Все главы 優しさを君の、傍に置く: Глава 31 - Глава 40

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番犬の役割《6》

「火曜と木曜……すか」 いわずもがな、仕事だ。だが当然、外に出ていることもあるから立ち寄るのくらいは問題ない。……しかし長時間並んで、というわけにはいかないな、と思案していると。 「陽介さんも、普段はお仕事ですよね。祝日とかはお休みですか?」「はい、祝日は休みっすよ」 そこではたと気が付いて、スマホを取り出してカレンダーを開いた。 「そっか、祝日!」「はい、今度の祝日、火曜なんですよ」 祝日なら確実に休みだし、何時間前からだって並ぶことができる。よっしゃ、と弾んだ声の俺につられてか、慎さんの声も落ち着いてはいたけれど少しそわそわとしたもので。 「……行けそうですか?」 スマホから顔をあげると、やっぱり期待して表情もそわそわしていた。「行きますよ勿論。ってか三週間も先なんですけど」「今までずっと食べられなかったんだし、三週間くらい待ちます」 ぱっと輝いた表情は営業でもなんでもない……ように俺には見えてそれだけでまた手やら……まあ色んなとこがウズウズする。ああ、抱きしめたい触りたい、って。こうしてバーテンダー姿を見ると改めてこの人男なんだよなーと思うけど、それ以上に触れてみたいという欲求が強い。いやいや。ダメだってお触り禁止だし。怖がらせたらダメだし、そこは佑さんに言われるまでもなく。と、自分の中で欲求不満と格闘を交えていると、目の前の慎さんが変なものでも見るような胡乱な瞳を俺に向けていた。 「&hellip
last updateПоследнее обновление : 2025-03-14
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例えるなら、水のような《1》

――――――――――――――――― いや、犬だろ?それは確かにそうなんだけど。彼はまるで水のようだ気付いた時には足元を濡らしていて僕のテリトリーを侵食し今彼は当たり前のような顔ですぐ傍にいる ――――――――――――――――― 【神崎慎】 陽介さんが番犬に任命されたあの日から。 彼は律儀に週末の夜は店に通い、平日でも暇さえあればやってくる。 ……この性格最悪髭オヤジにからかわれているとも知らずに。 「お、そろそろ陽介来る頃じゃねえ?」「佑さんお洒落ヒゲのつもり? 全然似合ってないからやめれば」「なんでいきなり不機嫌なんだよ」「佑さんが面白そうだからだよ!」 土曜の午後。 絶対、ほとんど寝れてない。 はずだ。 店に泊まらせたのは酔いつぶれたあの日だけだが、さすがにこれだけ頻繁に通って来られては、彼の健康状態が心配になっても当然だと思う。 昨夜も朝方近くまでここに居たので、一度家に帰らせたのだが。 僕が道場に向かう時間には、またやってくる……多分。 「面白いのは確かだけど、手綱引いてるのはお前だからな」「なんだよ手綱って」「……パーカーの紐?」 ますます意味がわからん。 眉根を寄せながらスツールの椅子をカウンターに上げて掃除機をかける準備をしていると、佑さんが続けて言った。 「それに、あいつと一緒だとお前、ちゃんと飯食って帰ってくるし」「僕だって腹が減れば飯ぐらい食うよ」「そうじゃなくて。道場と店くらいしか行き来しない引きこもりみた
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例えるなら、水のような《2》

「……だってあのおっさん、しょっちゅう来るじゃないすか」いわずもがな、あのおっさんとは梶さんのことだ。ぶう、と効果音が鳴りそうなくらい拗ねた顔をするが、デカい図体でそんな顔されてもちっとも可愛くない。「それに、マリちゃんも頻繁だし。あんにゃろ、俺と店で鉢合わせするたびにじろじろ睨むわすれ違いざまに足引っ掛けようとするわ」「マリちゃんは可愛いもんじゃないですか、女の子相手にピリピリしてみっともない」「……慎さんは女の子には優しいですよね」「女の子なんだから優しくするのは当然」まあ、マリちゃんは兎も角……最近、梶さんは確かに以前より頻繁だ。海外出張を終えた後で、暫くは仕事が暇だと言ってたから、そのせいかもしれないけれど。それだけでなく、元々僕を口説くと公言しているだけあって余り他の客の目も気にせずに物を言うところはあったが、近頃少々度が過ぎている、気もする。手を握られたり引き寄せられたり……憚らず距離を縮めようとするのだ。その度わが店の番犬が今にも唸り声を上げそうなのを、目線で制する、というようなことが続いていて。……はっきり言って、仕事がしづらい。梶さんに対しても勿論だが、僕一人でも上手く躱しているというのにいちいち牙を剥くのはやめて欲しい。「梶さんは今仕事が暇だと言ってたから。一時的に来店回数が増えてるだけですよ」これ以上刺激してもいけないので、あえて大したことではないと流してしまおうとしたのだが。「それだけとも思えんけどな」それまで黙って聞いていた佑さんが、また何か煽るようなことを言う。「何言ってんですかそれだけですよ」「違うな。お前が煽るから」「そうっすよ、慎さんが煽るから」どういうわけか、突然タッグを組んだ佑さんと陽介さんに白い目で見られた。陽介さんに至っては、若干恨めしそうに見えるのはなぜだ。「は? なんでいきなり僕のせい?」「お前があのおっさんの前でこいつの手綱引くから」「だから……意味がわからんと」言うとるだろうが。なんなんだ。僕がいつ、番犬の手綱を引いたって?わざわざ引かなくても、勝手に来るのはこの人じゃないか。「ああいう、誘うような表情は誰も見てないとこで……」「お前は調子に乗って毎回パーカー着てくんのやめろ」パシン、と頭を叩かれても、へらへらと笑っている陽介さんは嬉しそうというよりも
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例えるなら、水のような《3》

大体あの日からだ、あのおっさんのボディタッチがやたらと増えたのは。そう思うと番犬の存在が忌々しいが、いそいそと嬉しそうに店に顔を出すあの邪気の無さを目の当たりにすると、余りくどくどと言えなくなるから不思議だ。かと言って、僕が煽っただのなんだのと佑さんと二人して言われれば苛つくけど。隣で美味そうにパンを齧る彼に目を向けると、すぐに視線に気づいて嬉しそうに破顔する。「美味いですか?」「塩パンは微妙だった」そう言うと、たちまちしょげて眉尻を下げるのが可笑しい。本当に、よく表情が変わる奴だ。「イチジクのは、美味しかったですよ」陽介さんのパーカーの紐が片方だけ襟のフードに引っかかっていて、「またか」と指で軽く引っ張って直してやると、真っ赤な顔で鼻の下を伸ばした。うん。こいつも大概気色悪いかもしれない。―――――――――――――――――――――――――――――――陽介さんとの約束の祝日、前日の月曜は定休日でゆっくり休んだ為、朝は割と早く目が覚めた。決して、約束のパンが楽しみだっただけ……では、ない。「……あ! やばい、ゴミの日だ!」繁華街の中央付近は自治体が契約している業者が毎朝ゴミ収集に回るけど、この辺りは少し離れていて飲食店が少ない為、二日に一度の回収だ。うちの店から出る生ごみは高が知れてるが、それでも衛生上余り長く店に置きたくない。急がなければ、と慌てて簡単に身支度をする。いつもならきっちりチューブトップか、ボディタッチの増えた梶さん対策にさらしを巻いてから外に出るのに。油断した、としか言いようがない。スラックスに、ラフなニットだけでゴミ出しに外に出た。回収場所が路上なので邪魔になる為、八時には回収に来てしまう。慌ててまとめてあったゴミをいつもの場所まで引っ張って行った。ついでに入り口付近の掃き掃除をしようと、メーターボックスに隠してある箒とちりとりを出してくる。朝の空気がひんやりと肌に冷たく、大きく深呼吸すると冷えた空気が身体の中心を通って漸くすっきりと目が覚めてきた気がする。11月だというのに今年はどうも暖冬らしく、朝方にこんな薄着でも耐えられないほど寒くはない。心地よい気候の、心地よい朝だった。「やあ、おはよう」この声を聞くまでは。声を聞いただけでぞわっと鳥肌が立つのは、もう条件反射と言っていいだろう。
last updateПоследнее обновление : 2025-03-18
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例えるなら、水のような《4》

「脅かさないでください、まだ開店時間ではないですよ」「ほんの少し、珈琲を飲む時間くらい付き合ってくれてもいいだろう」どうしても不気味さを拭い切れないことに、頭の中ではガンガンと警鐘が鳴っている。なるべく背を向けないように店のドアノブに手を伸ばすと、同時に彼は最後の段差を降りたところだった。「申し訳ありません。梶さん、冗談もここまでくるとスマートではないですよ」もう断る理由を考えるのも面倒で、おざなりの謝罪を口にする。そこでつい余計な軽口を叩いてしまうのは、もう条件反射というか現実逃避というか。冗談で済んで欲しい、頼む。「いやあ、ちょっとやりすぎたかな」とか言ってくれ、でないと気色悪くてかなわない。いざとなったら、脛かも一つ上段の男の急所狙って蹴っ飛ばして店の中に逃げ込んでやろうと、身構えながら扉の中に滑り込める位置まで身体を横に滑らせる。「私はいつも本気で口説いているつもりだけどね。それに、不公平じゃないか? あの男とは最近よく外で会ってるじゃないか」「……いいかげんにしてください」あの男とは陽介さんのことに間違いはなく……土曜の道場通いにお伴で付いて来ているところを目撃されたに違いない。他には何の心辺りもないのだから。面倒くさいやりとりに、先にしびれを切らしてしまったのは僕の方だった。「余り度を超すと出入り禁止にしますよ。失礼します」小さく扉を開けてギリギリで店内に滑り込む。それさえできれば、例え邪魔されても扉を閉めるくらいは簡単だと思ったのだ。「ちょっ……、梶さん?」閉まるはずだった扉は、大きく隙間を開けたままびくとも動かなかった。梶さんの両手がいともたやすくそれを阻んで、少しも閉じさせてはくれない。あ、と声を出す暇もなかった。大きく押し開けられた弾みに、足がたたらを踏んで真後ろに倒れそうになる。まず……っ!何かを掴もうと手を伸ばしたが空を切るばかりで、一瞬で視界から梶さんが消え天井の照明が目に映る。背中に衝撃を受ける覚悟をして、ぎゅっと強く目を閉じたその瞬間、腕を掴まれ腰を引き寄せられた。「悪かった、そんなに乱暴に開けたつもりはなかったんだが」気付いた時には、梶さんの腕の中に居た。咄嗟に胸が密着しないよう腕でガードはしたものの、この状況は危険すぎる。過度に緊張して、恐らく相手にも伝わるくらいに身体が強
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例えるなら、水のような《5》

ぐ、と奥歯を噛みしめる。怖い、大丈夫、落ち着け。逃げなければ、早く。女だとばれてはいけない、男の前で女であってはいけない。「おい? 君、何もそんなに……」怯えることはないだろう?そう言いたげな訝しい表情の男と目が合う。まずい、変だと思われた?焦りだけが先走り、冷静さを見失う。「離せって言ってるだろ!」男の腕の中ですぐにも逃げ出そうともがくが、掴まれた手首はびくともしない。腰にある手が、宥めるように背中を擦るが、おとなしくなってたまるかと相手を睨みつけた。女とバレたら。いや、この人はゲイなんだから、バレたとしても安全なのか?いや、抑々それを信じていいのか?「慎くん?」つ、と男の腕が脇腹を辿って上がり胸付近に近づいた時、ひっと上がりそうな悲鳴を飲みこんだ。「触んなっ!」「うわっ!」しっちゃかめっちゃかに腕を振り回して、漸く鼻っ柱を掠めたのか梶さんの手が緩む。その隙に思い切り突き飛ばして、梶さんがどうなったかまでは見届けていない。外に逃げ出そうと振り返った瞬間、急速に方向転換したのが響いたのか、くらりと立ちくらみがした。やべ、こんな時に。最近は馬鹿陽介のおかげで結構食ってたのになんで。ああ、そういえば……生理が近かったかも、しれない。ぐらつく視界で、それでもよたついた足で外への扉に近づこうとした、その時。再びその扉が大きく開かれた。「慎さんっ? なんかあった……」「うわっ」もう随分聞き慣れた声が聞こえ、目の前にパーカーの大きなロゴが飛び込んできた。「よ……」陽介さん、と声は続かなくて、暫し茫然と上を見上げる。彼の目が僕と僕の背後を交互に見て、それからぎりっと眉を吊り上げた。今にも飛び掛かりそうな勢いに、その腕に抱きついて捕まえる。いや、捕まえたというか足元がおぼつかなくて掴まった、が正しいかもしれない。どうして、こんな朝から彼が来たんだろうか、とか。まだ約束のパン屋に並ぶには早すぎる時間なのに、とか、疑問ばかりであるが。「おせぇよ番犬」は、と安堵したら気が抜けた。「え、すんませ……あ、えっ?!」膝をついた覚えはない。そこで、ぷつっと意識が飛んだ。――――――――――――――――――――――――――――――――決して最初から、僕は男に成りすましていたわけじゃない。女子高だった為校内で
last updateПоследнее обновление : 2025-03-21
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例えるなら、水のような《6》

その時額にひんやりとしたものが触れて、心地よくて溜息が出た。「慎さん……」気づかわしげに声をかけられたが、瞼が重くて目を開けるのが億劫だった。どうなったんだっけ、ここは店か? 昼だった? もう夜か?「だめだ、やっぱ救急車……」「落ち着きなさい、もう少し様子を見てからでもいいんじゃないか?」「近づくなって言ってんだろおっさん! 誰のせいだと思ってんだ!」番犬と会話している相手の声にぎくりとしたが、それは一瞬だった。陽介さんが一緒なら、大丈夫だろう。……ってか、いやいや。いくら番犬だからってヤツに対してちょっと僕は気を抜き過ぎじゃないか。「悪かったと思ってるよ、ちょっと強引な自覚はあるけどそんなに怖がるとは」「怖いに決まってんだろ、慎さんはなあ! 繊細! なんだよ!」っつーか。頭に響く。陽介うるせえ。薄く目を開くと、店の天井が見えた。額には濡れたハンカチが乗せられ、テーブル席のソファに寝かされている。貧血で倒れたのかということと、それほど時間は経ってないのだろうということはなんとなく感覚で理解できた。目だけを横に動かすと、ソファの傍にしゃがみ込んで僕を背に隠すようにしている陽介さんと、その向こうに梶さんが立っているのが見える。「そう! 彼のその美しい外見もだけどいかにも繊細そうなその表情がどうしても私の好みドンピシャでね……」「うるせえお前の好みなんか聞いてねえ!」張り上げた声に、またズキンと頭が痛んで眉根を寄せた。「……陽介さん」「え……あっ! 慎さん、よかっ……!」「うるさいです声を抑えて」濡れたハンカチを手に取って起き上がりながら、眉間を指でつまんで頭痛の緩和を試みる。さっきよりは幾分抑えた声で、陽介さんが僕の顔を覗き込んだ。「大丈夫ですか? 慎さん」「ああ……はい。心配かけてすみません」「すまなかったね。そんなに脅かすつもりはなかったんだよ」「おい、そこから一歩も近づくなっつったよな」すぐさま威嚇を始める陽介さんの頭に手を置いて、一定の距離から近づくなと言われているらしい梶さんを見上げた。両手を上げて、降参のポーズを取る彼は、こうしてみると二人きりの時に感じたような恐怖は微塵も感じない。「悪かったよ。ゲイじゃないとは聞いていたけど、世間向けの嘘だといいなと思ってつい」どうやら、彼が聞いた『ど
last updateПоследнее обновление : 2025-03-22
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例えるなら、水のような《7》

……やばかった。無防備な格好だったから、余計に過敏に怖がり過ぎたんだ。だが、あそこまで強引に力づくで迫られたら、いつもみたいにちゃんと胸元をガードしていても平静ではいられなかったかもしれない。「……平気ですか。なんか水でも」「いい」……そういえば。僕は倒れる寸前、この人の腕に抱き着かなかっただろうか。ふと思い出して、その途端にひやりとしたものが背筋を走る。腕に胸が触れていたら、流石にバレるよな?それともあの状況だったから、気付かれずにすんだのだろうか。……可能性はある。じっくりと触られなければばれないくらいには……平たい。喜ぶべきなのかなんなのか複雑だ。視線を床に落として考え込んでいると、ソファの端に置いていた手に突然温かいものが触れて、びくっと大袈裟なほどに肩が跳ねた。悲鳴だけは飲み込んだものの、条件反射で引込めた手を胸元で握りしめ、顔を上げる。そこには、此方に手を伸ばしかけたまま固まった陽介さんが、情けなく眉尻を下げた表情でしゃがみ込んでいた。「えっと……大丈夫、ですか」「え?」「手が、震えてるから……怖かったんだろうな、と思っただけで」言われて初めて、気が付いた。両手に目を落とすと小刻みに震えていて、目で確認するとなお一層震えが増した。「はは……なさけない」「いや怖くて当たり前っすよ! 俺のことも、もし怖かったらこれ以上、近寄りません」ソファの傍でしゃがみ込んだまま、じり、と後ろに下がろうとする。その様子を暫し見つめた。もしも気付かれていたら、きっと何か言ってくる。ましてやこの人は元々女が好きなんだし、僕が男じゃないと気づいたら喜んで今まで以上に尻尾を振ってくるかもしれない。何も言ってこないところを見ると、やはりバレなかったのだろうと、ほっと息を吐く。問い詰めてくるどころか、まるで腫れものに触るような態度に、ふ、と苦笑した。「……怖くない」「え、ほんとに?」「はい」どうしてだか、今のとこ。貴方のことは、怖くない。「……じゃあ、手」「え?」「……握りますか。良かったら、震えが収まるまで」ゆっくり、ゆっくりと緩慢すぎる動作で。大きな手が、手のひらを上向けて差し伸べられる。怖がらせないように、と細心の注意を払っているのが伝わってくる。僕の手はまだ震えていて、指先は酷く冷え切っていた。
last updateПоследнее обновление : 2025-03-24
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あなたに触れたい《1》

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※触りたいキスしたい手に触れたい抱きしめたいあなたの秘密に心に触れたい※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※【高見陽介】ざわざわと騒がしい面子の中で、漸く解散の雰囲気が流れ始めた頃、俺と浩平の間に座っていた女が束の間席を立った。その隙に浩平が此方に声をかけてくる。「この後、ダーツバーな」わかってるよ聞いてたよ。だが俺は、明日大事なミッションがあるんだよ。「俺は帰るからな。明日は慎さんの為にパン屋に並ばないとダメなんだよ」多分、並ぶのは昼の三時からでも間に合うだろうって話だったけど。気が進まない合コンから早く逃げ出したくて、つい口実に使ってしまった。「……お前さあ」「なんだよ」「不毛な恋してないで、現実の女を見ろって」そう言って、今しがた席を立った女が座っていた椅子の座面を叩いた。「脈ありそうだったじゃん」「いいって。俺は数合わせで参加するだけだって言っただろ」慎さんのことを好きになった、と浩平には既に話してある。てっきり阿保かと笑い捨てられるかと思ったのに、思わぬ真剣な表情で「やめとけよ」と反対されたのは記憶に新しい。慎さんに頼まれて、浩平に携帯番号は伝えて置いたけど……折り返しかけたのかどうかは敢えて聞いてない。席を立っていた女性陣が戻ってきて店を出たところで、何か言いたげな浩平は無視して二次会には行かないと先手を打って宣言した。久々に結構飲んだ。けど、酩酊するほどでもなくほろ酔い気分だ。本当ならこのまま慎さんの店に顔を出したいところだけど、あそこは月曜日が定休日なのだ。休みの前日は必ず会いに行っていたものだから、酷く寂しさを感じるが……休みなのだから仕方ない。駅へと足を向けた時、背後から声がかかった。「陽介くん!」振り返るまでもなく、すっと隣に並んだのは長い髪をサイドで緩くアップにした小柄な女の子だ。さっきの店で隣に座ってた子だった。「あれ。どうしたの、ダーツバー行かないの?」「だって、陽介くん行かないっていうから」俺が行かないっていうから。気を引くようなセリフで多少の計算があってのことだと、俺だって馬鹿じゃないからすぐわかる。けど、男はやっぱ馬鹿だから言われて悪い気もしないわけで、女の方も多少は見透かされてるとわかってて、それでもこれもきっか
last updateПоследнее обновление : 2025-03-25
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あなたに触れたい《2》

彼女の家の最寄り駅を降りて、歩いている間に話をしていると決して悪い子ではなく寧ろ話しやすいし感じも良かった。皆で居る場所ではそれほど目立たない、控えめな話し方をする子だったけど二人だと案外話題もぽろぽろ出てくる。今日の合コンは浩平の大学時代の女友達とのつながりでなされたものだということは聞いていたけれど、その友人と浩平に煽られて追っかけてくる嵌めになったらしい。「なあに、それ。パン屋さんに並ぶのが用事なの?」明日の祝日の話になって、好きな人のためにパンを買いに行くのだというと一瞬きょとんとした顔をして、やがてくすくすと笑われた。「なんか、なんでも聞いてくれそうな雰囲気あるもんね、陽介くん優しいから」「誕生日プレゼントだから。慎さんがわがままってわけじゃないよ」まあ、慎さんが男だということは敢えて言わないけど。そういや……慎さんの名前って漢字がなければ男でも女でも使える名前なんだなとふと気が付いた。「ふうん……マコトさんっていうんだ」間違いなく、彼女はマコトを真琴とか麻琴とか女の名前に脳内変換してるんだろう。割と洒落た作りのアーチがあるアパートの前で、彼女が振り向いて小さく会釈した。「ほんとにすみません、こんなとこまで送ってもらって」「いや、大丈夫。まるきり反対方向でもなかったし」「そうなんですか?」「ん、まあ」途中下車はしたけれど、全く別の沿線でもなかったからそれほど手間でもなかったのは本当だ。「……ありがとう。お店出る時、もう少し話したいなって思ってたから、良かった」と、表情を緩ませて改めて礼を言われると、なんだか逆に気恥ずかしくもなる。……ほんと、結構いい子なんだよな。なのに、ほんとなんでなんだろう。別れを済ませてまた駅までの道を歩きながら、ずっと考えていた。翔子に振られたからといって、決して自棄になっているわけでもない。相手が慎さんってとこで逆にハードルが上がってるのは間違いないし、慎さんはきっと女の子が好きだ。いやきっとっていうか、男なんだしゲイじゃないというんだから当然だ。慎さんの女性客に対する目はめちゃくちゃ優しいし、俺にもそんな目を一度でいいから向けて欲しいと何度願ったかわからない。アカリちゃんは、今まで俺が付き合ったタイプとはちょっと違って小柄で控えめで(翔子は割と長身だったし気が強かった)でも
last updateПоследнее обновление : 2025-03-26
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