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11.異変

Author: 空空 空
last update Last Updated: 2025-04-19 19:17:36

 剛史くんたち若者集団も、あれから我慢強くなって反抗するようなことはない。

だが「最終日にこれかよ」というのがもろに表情に出ていた。

いままでちゃんとした人ばかりに当たっていたのもあって、この不快さを無視できない。

 皐月がらみの時以外は基本的に温厚で落ち着いているはずの夏山さんも眉をひそめて不快感をあらわにしている。

 にもかかわらず蛇男はそれら視線をまるで意に介さない。

というよりも、そういう風に他人の気持ちを軽んじて踏みにじることに恍惚としているようですらあった。

 皐月の第一印象も決して良くなかったが、こんな不快さは絶対に彼女にはなかった。

「そんじゃま、ダンジョン入るけど。スキル持ちは誰よ?」

 へらへらした態度で蛇男が尋ねる。

夏山さんら三人は、それにしぶしぶ手をあげた。

「三人だけかよ……めんどくせぇな。ってかおっさんそのなりでスキル覚醒者かよ! ウケる。……んで? その選ばれし三人様は何ができんの?」

「い、いちおう……アナライズと範囲防御が……」

「攻撃バフだ」

「……回復が……少し……」

 蛇男は三人の言葉にため息をつく。

「はー、使えねーーーー! だれも殴れる奴居ねぇじゃん! おっさんもそのなりでヒーラーなんかやってんなよ、気色わりいな」

 もう聞いていられないという風に、夏山さんが表情を変える。

「さっきから聞いていれば、いくらなんでも言葉が過ぎます!」

「あ? んだよ、芋女のくせによ」

「お前!! なっつんさんを馬鹿にするのは……!!」

「なんなんだよ、どいつもこいつもめんどくせーな! へいへい、悪かったよ! 俺が悪かったです! お前らとはまた会うかもしれねーしな。ここは大人な俺が折れてやるよ」

 かけらも反省の見られない態度。

あれでもC級クリーナーなのだから、俺たちの誰よりも強い。

スキル覚醒の都合上、こんなのでも辞めさせられないというのは……協会も手を焼いていることだろう。

 蛇男はその名も告げず、言いたいことだけ吐き捨ててゲートに潜ってしまう。

その姿が消えた後、夏山さんが俯いて言った。

「みんな……その、すみません」

「いやいや……夏山さんが誤ることじゃないですよ」

「……うん。ありがと……水瀬くん……」

 他のメンバーも夏山さんを元気づけるようにして言葉をかける。

そうして、俺たちも遅れてゲートに突入して行った。

◇◇◇

 ダ
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    「レベル、52……!? そんなの、何かの間違いだよな……? 夏山さん……。だって、10レべと19レべの奴が合体して……それで50なんて……計算合わないじゃんか!! そんな……」 そんな無茶苦茶なことがあっていいのか?俺たちは勝って、乗り越えて、そうやって自分の生活に戻っていく。それでよかったじゃないか。なのに、それを許さないのか?俺たちは神に見放されたとでもいうのか? 何から何までひっくり返る。全部が台無しになる。台無しにされる。この運命から逃れられるすべなどないというのか。「ちく、しょう……」 ミミズクが手のひらを力強く握りしめる。そして俯きながら小さな声でそう吐き捨てた。「ちくしょう、ちくしょう……。やっと軌道に乗って来たのに、みんなであがいてあがいて、強くなって、やっとみんな笑うようになったのに……」「りぃだぁ……」 ミミズクはきつく唇を結んで、肩を震わせる。そして静かに涙を流した。「いいさ、どうせ死ぬつもりだった身だ。なんだっていい」「え、死ぬつもりだったって……どういう?」 ミミズクの口から飛び出した言葉に思わず驚く。その疑問に答えるのはキツツキだった。「もともとこのパーティ、最初は一緒に死のうっていうので集まったんだよね」 キツツキの言葉に、さらにヤマガラが続いた。「でもさ、なんか一緒に居たら楽しくなっちゃって……死にたくないなって、思ったんだ。みんなね」 ミミズクが、袖で涙をぬぐう。そして、覚悟を決めた目でこう言った。「だから、みんなは死なせない。……お前たちに会えて、ほんとに楽しくって……ありがとうな」「ちょっとりぃだぁ、何言って……」 ミミズクの言い回しに不穏なものを感じたのか、キツツキが眉を顰める。キツツキの不安そうな言葉を背に受けて、ミミズクは前に踏み出した。「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……!!」 せっかくぬぐった涙がまたあふれ出す。そして……。「ちくしょぉぉぉぉぉぉ……っっっ!!!!」 あろうことかモンスターの方へ走り出した。「ちょっとりぃだぁ……!!」 ミミズクの方に走り出しそうになるキツツキの首根っこを、スズメとハチドリが押さえる。ヤマガラは黙って顔を伏せた。 ミミズクはモンスターの前で盾を地面にたたきつけて立ちふさがる。そして決して振り返らずに、仲間

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     不本意な戦いではあったが、こうして勝利を収めるとじわじわと達成感が沸き上がってくる。今日は何一つ思い通りに事が運ばなかったが、それでもイレギュラーな出会いもあり、全くのダメダメな日というわけではなかっただろう。 蛇男の方も、炎霊をたったの一人ですでに撃破している。嫌な奴だし、絶対に許せないが、それでも等級に見合った実力はやはり有しているのであった。 ボス部屋の床は今や形を失ったボスの液体で水浸しである。ところどころから顔を出していた結晶の光も徐々に弱まっていく。だんだんと暗くなっていく部屋の中で、蛇男は短剣を持ってボスの亡骸……形の残った上半身の部分へ駆け寄っていた。「本当にあいつは……」 ミミズクはその様を忌々しそうに見つめる。ミミズクたちは攻略ということでダンジョンに潜っていたので、当然報酬は山分けするつもりだったのだろうが……蛇男にそのつもりはかけらもなさそうだ。彼らからしたら大損以外の何物でもない。 蛇男は周りの目など気にせずに、当然の権利のように死体に刃を突きこむ。ところが……。「ん? 妙だな? 死ねばあらゆる抵抗が消失して簡単に刃が入るはずなんだが……」 何かがうまくいかないようで、角度を変えては短剣を差し込もうとする。しかし、その刃が死体を切り開くことはないようだった。 このボスの上半身はまるで彫像のような質感で、パッと見では剣が通用しそうもない。もしかしたらそういう奴なのかもしれない。はなからこのダンジョン自体例外的なものだったわけだし、そのせいで報酬無しだってことならいい気味だ。「チッ……クソ! なんだよ! 期待させやがってよ! 碌なもんねぇじゃねぇか!!」 蛇男が八つ当たりでボスの死体を蹴り飛ばす。けれども自分のつま先を痛めただけのようだった。 もうほとんど何も見えないくらいにダンジョンが暗くなっていく。もう少しでこの空間が消失するのだろう。そしたら姉さんのいる家に帰って、チャットで食事会の日程決めて、そっからはどうしよう。クリーナーにはなれなかったのに、気持ちは前向きだった。「……」 目を閉じて、無言で元の世界に戻されるのを待つ。途中ボクッという鈍い音が響くが、蛇男が学習しないでまたボスの死体に八つ当たりしたのだろう。そう、思っていた。しかし、続く声が現実はそうではないと告げる。

  • ダンジョン喰らいの人類神話   14.精霊の巣

     出口のゲートがあった場所から数分歩いたところ……そこにボス部屋の扉があった。ただダンジョンの状態が異常なのもあって、その扉もとても正常とはいいがたい状況だ。 燃え盛る炎のようなオレンジの扉、澄み切った氷塊のような青白い扉……それらが同じ場所に重なって存在していた。「どうだ? おもしれーだろ」 通常の物理法則では決してあり得ない状態。互いの扉が互いにめり込み、それこそゲームでいうバグのようなあからさまに不自然な状態だった。当然、面白くもなんともない。これからこの扉の先へ踏み込まなければならないのだから。 ボス部屋の前にやってきて、ミミズクはやっと解放される。ずっと蛇男に腕を絡められていた首は、やや赤くなっていた。「だいじょーぶ? りぃだぁ……」「すまない……」「もう、そればっかじゃん」 ミミズクは喉をさすりながら自分のパーティメンバーのところへと戻っていく。しかしここまで来てしまえば、もう逃げだすことなどできやしないのだった。 合図もなしに蛇男の手でボス部屋の扉が開かれていく。不自然な状態の扉はしかし、干渉するようなこともなくスムーズに開く。その扉の開かれた先には濃密な闇が広がっていた。 来訪者を受け入れてか、ボス部屋に二色の光が灯りだす。その光は徐々に増え、輝きを増し、ついにはボス部屋の中央にいる二体のモンスターを照らし出した。 その姿を捉えた夏山さんがつぶやく。「烈火の炎霊……レベル19……。晶氷の霜霊……レベル10……」 そこに居たのは、まるで泳ぐように宙を舞う二対のモンスターだった。上半身は人の女性に似た姿をしているが、腰から下は魚のもの。いわば人魚、全体的なシルエットでいえばクリオネのようにも見えた。 細い首からつながる頭部はまるで巨大な貝のようで、その二枚の殻の中心には真珠のようなものが挟まれていた。魚の部分は半透明の流体で構成されており、それぞれオレンジ色と水色をしている。 二体はお互いの後を追うようにくるくる泳ぎ、そして体を絡ませるようにして俺たちのいる高さまで下りてきた。「へっ、レベル19と10か……まぁ楽勝だな……。俺は高レベルの方を倒す。お前らは全員でもう片方を抑え込んでな」 作戦……というより、あくまで自分が動きやすいようにするためにそれだけ言い残して蛇男は炎霊の方へ向かっていく。

  • ダンジョン喰らいの人類神話   13.ランカーという生き物

     その後もいくつかのことを話し合って、結局まずは出口を見つけようという結論に落ち着いた。ミミズク曰く「なんとしても今日来てるC級クリーナーより先に出口を見つけなければならない」ということだった。「もし彼が先に出口を発見していた場合、最悪の事態に陥る可能性がある」とも言っていた。その最悪の事態が何を指すのかは現状分からない。 即席のブランクカードとE級D級混成パーティで、奇妙なダンジョンを探索する。異常事態が重なった結果、本当になんだかとんでもないことになってしまった。 洞窟内の環境は相変わらずめちゃくちゃで、でたらめな気温変化は体にもよくない。じわじわと体力が奪われていくのを感じた。モンスターも、D級ダンジョンに居た方の魔物はまだまばらながら残っており、未だE級未満である俺たちにはそこそこ厳しい戦いになった。ただ、こうして戦うことができたのはまぁ心残りとか、そういう意味ではよかったと思う。 それからどれほど経ったか、今までで一番長いダンジョン滞在の終わりが見えてくる。俺にとっては、最後の瞬間になるわけだ。曲がりくねった道の先に、出口のゲートの青白い光が……。「よぉ、お前ら。遅かったじゃねーかよ」「……!!」 神経を逆なでするような、あいつの声が俺たちを出迎える。やっとの思いでたどり着いたゲートの手前、蛇男が俺たちの来訪を待っていた。「ん? てかあれ? 誰だよそいつら」 蛇男の視線がぎろりとミミズクたちに向く。そして何かを言おうとするミミズクたちを遮った。「まぁいい。俺だって馬鹿じゃねぇからな。別の攻略隊がいるんなら……ま、さっきのはそういうこったな」 ただの勘か、それともやはりダンジョンに慣れているのか、すぐに事態の本質に目星を付ける。そうしてニッと口端を吊り上げた。「ていうことは、だ。このダンジョンには、ボスが二体いる……。おい、お前ら……等級は?」 ミミズクの想定していた最悪の事態。やっとその意味を理解する。俺たちは、この男のわがままに付き合わされるかもしれないということだ。「僕らは……E級とD級の混成パーティだ。だが……お前が何を考えているのかは大体わかる。僕たちは、協力しないよ。帰って、協会に報告する」 蛇男がミミズクをにらみつける。そして頭を横に振って、あきれ顔でため息を吐いた。「かー、わかって

  • ダンジョン喰らいの人類神話   12.思わぬ出会い

     それから数秒、程なくして揺れは収まった。まだ砂嵐の中にいるかのように視界は晴れないが、地鳴りも収まったようだしとりあえずは異変の終息とみていいだろう。本当に、最終日だというのに不幸が重なってばかりだ。いや、最終日だからなのか? 肩の塵を払い、ゆっくりと立ち上がる。「みんな、大丈夫か?」 そして今度こそ、今度こそ答えてもらうつんりでみんなに尋ねた。「なんとか……大丈夫です……」「……口のなかがじゃりじゃりする……」「結局、なんだったんでしょうね?」「ていうか……あっつ」 直接口で大丈夫と言ってくれたのは夏山さんだけだったが、みんな無事という認識で間違いなさそうだ。 やがて視界もクリアになっていき、みんな互いの汚れまみれの顔を認識できるようになった。誰一人欠けていないので、ひとまずそこは安心だ。だがしかし、それとは別に事態は混迷を極める。「で、なんなんだよこれ……。どうなってんだよ……」 洞窟の崩落……だと思っていたのだが、どうもそれとはわけが違そうだ。「道が……増えてる……?」「それにオレンジ色の鉱石が……。こんなのさっきまでなかったよな?」 崩れたという表現ではやや不適切。明らかにダンジョンの構造が変化していた。そしてその性質も。 氷のような結晶、炎のような結晶、その二つが入り交じる。かといって熱いと寒いでちょうどいいかと言えばそれはまた別の話で、ダンジョン内部の気温は無茶苦茶だ。暑いところは暑いし、寒いところは寒い。 ただでさえ複雑な構造に悩まされていたというのに、道が増えたとあってはいよいよどうしたものか分からない。正直、これからあの蛇男に追いつくのは絶望的な気がした。 ただ、蛇男は蛇男でこの状況にどう対処しているのだろう?あいつにとってもこれは想定外だったろうし、やたらむやみに行動しているとも思えない。「これから、どう……します?」「うーん……」 夏山さんの言葉に剛史くんが頭を悩ませる。そして剛史くんが出した結論は、皐月の教えを守った基本的なものだった。「とりあえず、出口を探そう。状況が状況だから、いったん脱出することも考えといた方がいいと思う。ただ、その……その場合、この研修の七日目がどういう風に処理されるのかは分からないけど……」「……」 未覚醒者が大半を占めるこのチーム。もしこれ

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