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20.風は再び吹く

Author: 空空 空
last update Last Updated: 2025-04-19 19:34:27

 ビルの隙間を生暖かい風が吹き抜ける。

相対するのは真っ黒な体表をしたトカゲのような魔物。

唾液まみれの白い牙は、鋭く凶悪な形に湾曲している。

肉を切り裂く形の牙だ。

 その顔つきも残忍そのもので、黄色く濁った小さな瞳にはその攻撃性がありありと浮かんでいる。

やや骨ばったやせた体格に、細長い尾。

喉元には吐く炎と同じ青白い光が宿っていた。

 剣を構えて、モンスターの出方を窺う。

A級ダンジョンではありふれた敵なのかもしれないが、俺からすれば見たこともない未知の敵だ。

ただ最初の噛みつきを何とかしのいでしまっているせいか、七日目のボスモンスターほどの絶望感もない。

あれより格上の敵とまみえているはずなのに、不思議な感覚だ。

 魔物自身もさっきの一撃が対処されたことで見方を変えたのか、むやみやたらに突撃してくるのでなく、俺から視線を外さないままゆっくりと歩いていた。

「……」

「……」

 先ほどまで俺の身を案じて騒がしかったクリーナーたちも、今では事態を静観している。

ただあの一撃を耐え抜けるタフさと俺の慣れてなさに乖離を感じているのか、いまいち疑心暗鬼なまなざしだ。

 勝てないつもりで顔を出した戦いなのに、勝機が顔をのぞかせてきて心が混乱する。

俺はここまで来て何をやってるんだ。

何がしたいんだ。

いったいここからどうしろというのか。

けれども、もうどこか遠くに行ってしまったように感じていたあの七日間が。

夏山さんたちと過ごした特別な日々が、俺の中で小さな芽をのぞかせていた。

 この期に及んで、やっと心が追いついたのかもしれない。

あれ以来ずっと口にするのを忌避していた名をつぶやく。

「夏山さん……」

 それは驚くほどするりと俺の口から出てきた。

胸中に浮かび上がる、夏山さんの顔、声……。

全部奪われてしまったかのように思っていたけれど、ちゃんとあの日々は俺の中に残っていた。

 剣を握る手に力を籠める。

本当はただの偶然なのかもしれない。

けど、人間は偶然にだって意味を見出す。

 正体の分からない剣。

お前がどうしてか俺のインベントリに入っていて、そして今日偶然それに気づいた俺がいた。

 膠着状態のにらみ合いを、こちらの手で終わらせる。

相手の出方を窺ってなんて、そんなに俺は賢くない。

ずっとそう、俺は生涯を通して賢く戦えてきたことなどない。

ただ愚直に、ストレートに、それでも精いっぱいやって来たんだ。

 あの七日間が終わっても、これから先もちゃんとやっていける気がするって言ったのは、他の誰でもない俺じゃないか。

俺の言葉に俺が責任を持てなくてどうする。

 俺の感情の高ぶりに呼応してか、右手の剣からは炎が、左手の剣からは冷気が発せられる。

二色の輝きをまとって、愚直に魔物に迫る。

そして……。

 飛び込んできた俺に食らいつこうと開かれた口に、剣を突っ込む。

炎と冷気は渦を巻くようにして魔物の喉の奥まで流れ込む。

刃は喉を貫き、首の位置から貫通する。

 炎は燃え上がり、冷気は氷結し魔物の皮膚を突き破る。

うろこの鎧が無い口内を運よく突けたのもあって、この一撃で魔物をしとめることに成功した。

 息絶えた魔物の口を、そのまま剣で引き裂く。

すると、ぱっくり裂けた体から血の塊のような魔石が転がり落ちた。

それを拾おうとして、やっぱりやめる。

深い理由は無いが、これは俺の取り分じゃない気がしたからだ。

 なんだか妙にすがすがしい気分で夜空を見上げる。

俺は、ミミズク隊のことを思い出していた。

 過去に何があったのか、それはもう知る由もないが、彼らは自殺するつもりで集まり、そこから仲間としてあそこまでの関係を築いた。

俺も、そういう風にあれるかもしれない。

 何より今、俺自身が明日も生きていけると感じられている。

生きてていいと、そう輝かしかった日々が告げてくれている。

 俺はなんてことはない普通の人間だ。

弱くて、臆病で、かなり情けなくて……。

でも、今日が俺の始まりだった。

俺の歩む道の、スタートラインだったのだ。

◇◇◇

 その後恐る恐る協会の病棟に戻って、結局職員さんに見つかってこっぴどく叱られた。

でも今までさんざん俺の死んだような面を見てきた人たちだから、同時にどこかほっとしているような様子でもあった。

 そうやって病室に行くまでの間に小言を言われ続け、それに謝り倒す。

どこに行っていたかという質問に対しては流石にごまかしたけど、でもインベントリの仕様上バレるのも時間の問題だろう。

 病室につくと、俺はすぐに眠った。

久しぶりに体を動かしたのもあって、それなりに疲れていたようで……寝つきはここ最近で一番良かったかもしれない。

 そして迎えた朝。

俺は目覚めるや否や、鹿間さんに連絡を入れた。

 あれから気まずくなってしまったみたいで、鹿間さんは時々しか訪れなかったのだけど、今の俺なら鹿間さんを必要以上に傷つけてしまうことも無いだろう。

「優くん……! よかった……久しぶりに元気そうな顔見たよ。うん、本当に……」

 鹿間さんがフリーになるのを待つ間、姉さんを話し相手に時間を過ごす。

久しぶりにちゃんと話したと思う。

姉さんも俺も終始謝りっぱなしだった気もするけど、姉さんが笑ってくれたので俺も嬉しかった。

それから、夏山さんたちの話も……姉さんにはあまり聞かせてあげられてなかったから。

 姉さんはどれだけ小さな話も真面目に聞いてくれたし、やっぱりいつまでたっても頭が上がらない。

 しばらくすると、病室の扉が外側から開かれる。

そちらを覗けば、更に少しやせた鹿間さんの姿があった。

「水瀬くん……」

「はい……!」

 鹿間さんにも、お世話になりすぎなくらいお世話になっているのでできるだけ元気な感じで返事をする。

別にカラ元気なわけじゃない。

少し人間関係がスムーズになる魔法みたいなものだ。

「その……鹿間さんに話しておきたいことがあってお呼びしたんです」

 変にしんみりしてしまうのも嫌なので、すぐに本題に入る。

姉さんは……別に聞かせても問題ない気がしたけど一応はけてもらった。

鹿間さんはそれで空いた席に座る。

それを確認すると、俺は包み隠さず話すつもりで口を開いた。

「このインベントリの中に、二本……見覚えのない剣がありました。これが何なのかっていうので鹿間さんに相談したかったのと……。それから、鹿間さんの視点からあの日についての話を聞きたいんです。自分でもちゃんと整理しておきたいし、この謎の剣も関係してるかもしれません」

 極めて前向きな姿勢であることを示す。

鹿間さんの表情は困惑の色が濃かったけれど、うっすら笑みを浮かべて頷いてくれた。

「何があったか分からないけど……聞かせてもらおうか、久しぶりに……君の話をね」

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     病室の扉を開けて、こちら側を覗き込むのは俺の予想通り鹿間さんだった。体を起こしている俺を見るや否や、ものすごい形相でどこかへ走って行ってしまった。「あ、あれ……」 鹿間さんの手によって開かれていた扉が、支えを失ってゆっくり閉じる。せっかく人が来たと思ったのに、なんだか少し残念な気持ちだった。 意気消沈しているのもつかの間、すぐに騒がしい足音がやってくる。病院……ではないのか、にもかかわらず絶対に走っている足音だった。 そのパワフルさで、すぐに誰だか悟る。そして、その人物は扉が勢いよく開け放たれるのとほぼ同時にこちらに飛び込んできた。「ゆ・う・くーーーーーーーん!!!!!!!!!!!!!」「痛たたたた……! 痛いよ、姉さん……」「あ、ごめんね……傷、痛むよね……」「いや、傷は無いけど……傷云々の前に普通に痛いってば……」 俺がそういうのを聞かずに、姉さんは俺の体に腕を回しきつく抱き着いてくる。この様子を見るに、かなり心配をかけてしまったみたいだ。「だって! お姉ちゃん、ずっと心配してたんだよ!? 鹿間さんが傷も無いはずなのになぜか目覚めないって……」「傷が無いこと自体は知ってたんじゃん……」 しかし、それだとどうも引っかかる。鹿間さんが傷が治った、ではなく傷が無いと言っていたわけだ。姉さんはこんなだけれど、そういう言葉の微妙な違いを取りこぼす人ではないし、となるとほんとに鹿間さんが俺の姿を見たときには傷が無かったということになってくる。まさか町中に辻ヒーラーがいるわけでもあるまい。そもそもダンジョン外では基本的にスキルは使用禁止なわけだし……。 すこし疑問は残る形になりながらも、とにかく俺が助かったということだけは確からしいことが分かった。その後もしばらく姉さんと話していたが、真剣な表情をした鹿間さんが再び訪れたため姉さんは席を外してもらうことになった。 姉さんを見送ると、鹿間さんは自分でパイプ椅子を用意してそれに腰を落とす。そして俺の方を見つめて、ポツリと語り始めた。「あー、はは……久しぶり、だな……。調子はどうだ?」「はい、おかげさまで……すっかりぴんぴんしてますよ」「ん、ああ……そうか……」「……? なんか……どうしたんですか?」 多少会うのが久しぶりとはいえ、流石に少し様子がおかしい。ひどく話し

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     キーンと、耳鳴りが響く。貧血になったみたいに、すっと意識が遠のく。そして一瞬で足先まで冷えていった。 あふれた“俺の”血液が、床を打つ。跳ねる。その音が、いやになるほど鮮明に聞こえる。「あれ、なんで……」 心がしびれたようで、体もしびれたようで、世界の輪郭があやふやになる。しかし、誰かの声が俺を現実まで引き戻した。「なんで……なんでこんなことしたんですか!! 堀越さんもそう……今どき自己犠牲なんて流行らないですよ!!」 夏山さんの声だ。すごく、安心する。それと同時に涙があふれてくる。「よか、った……」「なんにも、何にもよくないですよ! 水瀬くん……どうして……」「どうして、って……夏山さんが最終防衛ラインだから……。夏山さんがやられたら、みんなやられちゃう……。俺、間違ってないと思うな」「そんなこと……!! そんなこと言ってるんじゃ……!!」 体に力が入らなくなって、ひざから崩れ落ちる。ダメだ、ミミズクとかみたいにしぶとくない。それもそのはず、俺はスキル無しの……一般人だ。でも、ちゃんと人間だ。クズじゃない、これは人間の死に方だ。「ああ、でも姉さん……怒るな……。姉さんには……」 悲しい顔をしてほしくない。やっぱり、やだな。 死にたくない。痛てぇし、しんどいし、こんな風に終わってくのか。俺、みんなを助けられたのかな……。 どこかで、やっぱり何かを間違えちゃったのかな……。それとも初めからこういう運命だったのか……。もしそうだとしても、諦めたくないし……諦められないよ。 ああ……。俺がこんなに弱くなければ……。もっと強ければ……。 あんな蛇男より、皐月よりずっと強い力……。こんな理不尽も一撃で退けられるような力……。そんなものが俺にあったらよかったのに。 死の、足音が近づいてくる。終わりの瞬間を知覚する。もう五感の絶えた世界で、俺を燃やし尽くそうとする漆黒の炎が燃え上がっていた。逃れられない、生命の終わり。死の理。◇◇◇ オレンジ色の明かりが、にぎわう店内を照らす。大衆酒場で俺を含めた10人がやかましく騒いでいた。 食べ物の味もよく分からなくなるくらい酔っぱらって、それを隣に座る女の人にあきれられて……。頭がふわふわするけれど、そういうのがたまらなく嬉しかった。 けれども

  • ダンジョン喰らいの人類神話   16.瓦解

    「レベル、52……!? そんなの、何かの間違いだよな……? 夏山さん……。だって、10レべと19レべの奴が合体して……それで50なんて……計算合わないじゃんか!! そんな……」 そんな無茶苦茶なことがあっていいのか?俺たちは勝って、乗り越えて、そうやって自分の生活に戻っていく。それでよかったじゃないか。なのに、それを許さないのか?俺たちは神に見放されたとでもいうのか? 何から何までひっくり返る。全部が台無しになる。台無しにされる。この運命から逃れられるすべなどないというのか。「ちく、しょう……」 ミミズクが手のひらを力強く握りしめる。そして俯きながら小さな声でそう吐き捨てた。「ちくしょう、ちくしょう……。やっと軌道に乗って来たのに、みんなであがいてあがいて、強くなって、やっとみんな笑うようになったのに……」「りぃだぁ……」 ミミズクはきつく唇を結んで、肩を震わせる。そして静かに涙を流した。「いいさ、どうせ死ぬつもりだった身だ。なんだっていい」「え、死ぬつもりだったって……どういう?」 ミミズクの口から飛び出した言葉に思わず驚く。その疑問に答えるのはキツツキだった。「もともとこのパーティ、最初は一緒に死のうっていうので集まったんだよね」 キツツキの言葉に、さらにヤマガラが続いた。「でもさ、なんか一緒に居たら楽しくなっちゃって……死にたくないなって、思ったんだ。みんなね」 ミミズクが、袖で涙をぬぐう。そして、覚悟を決めた目でこう言った。「だから、みんなは死なせない。……お前たちに会えて、ほんとに楽しくって……ありがとうな」「ちょっとりぃだぁ、何言って……」 ミミズクの言い回しに不穏なものを感じたのか、キツツキが眉を顰める。キツツキの不安そうな言葉を背に受けて、ミミズクは前に踏み出した。「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……!!」 せっかくぬぐった涙がまたあふれ出す。そして……。「ちくしょぉぉぉぉぉぉ……っっっ!!!!」 あろうことかモンスターの方へ走り出した。「ちょっとりぃだぁ……!!」 ミミズクの方に走り出しそうになるキツツキの首根っこを、スズメとハチドリが押さえる。ヤマガラは黙って顔を伏せた。 ミミズクはモンスターの前で盾を地面にたたきつけて立ちふさがる。そして決して振り返らずに、仲間

  • ダンジョン喰らいの人類神話   15.氷火の狂宴

     不本意な戦いではあったが、こうして勝利を収めるとじわじわと達成感が沸き上がってくる。今日は何一つ思い通りに事が運ばなかったが、それでもイレギュラーな出会いもあり、全くのダメダメな日というわけではなかっただろう。 蛇男の方も、炎霊をたったの一人ですでに撃破している。嫌な奴だし、絶対に許せないが、それでも等級に見合った実力はやはり有しているのであった。 ボス部屋の床は今や形を失ったボスの液体で水浸しである。ところどころから顔を出していた結晶の光も徐々に弱まっていく。だんだんと暗くなっていく部屋の中で、蛇男は短剣を持ってボスの亡骸……形の残った上半身の部分へ駆け寄っていた。「本当にあいつは……」 ミミズクはその様を忌々しそうに見つめる。ミミズクたちは攻略ということでダンジョンに潜っていたので、当然報酬は山分けするつもりだったのだろうが……蛇男にそのつもりはかけらもなさそうだ。彼らからしたら大損以外の何物でもない。 蛇男は周りの目など気にせずに、当然の権利のように死体に刃を突きこむ。ところが……。「ん? 妙だな? 死ねばあらゆる抵抗が消失して簡単に刃が入るはずなんだが……」 何かがうまくいかないようで、角度を変えては短剣を差し込もうとする。しかし、その刃が死体を切り開くことはないようだった。 このボスの上半身はまるで彫像のような質感で、パッと見では剣が通用しそうもない。もしかしたらそういう奴なのかもしれない。はなからこのダンジョン自体例外的なものだったわけだし、そのせいで報酬無しだってことならいい気味だ。「チッ……クソ! なんだよ! 期待させやがってよ! 碌なもんねぇじゃねぇか!!」 蛇男が八つ当たりでボスの死体を蹴り飛ばす。けれども自分のつま先を痛めただけのようだった。 もうほとんど何も見えないくらいにダンジョンが暗くなっていく。もう少しでこの空間が消失するのだろう。そしたら姉さんのいる家に帰って、チャットで食事会の日程決めて、そっからはどうしよう。クリーナーにはなれなかったのに、気持ちは前向きだった。「……」 目を閉じて、無言で元の世界に戻されるのを待つ。途中ボクッという鈍い音が響くが、蛇男が学習しないでまたボスの死体に八つ当たりしたのだろう。そう、思っていた。しかし、続く声が現実はそうではないと告げる。

  • ダンジョン喰らいの人類神話   14.精霊の巣

     出口のゲートがあった場所から数分歩いたところ……そこにボス部屋の扉があった。ただダンジョンの状態が異常なのもあって、その扉もとても正常とはいいがたい状況だ。 燃え盛る炎のようなオレンジの扉、澄み切った氷塊のような青白い扉……それらが同じ場所に重なって存在していた。「どうだ? おもしれーだろ」 通常の物理法則では決してあり得ない状態。互いの扉が互いにめり込み、それこそゲームでいうバグのようなあからさまに不自然な状態だった。当然、面白くもなんともない。これからこの扉の先へ踏み込まなければならないのだから。 ボス部屋の前にやってきて、ミミズクはやっと解放される。ずっと蛇男に腕を絡められていた首は、やや赤くなっていた。「だいじょーぶ? りぃだぁ……」「すまない……」「もう、そればっかじゃん」 ミミズクは喉をさすりながら自分のパーティメンバーのところへと戻っていく。しかしここまで来てしまえば、もう逃げだすことなどできやしないのだった。 合図もなしに蛇男の手でボス部屋の扉が開かれていく。不自然な状態の扉はしかし、干渉するようなこともなくスムーズに開く。その扉の開かれた先には濃密な闇が広がっていた。 来訪者を受け入れてか、ボス部屋に二色の光が灯りだす。その光は徐々に増え、輝きを増し、ついにはボス部屋の中央にいる二体のモンスターを照らし出した。 その姿を捉えた夏山さんがつぶやく。「烈火の炎霊……レベル19……。晶氷の霜霊……レベル10……」 そこに居たのは、まるで泳ぐように宙を舞う二対のモンスターだった。上半身は人の女性に似た姿をしているが、腰から下は魚のもの。いわば人魚、全体的なシルエットでいえばクリオネのようにも見えた。 細い首からつながる頭部はまるで巨大な貝のようで、その二枚の殻の中心には真珠のようなものが挟まれていた。魚の部分は半透明の流体で構成されており、それぞれオレンジ色と水色をしている。 二体はお互いの後を追うようにくるくる泳ぎ、そして体を絡ませるようにして俺たちのいる高さまで下りてきた。「へっ、レベル19と10か……まぁ楽勝だな……。俺は高レベルの方を倒す。お前らは全員でもう片方を抑え込んでな」 作戦……というより、あくまで自分が動きやすいようにするためにそれだけ言い残して蛇男は炎霊の方へ向かっていく。

  • ダンジョン喰らいの人類神話   13.ランカーという生き物

     その後もいくつかのことを話し合って、結局まずは出口を見つけようという結論に落ち着いた。ミミズク曰く「なんとしても今日来てるC級クリーナーより先に出口を見つけなければならない」ということだった。「もし彼が先に出口を発見していた場合、最悪の事態に陥る可能性がある」とも言っていた。その最悪の事態が何を指すのかは現状分からない。 即席のブランクカードとE級D級混成パーティで、奇妙なダンジョンを探索する。異常事態が重なった結果、本当になんだかとんでもないことになってしまった。 洞窟内の環境は相変わらずめちゃくちゃで、でたらめな気温変化は体にもよくない。じわじわと体力が奪われていくのを感じた。モンスターも、D級ダンジョンに居た方の魔物はまだまばらながら残っており、未だE級未満である俺たちにはそこそこ厳しい戦いになった。ただ、こうして戦うことができたのはまぁ心残りとか、そういう意味ではよかったと思う。 それからどれほど経ったか、今までで一番長いダンジョン滞在の終わりが見えてくる。俺にとっては、最後の瞬間になるわけだ。曲がりくねった道の先に、出口のゲートの青白い光が……。「よぉ、お前ら。遅かったじゃねーかよ」「……!!」 神経を逆なでするような、あいつの声が俺たちを出迎える。やっとの思いでたどり着いたゲートの手前、蛇男が俺たちの来訪を待っていた。「ん? てかあれ? 誰だよそいつら」 蛇男の視線がぎろりとミミズクたちに向く。そして何かを言おうとするミミズクたちを遮った。「まぁいい。俺だって馬鹿じゃねぇからな。別の攻略隊がいるんなら……ま、さっきのはそういうこったな」 ただの勘か、それともやはりダンジョンに慣れているのか、すぐに事態の本質に目星を付ける。そうしてニッと口端を吊り上げた。「ていうことは、だ。このダンジョンには、ボスが二体いる……。おい、お前ら……等級は?」 ミミズクの想定していた最悪の事態。やっとその意味を理解する。俺たちは、この男のわがままに付き合わされるかもしれないということだ。「僕らは……E級とD級の混成パーティだ。だが……お前が何を考えているのかは大体わかる。僕たちは、協力しないよ。帰って、協会に報告する」 蛇男がミミズクをにらみつける。そして頭を横に振って、あきれ顔でため息を吐いた。「かー、わかって

  • ダンジョン喰らいの人類神話   12.思わぬ出会い

     それから数秒、程なくして揺れは収まった。まだ砂嵐の中にいるかのように視界は晴れないが、地鳴りも収まったようだしとりあえずは異変の終息とみていいだろう。本当に、最終日だというのに不幸が重なってばかりだ。いや、最終日だからなのか? 肩の塵を払い、ゆっくりと立ち上がる。「みんな、大丈夫か?」 そして今度こそ、今度こそ答えてもらうつんりでみんなに尋ねた。「なんとか……大丈夫です……」「……口のなかがじゃりじゃりする……」「結局、なんだったんでしょうね?」「ていうか……あっつ」 直接口で大丈夫と言ってくれたのは夏山さんだけだったが、みんな無事という認識で間違いなさそうだ。 やがて視界もクリアになっていき、みんな互いの汚れまみれの顔を認識できるようになった。誰一人欠けていないので、ひとまずそこは安心だ。だがしかし、それとは別に事態は混迷を極める。「で、なんなんだよこれ……。どうなってんだよ……」 洞窟の崩落……だと思っていたのだが、どうもそれとはわけが違そうだ。「道が……増えてる……?」「それにオレンジ色の鉱石が……。こんなのさっきまでなかったよな?」 崩れたという表現ではやや不適切。明らかにダンジョンの構造が変化していた。そしてその性質も。 氷のような結晶、炎のような結晶、その二つが入り交じる。かといって熱いと寒いでちょうどいいかと言えばそれはまた別の話で、ダンジョン内部の気温は無茶苦茶だ。暑いところは暑いし、寒いところは寒い。 ただでさえ複雑な構造に悩まされていたというのに、道が増えたとあってはいよいよどうしたものか分からない。正直、これからあの蛇男に追いつくのは絶望的な気がした。 ただ、蛇男は蛇男でこの状況にどう対処しているのだろう?あいつにとってもこれは想定外だったろうし、やたらむやみに行動しているとも思えない。「これから、どう……します?」「うーん……」 夏山さんの言葉に剛史くんが頭を悩ませる。そして剛史くんが出した結論は、皐月の教えを守った基本的なものだった。「とりあえず、出口を探そう。状況が状況だから、いったん脱出することも考えといた方がいいと思う。ただ、その……その場合、この研修の七日目がどういう風に処理されるのかは分からないけど……」「……」 未覚醒者が大半を占めるこのチーム。もしこれ

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