12．思わぬ出会い

　それから数秒、程なくして揺れは収まった。

まだ砂嵐の中にいるかのように視界は晴れないが、地鳴りも収まったようだしとりあえずは異変の終息とみていいだろう。

本当に、最終日だというのに不幸が重なってばかりだ。

いや、最終日だからなのか？

　肩の塵を払い、ゆっくりと立ち上がる。

「みんな、大丈夫か？」

　そして今度こそ、今度こそ答えてもらうつんりでみんなに尋ねた。

「なんとか……大丈夫です……」

「……口のなかがじゃりじゃりする……」

「結局、なんだったんでしょうね？」

「ていうか……あっつ」

　直接口で大丈夫と言ってくれたのは夏山さんだけだったが、みんな無事という認識で間違いなさそうだ。

　やがて視界もクリアになっていき、みんな互いの汚れまみれの顔を認識できるようになった。

誰一人欠けていないので、ひとまずそこは安心だ。

だがしかし、それとは別に事態は混迷を極める。

「で、なんなんだよこれ……。どうなってんだよ……」

　洞窟の崩落……だと思っていたのだが、どうもそれとはわけが違そうだ。

「道が……増えてる……？」

「それにオレンジ色の鉱石が……。こんなのさっきまでなかったよな？」

　崩れたという表現ではやや不適切。

明らかにダンジョンの構造が変化していた。

そしてその性質も。

　氷のような結晶、炎のような結晶、その二つが入り交じる。

かといって熱いと寒いでちょうどいいかと言えばそれはまた別の話で、ダンジョン内部の気温は無茶苦茶だ。

暑いところは暑いし、寒いところは寒い。

　ただでさえ複雑な構造に悩まされていたというのに、道が増えたとあってはいよいよどうしたものか分からない。

正直、これからあの蛇男に追いつくのは絶望的な気がした。

　ただ、蛇男は蛇男でこの状況にどう対処しているのだろう？

あいつにとってもこれは想定外だったろうし、やたらむやみに行動しているとも思えない。

「これから、どう……します？」

「うーん……」

　夏山さんの言葉に剛史くんが頭を悩ませる。

そして剛史くんが出した結論は、皐月の教えを守った基本的なものだった。

「とりあえず、出口を探そう。状況が状況だから、いったん脱出することも考えといた方がいいと思う。ただ、その……その場合、この研修の七日目がどういう風に処理されるのかは分からないけど……」

「……」

　未覚醒者が大半を占めるこのチーム。

もしこれで脱出して、それでおしまいとなってしまったら……不完全燃焼というほかない。

けれど……。

「俺は剛史くんに賛成です。もしこのまま七日目が実質流れたみたいになって、もし……ダメでも、それはそれでって思うんです。俺、その……ここに来て結構やれるなって思えて、自分なんかどうしようもないクズだと思ってたけど……なんかちゃんとチームメンバーじゃんかって……。だから、その……ここでダメでも、結構やれるんじゃないかって思って、俺なんかと一緒にすんなって話かもしれないけど……ちゃんと、何者かになれる気がするんです。それで……どうしてもダメだったら、鹿間さんに土下座して協会の仕事貰いましょう……！」

　言っている途中に何言ってるんだって気持ちが勝って、それでも止まらなくて、恥ずかしいのをごまかすために最後に少し冗談を言ったら、本当に何が言いたいんだか分からない要領を得ない言葉になってしまった。

けれど、そんな言葉をみんなは明るい表情で受け止めてくれる。

俺含め、やっと何かから解放されたようなすがすがしい表情をしていた。

「ふっ……そうですね。我々も、ここで正しい選択ができてこそきっちり終われるわけです。そして……打ち上げでパーッとやりましょう！」

　結局みんな楽しみにしていたみたいで、食事会の約束が俺たちの背中を押す。

焦るような気持ちは、もう既になかった。

「あ、でも未成年もいますし……お酒だけは気を付けてくださいよ！」

「え……！？」

「うわ、つよくん絶対飲む気でいたじゃん！！」

　一足先に夏山さんと剛史くんが盛り上がる。

そのさまをみていると、むしろこんな訳の分からないところさっさと脱出して、外の空気吸ってうまい飯食おうという気持ちになってくるのだった。

　するとそこに……。

「やだ……なんか声がする？」

「人？　そんなはずないよね？」

「でも魔物にしちゃ……」

「なんか飲み会の話してなかった？」

「魔物にも帰る家ってあるんすね」

　どこからか声が聞こえてきた。

もちろん俺たちの声じゃないし、蛇男の声でもない。

そして複数人、女性が二人に男性が三人だ、たぶん……。

　みんなやや緊張した様子で息をひそめる。

その足音はだんだんこちらに近づいてきていた。

　どういうことだろうかと思考を巡らせる。

まさか外のゲートから別の人たちが入ってきたということもあるまい。

しかしとなると、あの人たちは最初からダンジョン内にいたことになる。

けれどそれはそれで「そんな馬鹿な」である。

　そして、そういった考えがまとまる前に俺たちは接触する。

わき道からひょっこり顔を出した、金髪の女の人と目が合った。

瞬間、俺を見つめるその瞳が大きく見開かれる。

「ぎゃあ～！！！！！！！！！！！　人！　ね！　人いる！！　なんで！？　なんで！？！？」

　こちらを指さして失礼なくらいの叫び声をあげた。

「馬鹿言ってんじゃねえよ、そんなこと……って人！！！！！！　居る！　人間！！　なんでぇぇぇぇぇ～～～！！！！！！」

　続く男性も同じように悲鳴を上げた。

このパターンが人数分繰り返される。

後半二人は先行者のリアクションで人がいること自体は真実と察していた様子だが、面白がって繰り返していた。

仲いいなこいつら。

「んでぇ～？　なんで人がいるんすかねぇ？　チミたち……あ～、ブランクカードさげてるじゃないっすか。りぃだぁ、この人たち研修中ですよ？」

「み、みたい……だなぁ……」

　最後に入ってきた女性の言葉に、二番目に顔をのぞかせた男性が頭を抱える。

「やっぱりさっきの地震っすかね～」

　いまいち緊張感に欠ける抑揚だが、どうやら向こう様も地震にあったようだ。

「ていうことは……？　なんだ？　ダンジョンが合体したとでもいうのか！？」

「さっすがりぃだぁ、斬新な発想～」

　ダンジョンの合体、という言葉が耳に入る。

確かにもしそうだとすれば色々とつじつまが合うことになる。

事実今のダンジョンは二つの性質が混ざり合っている。

　ダンジョンの空間構造は基本的に不安定。

であれば、何かの間違いで二つのダンジョンが重なってしまう……というのも起こりえない話じゃないのかもしれない。

「あ、あの……お取込み中のところ悪いんすけど、こういうのって結構あることなんすかね？」

　やたら近い距離間で話し合う二人に、剛史くんがおずおずと声をかける。

「なわけないだろ！！」

「ひっ、すんません……」

　向こうのリーダーとしても混乱してるようで、今は考えをまとめるのに手いっぱいのようだった。

一方リーダーのすぐそばの女性の方はある程度冷静なようで、ふにゃふにゃの抑揚で話を進めてくれる。

「まぁまぁ、そういわないで。それよりさぁ、ウチ気づいちゃったんだけど……チミたち、講師がついてないように見えるけど？」

　話し方とは対照的に、その目つきは鋭い。

「……もしかしてハズレ引いた？」

　直感なのか推測なのか、一発でこちらの状況を言い当ててくる。

それに俺たちは困惑しつつも頷いた。

「あ～あ、なるほどねぇ……。いるんだよねぇ、魔石のためだけに講師引き受けるの。いやぁ災難災難。だとしたらチミたち、今日は大ハズレだねぇ……こんなんなっちゃった……」

　お手上げ、とジェスチャーで表現する。

それについては俺たちとしてももう笑うしかなかった。

　向こう部隊のリーダーも落ち着きを取り戻したようで、脈拍を整えるようにして息を吐く。

「あー……すまない、取り乱してしまって……。君たちの方がずっと困惑しているだろうに……我ながら情けないよ……」

「ま、せっかく会ったんだしさぁ……ここからは協力してこー。ウチはキツツキ、りぃだぁがミミズクね。ウチら二人がＤ級で、残りの子らがＥ級。金髪のがヤマガラで、残りの男二人組はスズメとハチドリ」

　キツツキと名乗った少女が、協力体制を申し出るのと同時にメンバーの紹介をしてくれる。

それに返すように、俺たちも自分の名を名乗った。

「それにしても……鳥……？」

　こんな偶然もあるものなのかと、一人感心する。

しかしキツツキがすぐに「いやいやいや」と否定した。

「本名じゃないよ～、ウチらネットで知り合ったから一応ね」

「あ、なるほどです」

　距離感的にもネトゲ仲間みたいなところがあるのだろう。

それにしたってキツツキとミミズクの距離は近い気がするが……。

「しかし、研修生ということは……君たちが潜っていたのはＥ級ダンジョンだね？」

　ミミズクの言葉に俺たちは頷く。

ミミズクは顎に手を当てて、少し考えこむようにして頷いた。

「僕たちが潜っていたのはＤ級ダンジョンなんだ。だからまぁ……僕らが合流して15人で進むなら問題にはならない難易度だろう。けれど……ボスがどうなっているのか分からない。仮に同じ位置に二体ボスがいるとすれば、勝てるかどうか……」

「……あ、それについては俺ら……出口を見つけて帰ろうっていうので結論出てるんですよ」

「……なるほど、確かにこんな事態だ……協会への報告が必要か……」

　等級はＤ級ということで、高くはないのだけれどあの蛇男と違ってちゃんと会話のできる人たちだ。

そういう根底のところがずれていないというだけで安心する。

　ミミズクは頭痛に耐えるようにこめかみを抑えて息を吐いた。

「となると……問題になってくるのは本来君たちと行動しているはずのＣ級クリーナーか……。なまじ地力があるだけにボスの討伐に向かってしまうかもしれない。Ｃ級といえど一人では勝算は……限りなくゼロに等しいだろう。おいていくわけにもいくまいし……」

　ミミズクは再び疲れた表情で頭を抱える。

その顔をキツツキは面白がるように眺めていた。