隣の男が青い顔をしたのは、それから三杯目の時だった。俺の前には、綺麗に空のグラスが置かれているのに対し、そいつが漸う置いたグラスにはまだ中身が半分ほど残っていた。 「ちょっと、翔さん。もう無理しない方がいいですよ」 慎さんがそのグラスを遠ざけて、水のグラスを差し出した。いよっしゃ!と、ひそかにカウンターの下でガッツポーズをする。互いに言葉はなくとも目と目の会話で始まった意地の張り合いは、どうやら俺の勝利で片付きそうだ。つってもやばかった。俺の方も多分あともう一杯いかれれば、無理だった。そう素直に認めるくらいに、視界はグラグラ揺れていて頭も瞼も異様に重かった。こん、と音がして俺の目の前にもグラスが置かれた。多分、水だ。 「ほんと、馬鹿ですか貴方たち」「いやいや煽ったのアンタだから」 絶対、わかってて調子乗らせたろ。グラスに口を付けて、中のひやりと冷たい液体を流し込む。やっぱり、水だった。散々アルコールを流し込んだのに(というより明らかにその所為で)ひどく乾いた喉に心地よい。 「まさかここまで張り合うとは思わなかったんですよ」 軽く肩を竦めて飄々と言ってのけるこの男は、絶対確信犯だ。性質が悪い。彼は佑さんと軽く言葉を交した後、カウンターから出てきて隣の男に近寄った。 「ほら、翔さん。今タクシー呼びましたから……来るまでに水飲んで少しでも覚ましてください」 背中をさすりながら促すと、男は突っ伏していた顔を上げてのろのろと水のグラスに手を伸ばす。だがその手が余りにも不安定で、察した慎さんが自分の手も添わせて口許までグラスを運ぶ。あ……くそ。
Terakhir Diperbarui : 2025-03-01 Baca selengkapnya