なくらいの衝撃だったが、流石にノーダメージとはいかなかった。
脚の直撃を食らった腹部は熱を持った痛みが疼いている。
みんな今の一撃で吹き飛ばされたようで、ターゲットがこちらに向かないように皐月が一人だけでボスを抑え込んでいた。
「落ち着いて! 攻撃が効いてないように見えるかもしれないけど、ちゃんとダメージは蓄積する。それに……こういう固いのはたいていどっかに弱点あるから! 観察を怠らないで。あんたたちだけでも敵わない相手じゃないから」
「弱点つったって……」
いわゆる俺らの思う「生物」の姿と違いすぎる。
骨だけで生きる生物を知らない以上、骨だけで動いてる怪物の弱点なんざ分からない。
モンスターの攻撃は基本的には皐月が対処してくれている。
こちらが受けるダメージは最小限だ。
しかし皐月以外スキルの無いこのメンバーではやはりどうしても決め手に欠ける。
皐月も防御だけしかせず、あくまで俺たちに戦わせるという姿勢を貫いていた。
ダンジョンに入るまでは時間の無駄だなんて言っていたくせに、おそらく最も時間のかかる方法で指導役に準じている。
ありがたいことなのだろうけど、正直どちらかと言えば助けてほしかった。
大ぶりな斧での攻撃を避けながら、何度もその脚をつつく。
弱点の位置がどこか以前に攻撃が届くのがせいぜい腰の高さまでだ。
「弱点……弱点……」
夏山さんは距離をとって呪文のようにそう呟きながらボスの体に視線を這わせる。
何かを見つけようとせわしなく眼球を動かすが、その表情は徐々に焦りの色を強めていく。
「夏山さん……!」
そのせいで注意が疎かになって、振り下ろされる斧への対処が遅れてしまっている。
急いで声を飛ばすが、すでに反応が間に合わない。
すると……。
「大丈夫、任せて」
俺の横を、静かな声と風が通り過ぎていった。
瞬間、夏山さんの体を地に打ち付けようとしていた斧が大きくはじかれる。
皐月だ。
その一撃でボスの片腕が斧自体の重さに引っ張られて、肩の位置からねじれる。
それで何かの回路が途切れたのか、それきりその腕はだらりと垂れてしまう。
皐月はあからさまに「やりすぎた」という顔をしながらその様を眺めていた。
「ご、ごめんなさい……! 私、不注意で……無垢ちゃんに迷惑かけて……」
「いいから、それは。そのために私はここに来てるんだから。それよりほら……気ぃ抜かないで」
「は、はい~……!」
二人の会話をボスの追撃が遮る。
ボスは自らダメになった腕を引き抜いて、片手で扱うには無理のある斧に代えて武器としていた。
軽量武器に変わって、ボスの攻撃はさらに激化する。
一撃は軽くなるが、その分素早くより近づきがたくなる。
おそらく一度巻き込まれればほとんどお手玉同然だろう。
今近づくのは得策でないのは明らかで、それを察してかみんなもボスから距離をとる。
ボスは対象を絞りかねて、緩慢な足取りで最も近いメンバーを機械的に狙っている。
そのため全員が無理なく安全な距離を保つのは容易だった。
「このまま疲れるのを待つか……いや、あいつ疲れるのか?」
骨だし。
骨だけの生き物が疲弊するというのもあまりピンとこない。
「でもこれ……弱点見つけるのには好都合、ですよね……たぶん……」
夏山さんはなんとしてでもこの機を活かして見せると目を細める。
しかし相手が動き回っているだけに、よくわからない。
それは夏山さんの視点からしても同じはずだ。
それでも皐月に手を煩わせたことを気に病んでいるのか、食らいつくような勢いで凝視する。
「弱点、弱点……」
「な、夏山さ……」
「こ、ここで……見つければ……! 無垢ちゃんとお近づきに……! 私が……無垢ちゃんと……!」
集中しているのはそうなのだろうが、夏山さんの漏らす言葉に煩悩が混ざり始める。
目の動きもほとんど震えているというくらいの細かさで、いよいよあまり女性がしていい表情でなくなってきている。
「じゃく、じゃ……くて……」
「え!? ちょっ……夏山さん……!?」
いよいよ何らかの負荷が限界を超えたのか、夏山さんの鼻から血液が垂れる。
そんな状態にもかかわらず、夏山さんは気にかけない。
というよりたぶん気づいていない。
そしてボスの行動に対する注意も完全に欠如してしまったようで、さっきまで均衡の取れていた安全な距離が保てなくなる。
ボスは夏山さんに狙いを絞り、一歩ずつ歩み寄っていた。
「あの人は……なんていうか……」
皐月があきれた様子でため息をつく。
そして素早くボスと夏山さんの間に割って入った。
その行動がボスの神経を逆なでしたのか、ボスは絶叫とともに走り出す。
そしてそのまま、推進力を上乗せして引きちぎった腕を振り下ろした。
「氷結」
皐月が静かにつぶやくと、武器代わりにしていた腕が凍り付く。
その腕は予定通り振り下ろされるのだが、二人のいる位置に衝突した瞬間ガラスのように砕け散った。
飛び散る破片が地面を滑る。
そうした細かな欠片は、ステータス面で皐月に比べて貧弱な夏山さんにだけ小さな傷をいくつか作った。
皐月のスキル使用、そして威力はほとんど殺されていたとはいえボスの攻撃の直撃。
それだけのことが起こっても、夏山さんは動揺しない。
それどころか、薄い笑みを浮かべて……。
「あれ……へへ、私……見える。弱点……光って……」
そこでようやく鼻血に気づいたのか、相変わらずややキマッた目でボスを眺めながらまるで幼い子供のように鼻をぬぐった。
「あの……夏山、さん……?」 どこか悪いところを打ったのか、とうとうおかしくなってしまったのかもしれない。その瞳は虚空を見つめ、もうボス自体にも焦点が合っていないようだった。「ひぇっ……」 皐月もさすがにこの様子には引き気味で、何よりこの状態に陥るトリガーとして自分が関係していることを悟ってやや恐怖すらしていた。やはりオタクの熱量というものは向けられる当人に対してはそういった性質のものなのだろう。しかしそこから、皐月は続ける。「……こんな風に目覚める人、初めてだよ……」「…………え?」 目覚める、とそう言った。確かに。明らかにそう言ったはずだが、それでも自分の耳を疑わずにはいられない。目覚めると言ったら、この場合一つしかない……スキル覚醒だ。それを一日目にして成し遂げたのだ。 夏山さんはいまだ異様な眼光を持って「何か」を読み上げるようにつぶやく。「ミノスの骨化牛頭……推定レベル、8レべ……」 武器をすべて失い、今や隻腕となったボスを見上げる。皐月も値踏みするかのような視線をモンスターに注いだ。「8か……初戦にしては少し手ごわい相手だったかもね……。ま、それももう……」 夏山さんがハッと我に返る。そして全員に届くように大きな声で叫んだ。「弱点! 弱点がわかりました! 肋骨の奥、全身に魔力回路を構築する……いわばこいつにとっての心臓があります!」 ボス部屋に響き渡る夏山さんの声、それに全員の視線が上に向いた。現時点では一番ボスの近くにいる皐月がつぶやく。「なるほどね、あそこか……」 皐月の視線の方向をなぞれば、それは俺のところからも目視できた。太く頑丈な肋骨の、その隙間からちらりと見える真っ黒な肉の塊。それが菌糸を張るようにして体の内側に張り付いていた。「しかしあんなのよォ……」「どうすりゃいいんだよ……」 他のみんなも見つけられたようで、皆口々に似たようなことを言う。そしてそれは全くその通りで……。「あれじゃ……」 あんな高い位置じゃ、攻撃は届かない。弱点の判明、それはむしろ俺たちを失望させた。 ボスは今まで降り積もらせた怒りをあらわにするように手のひらを強く握りしめる。そして上を向いて大きく咆哮した。「ブォォォォォォォォォォォォッッッ…………!!!!」 自らを鼓舞し、赤い瞳をよりいっそう強
続く二日目。二日目にはもうみんなだいぶ慣れ始めていた。お互いに顔見知りとなったわけだし、チームとしても昨日とは全然違う。確実に成長は感じられていた。 指導役の人は皐月ほどじゃないにしても相応の実力者。きちんと脱出用のゲートを見つけてからボス戦に挑む人だった。今のところ二日連続で当たりだったと言えるだろう。素材については「ちょっと今ピンチだから」と頼み込まれてしまって、全員で一体一体から丁寧に魔石を取り出した。水瀬「お疲れさまでした!」にゃつやま『お疲れ~』堀越 義弘『お疲れ様です』にゃつやま『明日も頑張りましょう!』 三日目。夏山さんの覚醒したアナライズ系統のスキルのおかげでその日もスムーズだった。 夏山さんの成長速度は目覚ましく、まだ頑丈とは言えないが防御結界を展開するスキルを使えるようになっていた。 さらに夏山さん以外にも、二人目のスキル覚醒者が誕生したのだ。それはなんと……初日に皐月に食ってかかっていた彼だ。名前は剛史くん、あの性格のイメージ通りなかなか強そうな名前だ。 自分で殴りに行くタイプのスキルに目覚めるのかと思えば、意外にも仲間を鼓舞してメンバーの攻撃力を増加させるタイプのスキルに覚醒した。その日を担当してくれたクリーナーさんは剛史くんのことを「リーダーの資質がある」と高く評価していた。 俺はまだスキルに目覚めない。しかしそれでも、今はこういう毎日が楽しくて仕方がなかった。Yoshi⭐︎『おっしゃあ!』『やったぜ!!』にゃつやま『つよくんおめでと~』『正式デビューしたら一緒にがんばろーねー』Yoshi⭐︎『任してくださいよ!』『なっつんさんは俺が守ります!!』にゃつやま『たよりになる~』水瀬「…」「……」Yoshi⭐︎『兄貴の無言の圧力にも屈しないっスよ』水瀬「兄貴ってキャラじゃないかな」「剛史くんの方がアニキ感あるよ」Yoshi⭐︎『ほんとっスか!?』『兄貴公認アニキっス!』 四日目。まだまだという気持ちと、この毎日の終わりの予感が半分ずつ。折り返し地点なわけで、少なからず気は急いてきた。ここに来て、初日の皐月の言葉が気になりだす。 皐月がクリーナーになる可能性を示唆していた二人は、こうして本当にスキルに目覚めたのだ。皐月はこのメンバーからク
剛史くんたち若者集団も、あれから我慢強くなって反抗するようなことはない。だが「最終日にこれかよ」というのがもろに表情に出ていた。いままでちゃんとした人ばかりに当たっていたのもあって、この不快さを無視できない。 皐月がらみの時以外は基本的に温厚で落ち着いているはずの夏山さんも眉をひそめて不快感をあらわにしている。 にもかかわらず蛇男はそれら視線をまるで意に介さない。というよりも、そういう風に他人の気持ちを軽んじて踏みにじることに恍惚としているようですらあった。 皐月の第一印象も決して良くなかったが、こんな不快さは絶対に彼女にはなかった。「そんじゃま、ダンジョン入るけど。スキル持ちは誰よ?」 へらへらした態度で蛇男が尋ねる。夏山さんら三人は、それにしぶしぶ手をあげた。「三人だけかよ……めんどくせぇな。ってかおっさんそのなりでスキル覚醒者かよ! ウケる。……んで? その選ばれし三人様は何ができんの?」「い、いちおう……アナライズと範囲防御が……」「攻撃バフだ」「……回復が……少し……」 蛇男は三人の言葉にため息をつく。「はー、使えねーーーー! だれも殴れる奴居ねぇじゃん! おっさんもそのなりでヒーラーなんかやってんなよ、気色わりいな」 もう聞いていられないという風に、夏山さんが表情を変える。「さっきから聞いていれば、いくらなんでも言葉が過ぎます!」「あ? んだよ、芋女のくせによ」「お前!! なっつんさんを馬鹿にするのは……!!」「なんなんだよ、どいつもこいつもめんどくせーな! へいへい、悪かったよ! 俺が悪かったです! お前らとはまた会うかもしれねーしな。ここは大人な俺が折れてやるよ」 かけらも反省の見られない態度。あれでもC級クリーナーなのだから、俺たちの誰よりも強い。スキル覚醒の都合上、こんなのでも辞めさせられないというのは……協会も手を焼いていることだろう。 蛇男はその名も告げず、言いたいことだけ吐き捨ててゲートに潜ってしまう。その姿が消えた後、夏山さんが俯いて言った。「みんな……その、すみません」「いやいや……夏山さんが誤ることじゃないですよ」「……うん。ありがと……水瀬くん……」 他のメンバーも夏山さんを元気づけるようにして言葉をかける。そうして、俺たちも遅れてゲートに突入して行った。◇◇◇ ダ
それから数秒、程なくして揺れは収まった。まだ砂嵐の中にいるかのように視界は晴れないが、地鳴りも収まったようだしとりあえずは異変の終息とみていいだろう。本当に、最終日だというのに不幸が重なってばかりだ。いや、最終日だからなのか? 肩の塵を払い、ゆっくりと立ち上がる。「みんな、大丈夫か?」 そして今度こそ、今度こそ答えてもらうつんりでみんなに尋ねた。「なんとか……大丈夫です……」「……口のなかがじゃりじゃりする……」「結局、なんだったんでしょうね?」「ていうか……あっつ」 直接口で大丈夫と言ってくれたのは夏山さんだけだったが、みんな無事という認識で間違いなさそうだ。 やがて視界もクリアになっていき、みんな互いの汚れまみれの顔を認識できるようになった。誰一人欠けていないので、ひとまずそこは安心だ。だがしかし、それとは別に事態は混迷を極める。「で、なんなんだよこれ……。どうなってんだよ……」 洞窟の崩落……だと思っていたのだが、どうもそれとはわけが違そうだ。「道が……増えてる……?」「それにオレンジ色の鉱石が……。こんなのさっきまでなかったよな?」 崩れたという表現ではやや不適切。明らかにダンジョンの構造が変化していた。そしてその性質も。 氷のような結晶、炎のような結晶、その二つが入り交じる。かといって熱いと寒いでちょうどいいかと言えばそれはまた別の話で、ダンジョン内部の気温は無茶苦茶だ。暑いところは暑いし、寒いところは寒い。 ただでさえ複雑な構造に悩まされていたというのに、道が増えたとあってはいよいよどうしたものか分からない。正直、これからあの蛇男に追いつくのは絶望的な気がした。 ただ、蛇男は蛇男でこの状況にどう対処しているのだろう?あいつにとってもこれは想定外だったろうし、やたらむやみに行動しているとも思えない。「これから、どう……します?」「うーん……」 夏山さんの言葉に剛史くんが頭を悩ませる。そして剛史くんが出した結論は、皐月の教えを守った基本的なものだった。「とりあえず、出口を探そう。状況が状況だから、いったん脱出することも考えといた方がいいと思う。ただ、その……その場合、この研修の七日目がどういう風に処理されるのかは分からないけど……」「……」 未覚醒者が大半を占めるこのチーム。もしこれ
その後もいくつかのことを話し合って、結局まずは出口を見つけようという結論に落ち着いた。ミミズク曰く「なんとしても今日来てるC級クリーナーより先に出口を見つけなければならない」ということだった。「もし彼が先に出口を発見していた場合、最悪の事態に陥る可能性がある」とも言っていた。その最悪の事態が何を指すのかは現状分からない。 即席のブランクカードとE級D級混成パーティで、奇妙なダンジョンを探索する。異常事態が重なった結果、本当になんだかとんでもないことになってしまった。 洞窟内の環境は相変わらずめちゃくちゃで、でたらめな気温変化は体にもよくない。じわじわと体力が奪われていくのを感じた。モンスターも、D級ダンジョンに居た方の魔物はまだまばらながら残っており、未だE級未満である俺たちにはそこそこ厳しい戦いになった。ただ、こうして戦うことができたのはまぁ心残りとか、そういう意味ではよかったと思う。 それからどれほど経ったか、今までで一番長いダンジョン滞在の終わりが見えてくる。俺にとっては、最後の瞬間になるわけだ。曲がりくねった道の先に、出口のゲートの青白い光が……。「よぉ、お前ら。遅かったじゃねーかよ」「……!!」 神経を逆なでするような、あいつの声が俺たちを出迎える。やっとの思いでたどり着いたゲートの手前、蛇男が俺たちの来訪を待っていた。「ん? てかあれ? 誰だよそいつら」 蛇男の視線がぎろりとミミズクたちに向く。そして何かを言おうとするミミズクたちを遮った。「まぁいい。俺だって馬鹿じゃねぇからな。別の攻略隊がいるんなら……ま、さっきのはそういうこったな」 ただの勘か、それともやはりダンジョンに慣れているのか、すぐに事態の本質に目星を付ける。そうしてニッと口端を吊り上げた。「ていうことは、だ。このダンジョンには、ボスが二体いる……。おい、お前ら……等級は?」 ミミズクの想定していた最悪の事態。やっとその意味を理解する。俺たちは、この男のわがままに付き合わされるかもしれないということだ。「僕らは……E級とD級の混成パーティだ。だが……お前が何を考えているのかは大体わかる。僕たちは、協力しないよ。帰って、協会に報告する」 蛇男がミミズクをにらみつける。そして頭を横に振って、あきれ顔でため息を吐いた。「かー、わかって
出口のゲートがあった場所から数分歩いたところ……そこにボス部屋の扉があった。ただダンジョンの状態が異常なのもあって、その扉もとても正常とはいいがたい状況だ。 燃え盛る炎のようなオレンジの扉、澄み切った氷塊のような青白い扉……それらが同じ場所に重なって存在していた。「どうだ? おもしれーだろ」 通常の物理法則では決してあり得ない状態。互いの扉が互いにめり込み、それこそゲームでいうバグのようなあからさまに不自然な状態だった。当然、面白くもなんともない。これからこの扉の先へ踏み込まなければならないのだから。 ボス部屋の前にやってきて、ミミズクはやっと解放される。ずっと蛇男に腕を絡められていた首は、やや赤くなっていた。「だいじょーぶ? りぃだぁ……」「すまない……」「もう、そればっかじゃん」 ミミズクは喉をさすりながら自分のパーティメンバーのところへと戻っていく。しかしここまで来てしまえば、もう逃げだすことなどできやしないのだった。 合図もなしに蛇男の手でボス部屋の扉が開かれていく。不自然な状態の扉はしかし、干渉するようなこともなくスムーズに開く。その扉の開かれた先には濃密な闇が広がっていた。 来訪者を受け入れてか、ボス部屋に二色の光が灯りだす。その光は徐々に増え、輝きを増し、ついにはボス部屋の中央にいる二体のモンスターを照らし出した。 その姿を捉えた夏山さんがつぶやく。「烈火の炎霊……レベル19……。晶氷の霜霊……レベル10……」 そこに居たのは、まるで泳ぐように宙を舞う二対のモンスターだった。上半身は人の女性に似た姿をしているが、腰から下は魚のもの。いわば人魚、全体的なシルエットでいえばクリオネのようにも見えた。 細い首からつながる頭部はまるで巨大な貝のようで、その二枚の殻の中心には真珠のようなものが挟まれていた。魚の部分は半透明の流体で構成されており、それぞれオレンジ色と水色をしている。 二体はお互いの後を追うようにくるくる泳ぎ、そして体を絡ませるようにして俺たちのいる高さまで下りてきた。「へっ、レベル19と10か……まぁ楽勝だな……。俺は高レベルの方を倒す。お前らは全員でもう片方を抑え込んでな」 作戦……というより、あくまで自分が動きやすいようにするためにそれだけ言い残して蛇男は炎霊の方へ向かっていく。
不本意な戦いではあったが、こうして勝利を収めるとじわじわと達成感が沸き上がってくる。今日は何一つ思い通りに事が運ばなかったが、それでもイレギュラーな出会いもあり、全くのダメダメな日というわけではなかっただろう。 蛇男の方も、炎霊をたったの一人ですでに撃破している。嫌な奴だし、絶対に許せないが、それでも等級に見合った実力はやはり有しているのであった。 ボス部屋の床は今や形を失ったボスの液体で水浸しである。ところどころから顔を出していた結晶の光も徐々に弱まっていく。だんだんと暗くなっていく部屋の中で、蛇男は短剣を持ってボスの亡骸……形の残った上半身の部分へ駆け寄っていた。「本当にあいつは……」 ミミズクはその様を忌々しそうに見つめる。ミミズクたちは攻略ということでダンジョンに潜っていたので、当然報酬は山分けするつもりだったのだろうが……蛇男にそのつもりはかけらもなさそうだ。彼らからしたら大損以外の何物でもない。 蛇男は周りの目など気にせずに、当然の権利のように死体に刃を突きこむ。ところが……。「ん? 妙だな? 死ねばあらゆる抵抗が消失して簡単に刃が入るはずなんだが……」 何かがうまくいかないようで、角度を変えては短剣を差し込もうとする。しかし、その刃が死体を切り開くことはないようだった。 このボスの上半身はまるで彫像のような質感で、パッと見では剣が通用しそうもない。もしかしたらそういう奴なのかもしれない。はなからこのダンジョン自体例外的なものだったわけだし、そのせいで報酬無しだってことならいい気味だ。「チッ……クソ! なんだよ! 期待させやがってよ! 碌なもんねぇじゃねぇか!!」 蛇男が八つ当たりでボスの死体を蹴り飛ばす。けれども自分のつま先を痛めただけのようだった。 もうほとんど何も見えないくらいにダンジョンが暗くなっていく。もう少しでこの空間が消失するのだろう。そしたら姉さんのいる家に帰って、チャットで食事会の日程決めて、そっからはどうしよう。クリーナーにはなれなかったのに、気持ちは前向きだった。「……」 目を閉じて、無言で元の世界に戻されるのを待つ。途中ボクッという鈍い音が響くが、蛇男が学習しないでまたボスの死体に八つ当たりしたのだろう。そう、思っていた。しかし、続く声が現実はそうではないと告げる。
「レベル、52……!? そんなの、何かの間違いだよな……? 夏山さん……。だって、10レべと19レべの奴が合体して……それで50なんて……計算合わないじゃんか!! そんな……」 そんな無茶苦茶なことがあっていいのか?俺たちは勝って、乗り越えて、そうやって自分の生活に戻っていく。それでよかったじゃないか。なのに、それを許さないのか?俺たちは神に見放されたとでもいうのか? 何から何までひっくり返る。全部が台無しになる。台無しにされる。この運命から逃れられるすべなどないというのか。「ちく、しょう……」 ミミズクが手のひらを力強く握りしめる。そして俯きながら小さな声でそう吐き捨てた。「ちくしょう、ちくしょう……。やっと軌道に乗って来たのに、みんなであがいてあがいて、強くなって、やっとみんな笑うようになったのに……」「りぃだぁ……」 ミミズクはきつく唇を結んで、肩を震わせる。そして静かに涙を流した。「いいさ、どうせ死ぬつもりだった身だ。なんだっていい」「え、死ぬつもりだったって……どういう?」 ミミズクの口から飛び出した言葉に思わず驚く。その疑問に答えるのはキツツキだった。「もともとこのパーティ、最初は一緒に死のうっていうので集まったんだよね」 キツツキの言葉に、さらにヤマガラが続いた。「でもさ、なんか一緒に居たら楽しくなっちゃって……死にたくないなって、思ったんだ。みんなね」 ミミズクが、袖で涙をぬぐう。そして、覚悟を決めた目でこう言った。「だから、みんなは死なせない。……お前たちに会えて、ほんとに楽しくって……ありがとうな」「ちょっとりぃだぁ、何言って……」 ミミズクの言い回しに不穏なものを感じたのか、キツツキが眉を顰める。キツツキの不安そうな言葉を背に受けて、ミミズクは前に踏み出した。「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……!!」 せっかくぬぐった涙がまたあふれ出す。そして……。「ちくしょぉぉぉぉぉぉ……っっっ!!!!」 あろうことかモンスターの方へ走り出した。「ちょっとりぃだぁ……!!」 ミミズクの方に走り出しそうになるキツツキの首根っこを、スズメとハチドリが押さえる。ヤマガラは黙って顔を伏せた。 ミミズクはモンスターの前で盾を地面にたたきつけて立ちふさがる。そして決して振り返らずに、仲間
ビルの隙間を生暖かい風が吹き抜ける。相対するのは真っ黒な体表をしたトカゲのような魔物。唾液まみれの白い牙は、鋭く凶悪な形に湾曲している。肉を切り裂く形の牙だ。 その顔つきも残忍そのもので、黄色く濁った小さな瞳にはその攻撃性がありありと浮かんでいる。やや骨ばったやせた体格に、細長い尾。喉元には吐く炎と同じ青白い光が宿っていた。 剣を構えて、モンスターの出方を窺う。A級ダンジョンではありふれた敵なのかもしれないが、俺からすれば見たこともない未知の敵だ。ただ最初の噛みつきを何とかしのいでしまっているせいか、七日目のボスモンスターほどの絶望感もない。あれより格上の敵とまみえているはずなのに、不思議な感覚だ。 魔物自身もさっきの一撃が対処されたことで見方を変えたのか、むやみやたらに突撃してくるのでなく、俺から視線を外さないままゆっくりと歩いていた。「……」「……」 先ほどまで俺の身を案じて騒がしかったクリーナーたちも、今では事態を静観している。ただあの一撃を耐え抜けるタフさと俺の慣れてなさに乖離を感じているのか、いまいち疑心暗鬼なまなざしだ。 勝てないつもりで顔を出した戦いなのに、勝機が顔をのぞかせてきて心が混乱する。俺はここまで来て何をやってるんだ。何がしたいんだ。いったいここからどうしろというのか。けれども、もうどこか遠くに行ってしまったように感じていたあの七日間が。夏山さんたちと過ごした特別な日々が、俺の中で小さな芽をのぞかせていた。 この期に及んで、やっと心が追いついたのかもしれない。あれ以来ずっと口にするのを忌避していた名をつぶやく。「夏山さん……」 それは驚くほどするりと俺の口から出てきた。胸中に浮かび上がる、夏山さんの顔、声……。全部奪われてしまったかのように思っていたけれど、ちゃんとあの日々は俺の中に残っていた。 剣を握る手に力を籠める。本当はただの偶然なのかもしれない。けど、人間は偶然にだって意味を見出す。 正体の分からない剣。お前がどうしてか俺のインベントリに入っていて、そして今日偶然それに気づいた俺がいた。 膠着状態のにらみ合いを、こちらの手で終わらせる。相手の出方を窺ってなんて、そんなに俺は賢くない。ずっとそう、俺は生涯を通して賢く戦えてきたことなどない。ただ愚直に、ストレート
体はもうどこも悪くないのに、俺の入院状態はもう少し続くことになった。鹿間さんはいつまでいてもかまわないと言ったが、流石にそういつまでも居座るべきじゃないと思った。「優くん......」 今日も今日とて様子を見に来てくれている姉さんだったが、俺はそれに構ってやることができなかった。姉さんも今回ばかりはかける言葉が見つからないようで、静かにパイプ椅子に座っている。 ここで流れる規則正しい時間は、体の調子にはだいぶ役立っているようだが俺をもとに戻れるようにはしてくれなかった。俺の中に、いったい何が残っただろう?あの7日間は何だったのだろう。 何かが始まると思って動き出したのに、経験したのは大きな喪失だった。俺に何が残ったのだろうと言ったが、自分自身の命がこうしてきれいな形で残ってしまっていることが恨めしくすらあった。 何をするでもなく、クリーナーを志す以前のように日々を無為に過ごす。あの時は確かにあった前途に対する希望が、俺が歩いていくであろう道に満ちる光が、今では幻のようだった。 意識は散逸し、俺の中で時間が連続しなくなる。気づいたら夜になり、また気づいたら日が上っており......そんな日々がどれほど続いただろうか。 すっかり表情の消えた俺の顔を鏡で見る。誰だこいつ、と思った。◇◇◇ ある日の晩、俺は眠っていた。まるで胎児みたいに、身じろぎ一つせず。大気のにおいや温度は、すっかり夏のものに変わっていた。「なんだ......?」 外がやや騒がしいので、目を覚ます。元より車通りの多い場所ではあるが、それにしたって異様に騒がしかった。 ベッドから降り、窓に駆け寄る。すると、科学的なものとは異なる......都市の中では異質な光が見えた。「近くで......侵食が発生したのか......」 侵食。ダンジョンが一定の水準に成長した時に起きる、実体化現象。もともとダンジョンに実体がないというわけではないが、どことも結びつかない不安定な空間にダンジョンは存在している。それが、俺らの日常に唐突に現れるのだ。 町明かりの中に紛れ込む、青白い炎。どこからやってきたのかは分からないが、ちょうどここから見る位置に魔物が現れているのが見えた。中型の......研修中には出会うことのなかった、おそらく中級のモンスター。D級あた
病室の扉を開けて、こちら側を覗き込むのは俺の予想通り鹿間さんだった。体を起こしている俺を見るや否や、ものすごい形相でどこかへ走って行ってしまった。「あ、あれ……」 鹿間さんの手によって開かれていた扉が、支えを失ってゆっくり閉じる。せっかく人が来たと思ったのに、なんだか少し残念な気持ちだった。 意気消沈しているのもつかの間、すぐに騒がしい足音がやってくる。病院……ではないのか、にもかかわらず絶対に走っている足音だった。 そのパワフルさで、すぐに誰だか悟る。そして、その人物は扉が勢いよく開け放たれるのとほぼ同時にこちらに飛び込んできた。「ゆ・う・くーーーーーーーん!!!!!!!!!!!!!」「痛たたたた……! 痛いよ、姉さん……」「あ、ごめんね……傷、痛むよね……」「いや、傷は無いけど……傷云々の前に普通に痛いってば……」 俺がそういうのを聞かずに、姉さんは俺の体に腕を回しきつく抱き着いてくる。この様子を見るに、かなり心配をかけてしまったみたいだ。「だって! お姉ちゃん、ずっと心配してたんだよ!? 鹿間さんが傷も無いはずなのになぜか目覚めないって……」「傷が無いこと自体は知ってたんじゃん……」 しかし、それだとどうも引っかかる。鹿間さんが傷が治った、ではなく傷が無いと言っていたわけだ。姉さんはこんなだけれど、そういう言葉の微妙な違いを取りこぼす人ではないし、となるとほんとに鹿間さんが俺の姿を見たときには傷が無かったということになってくる。まさか町中に辻ヒーラーがいるわけでもあるまい。そもそもダンジョン外では基本的にスキルは使用禁止なわけだし……。 すこし疑問は残る形になりながらも、とにかく俺が助かったということだけは確からしいことが分かった。その後もしばらく姉さんと話していたが、真剣な表情をした鹿間さんが再び訪れたため姉さんは席を外してもらうことになった。 姉さんを見送ると、鹿間さんは自分でパイプ椅子を用意してそれに腰を落とす。そして俺の方を見つめて、ポツリと語り始めた。「あー、はは……久しぶり、だな……。調子はどうだ?」「はい、おかげさまで……すっかりぴんぴんしてますよ」「ん、ああ……そうか……」「……? なんか……どうしたんですか?」 多少会うのが久しぶりとはいえ、流石に少し様子がおかしい。ひどく話し
キーンと、耳鳴りが響く。貧血になったみたいに、すっと意識が遠のく。そして一瞬で足先まで冷えていった。 あふれた“俺の”血液が、床を打つ。跳ねる。その音が、いやになるほど鮮明に聞こえる。「あれ、なんで……」 心がしびれたようで、体もしびれたようで、世界の輪郭があやふやになる。しかし、誰かの声が俺を現実まで引き戻した。「なんで……なんでこんなことしたんですか!! 堀越さんもそう……今どき自己犠牲なんて流行らないですよ!!」 夏山さんの声だ。すごく、安心する。それと同時に涙があふれてくる。「よか、った……」「なんにも、何にもよくないですよ! 水瀬くん……どうして……」「どうして、って……夏山さんが最終防衛ラインだから……。夏山さんがやられたら、みんなやられちゃう……。俺、間違ってないと思うな」「そんなこと……!! そんなこと言ってるんじゃ……!!」 体に力が入らなくなって、ひざから崩れ落ちる。ダメだ、ミミズクとかみたいにしぶとくない。それもそのはず、俺はスキル無しの……一般人だ。でも、ちゃんと人間だ。クズじゃない、これは人間の死に方だ。「ああ、でも姉さん……怒るな……。姉さんには……」 悲しい顔をしてほしくない。やっぱり、やだな。 死にたくない。痛てぇし、しんどいし、こんな風に終わってくのか。俺、みんなを助けられたのかな……。 どこかで、やっぱり何かを間違えちゃったのかな……。それとも初めからこういう運命だったのか……。もしそうだとしても、諦めたくないし……諦められないよ。 ああ……。俺がこんなに弱くなければ……。もっと強ければ……。 あんな蛇男より、皐月よりずっと強い力……。こんな理不尽も一撃で退けられるような力……。そんなものが俺にあったらよかったのに。 死の、足音が近づいてくる。終わりの瞬間を知覚する。もう五感の絶えた世界で、俺を燃やし尽くそうとする漆黒の炎が燃え上がっていた。逃れられない、生命の終わり。死の理。◇◇◇ オレンジ色の明かりが、にぎわう店内を照らす。大衆酒場で俺を含めた10人がやかましく騒いでいた。 食べ物の味もよく分からなくなるくらい酔っぱらって、それを隣に座る女の人にあきれられて……。頭がふわふわするけれど、そういうのがたまらなく嬉しかった。 けれども
「レベル、52……!? そんなの、何かの間違いだよな……? 夏山さん……。だって、10レべと19レべの奴が合体して……それで50なんて……計算合わないじゃんか!! そんな……」 そんな無茶苦茶なことがあっていいのか?俺たちは勝って、乗り越えて、そうやって自分の生活に戻っていく。それでよかったじゃないか。なのに、それを許さないのか?俺たちは神に見放されたとでもいうのか? 何から何までひっくり返る。全部が台無しになる。台無しにされる。この運命から逃れられるすべなどないというのか。「ちく、しょう……」 ミミズクが手のひらを力強く握りしめる。そして俯きながら小さな声でそう吐き捨てた。「ちくしょう、ちくしょう……。やっと軌道に乗って来たのに、みんなであがいてあがいて、強くなって、やっとみんな笑うようになったのに……」「りぃだぁ……」 ミミズクはきつく唇を結んで、肩を震わせる。そして静かに涙を流した。「いいさ、どうせ死ぬつもりだった身だ。なんだっていい」「え、死ぬつもりだったって……どういう?」 ミミズクの口から飛び出した言葉に思わず驚く。その疑問に答えるのはキツツキだった。「もともとこのパーティ、最初は一緒に死のうっていうので集まったんだよね」 キツツキの言葉に、さらにヤマガラが続いた。「でもさ、なんか一緒に居たら楽しくなっちゃって……死にたくないなって、思ったんだ。みんなね」 ミミズクが、袖で涙をぬぐう。そして、覚悟を決めた目でこう言った。「だから、みんなは死なせない。……お前たちに会えて、ほんとに楽しくって……ありがとうな」「ちょっとりぃだぁ、何言って……」 ミミズクの言い回しに不穏なものを感じたのか、キツツキが眉を顰める。キツツキの不安そうな言葉を背に受けて、ミミズクは前に踏み出した。「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……!!」 せっかくぬぐった涙がまたあふれ出す。そして……。「ちくしょぉぉぉぉぉぉ……っっっ!!!!」 あろうことかモンスターの方へ走り出した。「ちょっとりぃだぁ……!!」 ミミズクの方に走り出しそうになるキツツキの首根っこを、スズメとハチドリが押さえる。ヤマガラは黙って顔を伏せた。 ミミズクはモンスターの前で盾を地面にたたきつけて立ちふさがる。そして決して振り返らずに、仲間
不本意な戦いではあったが、こうして勝利を収めるとじわじわと達成感が沸き上がってくる。今日は何一つ思い通りに事が運ばなかったが、それでもイレギュラーな出会いもあり、全くのダメダメな日というわけではなかっただろう。 蛇男の方も、炎霊をたったの一人ですでに撃破している。嫌な奴だし、絶対に許せないが、それでも等級に見合った実力はやはり有しているのであった。 ボス部屋の床は今や形を失ったボスの液体で水浸しである。ところどころから顔を出していた結晶の光も徐々に弱まっていく。だんだんと暗くなっていく部屋の中で、蛇男は短剣を持ってボスの亡骸……形の残った上半身の部分へ駆け寄っていた。「本当にあいつは……」 ミミズクはその様を忌々しそうに見つめる。ミミズクたちは攻略ということでダンジョンに潜っていたので、当然報酬は山分けするつもりだったのだろうが……蛇男にそのつもりはかけらもなさそうだ。彼らからしたら大損以外の何物でもない。 蛇男は周りの目など気にせずに、当然の権利のように死体に刃を突きこむ。ところが……。「ん? 妙だな? 死ねばあらゆる抵抗が消失して簡単に刃が入るはずなんだが……」 何かがうまくいかないようで、角度を変えては短剣を差し込もうとする。しかし、その刃が死体を切り開くことはないようだった。 このボスの上半身はまるで彫像のような質感で、パッと見では剣が通用しそうもない。もしかしたらそういう奴なのかもしれない。はなからこのダンジョン自体例外的なものだったわけだし、そのせいで報酬無しだってことならいい気味だ。「チッ……クソ! なんだよ! 期待させやがってよ! 碌なもんねぇじゃねぇか!!」 蛇男が八つ当たりでボスの死体を蹴り飛ばす。けれども自分のつま先を痛めただけのようだった。 もうほとんど何も見えないくらいにダンジョンが暗くなっていく。もう少しでこの空間が消失するのだろう。そしたら姉さんのいる家に帰って、チャットで食事会の日程決めて、そっからはどうしよう。クリーナーにはなれなかったのに、気持ちは前向きだった。「……」 目を閉じて、無言で元の世界に戻されるのを待つ。途中ボクッという鈍い音が響くが、蛇男が学習しないでまたボスの死体に八つ当たりしたのだろう。そう、思っていた。しかし、続く声が現実はそうではないと告げる。
出口のゲートがあった場所から数分歩いたところ……そこにボス部屋の扉があった。ただダンジョンの状態が異常なのもあって、その扉もとても正常とはいいがたい状況だ。 燃え盛る炎のようなオレンジの扉、澄み切った氷塊のような青白い扉……それらが同じ場所に重なって存在していた。「どうだ? おもしれーだろ」 通常の物理法則では決してあり得ない状態。互いの扉が互いにめり込み、それこそゲームでいうバグのようなあからさまに不自然な状態だった。当然、面白くもなんともない。これからこの扉の先へ踏み込まなければならないのだから。 ボス部屋の前にやってきて、ミミズクはやっと解放される。ずっと蛇男に腕を絡められていた首は、やや赤くなっていた。「だいじょーぶ? りぃだぁ……」「すまない……」「もう、そればっかじゃん」 ミミズクは喉をさすりながら自分のパーティメンバーのところへと戻っていく。しかしここまで来てしまえば、もう逃げだすことなどできやしないのだった。 合図もなしに蛇男の手でボス部屋の扉が開かれていく。不自然な状態の扉はしかし、干渉するようなこともなくスムーズに開く。その扉の開かれた先には濃密な闇が広がっていた。 来訪者を受け入れてか、ボス部屋に二色の光が灯りだす。その光は徐々に増え、輝きを増し、ついにはボス部屋の中央にいる二体のモンスターを照らし出した。 その姿を捉えた夏山さんがつぶやく。「烈火の炎霊……レベル19……。晶氷の霜霊……レベル10……」 そこに居たのは、まるで泳ぐように宙を舞う二対のモンスターだった。上半身は人の女性に似た姿をしているが、腰から下は魚のもの。いわば人魚、全体的なシルエットでいえばクリオネのようにも見えた。 細い首からつながる頭部はまるで巨大な貝のようで、その二枚の殻の中心には真珠のようなものが挟まれていた。魚の部分は半透明の流体で構成されており、それぞれオレンジ色と水色をしている。 二体はお互いの後を追うようにくるくる泳ぎ、そして体を絡ませるようにして俺たちのいる高さまで下りてきた。「へっ、レベル19と10か……まぁ楽勝だな……。俺は高レベルの方を倒す。お前らは全員でもう片方を抑え込んでな」 作戦……というより、あくまで自分が動きやすいようにするためにそれだけ言い残して蛇男は炎霊の方へ向かっていく。
その後もいくつかのことを話し合って、結局まずは出口を見つけようという結論に落ち着いた。ミミズク曰く「なんとしても今日来てるC級クリーナーより先に出口を見つけなければならない」ということだった。「もし彼が先に出口を発見していた場合、最悪の事態に陥る可能性がある」とも言っていた。その最悪の事態が何を指すのかは現状分からない。 即席のブランクカードとE級D級混成パーティで、奇妙なダンジョンを探索する。異常事態が重なった結果、本当になんだかとんでもないことになってしまった。 洞窟内の環境は相変わらずめちゃくちゃで、でたらめな気温変化は体にもよくない。じわじわと体力が奪われていくのを感じた。モンスターも、D級ダンジョンに居た方の魔物はまだまばらながら残っており、未だE級未満である俺たちにはそこそこ厳しい戦いになった。ただ、こうして戦うことができたのはまぁ心残りとか、そういう意味ではよかったと思う。 それからどれほど経ったか、今までで一番長いダンジョン滞在の終わりが見えてくる。俺にとっては、最後の瞬間になるわけだ。曲がりくねった道の先に、出口のゲートの青白い光が……。「よぉ、お前ら。遅かったじゃねーかよ」「……!!」 神経を逆なでするような、あいつの声が俺たちを出迎える。やっとの思いでたどり着いたゲートの手前、蛇男が俺たちの来訪を待っていた。「ん? てかあれ? 誰だよそいつら」 蛇男の視線がぎろりとミミズクたちに向く。そして何かを言おうとするミミズクたちを遮った。「まぁいい。俺だって馬鹿じゃねぇからな。別の攻略隊がいるんなら……ま、さっきのはそういうこったな」 ただの勘か、それともやはりダンジョンに慣れているのか、すぐに事態の本質に目星を付ける。そうしてニッと口端を吊り上げた。「ていうことは、だ。このダンジョンには、ボスが二体いる……。おい、お前ら……等級は?」 ミミズクの想定していた最悪の事態。やっとその意味を理解する。俺たちは、この男のわがままに付き合わされるかもしれないということだ。「僕らは……E級とD級の混成パーティだ。だが……お前が何を考えているのかは大体わかる。僕たちは、協力しないよ。帰って、協会に報告する」 蛇男がミミズクをにらみつける。そして頭を横に振って、あきれ顔でため息を吐いた。「かー、わかって
それから数秒、程なくして揺れは収まった。まだ砂嵐の中にいるかのように視界は晴れないが、地鳴りも収まったようだしとりあえずは異変の終息とみていいだろう。本当に、最終日だというのに不幸が重なってばかりだ。いや、最終日だからなのか? 肩の塵を払い、ゆっくりと立ち上がる。「みんな、大丈夫か?」 そして今度こそ、今度こそ答えてもらうつんりでみんなに尋ねた。「なんとか……大丈夫です……」「……口のなかがじゃりじゃりする……」「結局、なんだったんでしょうね?」「ていうか……あっつ」 直接口で大丈夫と言ってくれたのは夏山さんだけだったが、みんな無事という認識で間違いなさそうだ。 やがて視界もクリアになっていき、みんな互いの汚れまみれの顔を認識できるようになった。誰一人欠けていないので、ひとまずそこは安心だ。だがしかし、それとは別に事態は混迷を極める。「で、なんなんだよこれ……。どうなってんだよ……」 洞窟の崩落……だと思っていたのだが、どうもそれとはわけが違そうだ。「道が……増えてる……?」「それにオレンジ色の鉱石が……。こんなのさっきまでなかったよな?」 崩れたという表現ではやや不適切。明らかにダンジョンの構造が変化していた。そしてその性質も。 氷のような結晶、炎のような結晶、その二つが入り交じる。かといって熱いと寒いでちょうどいいかと言えばそれはまた別の話で、ダンジョン内部の気温は無茶苦茶だ。暑いところは暑いし、寒いところは寒い。 ただでさえ複雑な構造に悩まされていたというのに、道が増えたとあってはいよいよどうしたものか分からない。正直、これからあの蛇男に追いつくのは絶望的な気がした。 ただ、蛇男は蛇男でこの状況にどう対処しているのだろう?あいつにとってもこれは想定外だったろうし、やたらむやみに行動しているとも思えない。「これから、どう……します?」「うーん……」 夏山さんの言葉に剛史くんが頭を悩ませる。そして剛史くんが出した結論は、皐月の教えを守った基本的なものだった。「とりあえず、出口を探そう。状況が状況だから、いったん脱出することも考えといた方がいいと思う。ただ、その……その場合、この研修の七日目がどういう風に処理されるのかは分からないけど……」「……」 未覚醒者が大半を占めるこのチーム。もしこれ