All Chapters of 優しさを君の、傍に置く: Chapter 41 - Chapter 50

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あなたに触れたい《3》

「慎さん?! 慎さん!」 軽い方だろうなとは思うけど、意識のない人間に全体重でのしかかってこられると、流石に重い。上半身を抱えたまま膝を突いてしゃがみ込み、声をかけながら顔を覗くと。さっきの扉が開いた一瞬に思った通り、顔色は真っ白だった。血色が全くない。 「とりあえず寝かした方がいいんじゃないかな?」 いけしゃあしゃあとそんなセリフを吐きながら声が近づいてくるものだから、「近寄んな!」と威嚇して下から睨むと、梶はひょいっと肩を竦めてその場に留まった。 「お前、何やった?!」「いやいやいや、まだ何もしてない。未遂だよ」 まだってなんだ、未遂ってなんだ!なんかする気満々だったんだろうが!腕の中を見下ろすと、額にはすこし汗のようなものが滲んでいて少し眉根を寄せている。とりあえずソファに寝かせようと背中から脇へと右手を回し、左腕を膝の裏に通して抱え上げた。それにしてもなんでこんな男を店に入れることになったのか、慎さんはいつも慎重な印象だったのに。出入り口辺りの雑然とした様相を思い出して、やはり強引に押し入られたのだろうか。男は流石にもうこれ以上は何もしてくる様子はなく、ただ何かもの言いたげに此方をじっと見ている。その目が余りにも不躾で、まるで観察でもされているみたいで。俺は、腕の中でさっきも感じた違和感がさらに確実なものになっていくことに激しく混乱して、それを顔に出さないことに必死だった。 「早く出てけ」「わかったわかった、もう帰るよ」 こくこくと頷く男の横を、慎さんを抱えたまま通り抜けてテーブル席のソファに横たえる。慎さんに何か持病があるのだろうかとふと考えた。だとしたら救急車を呼ん
last updateLast Updated : 2025-03-27
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あなたに触れたい《4》

電車の中で初めて間近に見た時に驚かされた華奢な肩や首筋も、今なら当然だと思う。 ……なんで、今までわかんなかったんだ。 一度女だと気づいてしまえば、もうどこをどう見たって男になんか見えなくなった。俯いたままの姿が、今もまだ酷く怯えて見えてまだ小刻みに震えている小さな拳に、つい手が伸びてしまった。 指先が手に触れた瞬間。 「……っ!」と息を飲む音と同時に、びくんと身体を震わせた慎さんが慌てて手を引っ込める。怯えた目が、俺に対しても向けられていてそのことに愕然とした。番犬としてだが近頃では佑さんを除けば一番近いところにいるんじゃないかと、多少の自負があっただけにショックだった。いや、だけど。と、佑さんの言葉を思い出して、気を取り直し笑顔を取り繕う。 「えっと……大丈夫、ですか」「え?」「手が、震えてるから……怖かったんだろうな、と思っただけで」 自分の手を眺めて、「はは……なさけない」と力ない声を落とす彼……いや彼女から、少し距離を置くようにしゃがんだまま後ずさる。 「いや怖くて当たり前っすよ! 俺のことも、もし怖かったらこれ以上、近寄りません」 そうだ、最初からずっと言われていたじゃないか。”蚤の心臓なんだよ””怖がらせるな、傷つけるな”あれは全部、決して嘘ではなかったんだ。性別を伏せなければいけなかったから敢えて「彼女が恐怖を覚える何か」を言わなかっただけで。慎さんが女だと気
last updateLast Updated : 2025-03-28
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あなたに触れたい《5》

どうして、男のフリをしているのか。何がそんなに怖くて、何が貴女をそうさせているのか。だけど、それを今聞いてはいけない気がした。さっきと同じだ。彼女がゆるゆると自分から手を伸ばしてくれたように待つしかない。慎さんから話してくれるのを、待つしかないのだ。結局問いかけることはせずただやっぱりもう少しだけ、近づいてみたかった。 「俺は、怖くないですか」「……はい」 その答えが余りに嬉しくて、触れることに許されたわけではないのについ気持ちばかりが先走る。握った手の中にある、壊れ物みたいに繊細な指先にゆっくりと顔を寄せ。小さな爪の、少し横に唇で触れた。逃げなかったから、つい二回。キスなんて初めてってわけでもないのにましてや唇でもなくたかが指先なのに初めてだと感じるくらいに、鼓動がうるさい。顔を上げると驚いたように此方を見下ろしていたけれど、嫌がってるようには少しも見えなくてつい笑ってしまえば。ぼんっと音がしそうなくらいに、真っ赤になった慎さんを見ることができた。 「なっ……」 ぱくぱく、と口を開けてそれ以上を音が発することができなくなってしまったらしい。その様子に、俺の方が少し驚かされる。いや、期待を持たされる。「慎さん?」 嫌がるどころか……これ、もしかして。結構、脈ありなんじゃないだろうか。耳まで真っ赤に染め上げた様子に、ついまた一つ、欲求が生まれる。やばい、まずい。抱きしめたい。
last updateLast Updated : 2025-03-29
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月と太陽《1》

【神崎慎】 「おーい。慎!」 だんだんだん!といつもより強めのノックと佑さんの声がする。ノックというかこれはもう、扉をどついているレベルだ。 「ちょっと出てこいって」「はあ? なんでだよ僕はもうひと眠りする!」 なんで出てかなきゃいけないんだ。まだあの変態が店に居るに決まってるのに!あの野郎、男の指にキスするとか本気で変態になるつもりか。しかも、あんな、嬉しそうな顔しやがって。思い出しただけで気分が悪くなるくらいに心臓がばくばくする。なんだかそれが居たたまれなくて落ち着かなくて、本当にいっそ眠ってしまおうと布団を被ろうとしたら。 「いいから早く出てこい」だん!と最後に一際強いノックが一つ、有無を言わさず鳴った。 ◇◆◇ 「で……なんでこうなるんだよ」 佑さんの問答無用なノックの後、観念して身支度を整えて部屋を出た僕は、その三十分後には寒空の中外出させられ、街を歩く羽目になった。くそ、出るんじゃなかった!やっぱり閉じこもってれば良かった。隣には、此方がいくら早歩きしても悠々と追いついてくる陽介さんがいる。 「良かったですね、お休みもらえて」「全然良くないです。たかが貧血で……もう大丈夫だと言ったのに」「あ、あんまり急いで歩かない方が……どっかで休みますか」「もう鉄剤も飲んだから大丈夫なんですって」 まるで腫れものに触るような気の遣い方につい苛ついてしまう。心
last updateLast Updated : 2025-03-29
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月と太陽《2》

小さく肩を竦めて俯く。此処までの会話で、なんと乗りの悪いことだろうと自覚はあるが。事実、あまり外に出たことがないのでどこで何をすればいいのかわからないのだ。こんな相手と出掛けてもつまらないだろうに、と心底そう思う。だけど、陽介さんは少し思案した後。 「わかりました。とりあえず、行きましょう」 と、いきなり僕の手を掴んだ。 「ちょっ! 手! やめてください!」「いいじゃないですかデートなんだし」「違います!」 ってか、男同士で手を繋いで歩いたらどんだけ好奇の目に晒されると思ってんだ。しかしどれだけ抗議しても「騒いだら余計目立ちますよ」と言われ結局店に入る直前まで、その手は離してもらえなかった。 ◇◆◇ カキン!と小気味よい音がするときもあれば、大きく空を切るだけの時もある。バットに当たるのは、二分の一くらいの確率だろうか?多分余り上手くない……んじゃないだろうか。 「よく来るんですか?」「いや、全然。かなり久しぶりで」「でしょうね……」 ブランチの後に彼が連れて来てくれたのは、住宅街の少し辺鄙な場所にある、古びたバッティングセンターだった。 「ひでー。下手くそって言いたいんですか」 僕は少し離れた場所にある丸椅子で、大人しく彼のバッティングを見ていたのだが、つい口を挟んでしまった。「上手くはないですよね。意外でした」「何がですか」 彼がバットを振るのを休んだので、ボールがバスッとネットにあてがってあるクッシ
last updateLast Updated : 2025-03-30
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月と太陽《3》

漸く息が整って、顔を上げて改めて周囲を見渡した。 祝日だというのに、客が殆どいない。 出入り口付近にあったゲームセンターのようなスペースにも、かなり古臭く感じるものばかりだったから、余り人寄せなども気にしていないそういった店なのだろう。 ……僕が、人の多い所は嫌だと言ったから。 恐らく、そうなんだろう。 同じバッティングセンターでも、繁華街の方に行けばもっと設備の整ったところはきっとある。 そう思うと、隣に座る存在がやけにくすぐったかった。 「そろそろ行きますか」 立ち上がって此方を見下ろす陽介さんを、つい見つめてしまう。 反応しない僕を不思議に思ったのか、首を傾げて手を差し伸べてくる。 「どうかしましたか?」「……いえ」 それが余りに自然だったから、僕も自然に自分の手を重ねた。その後、目当てのパン屋に行くと早すぎたのか先頭で並ぶことができ、五時ちょうどには購入して店を出た。 すぐ近くの噴水のある公園まで行き、ベンチに座ると陽介さんが近くの自動販売機で紅茶を二つ買ってきた。 「ミルクティとストレート、どっちがいいですか」「陽介さんは?」「俺はどっちでも」 と言うので、お言葉に甘えてミルクティの方を彼の手から取らせてもらう。 「ありがとうございます」「いいえ。俺、緑色のメロンパンなんて初めて見ました」 僕の膝にある紙袋の中には、お目当ての限定メロンパンが二つ入っていて、そのひとつを隣に座った彼に差し出した。 「そうでしょう。本当にメロン果汁がたっぷり練り込んであって、コストが高くつくので限定数しか置いてないそうです」
last updateLast Updated : 2025-03-30
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月と太陽《4》

「なんで? 佑さんは休んでいいって……」「だからといって祝日に休むとかできません」「晩飯は?」「今食べたじゃないですか」「ええええ! メロンパンだけで済ませる気っすか、だから貧血起こすんですよ」そう言われると、実際に貧血で倒れてしまった身からすると耳が痛い。だが、もうメロンパンを食べてしまってからでは今から暫くは腹も空きそうにないのも本音だ。「……ちゃんと、後で何か食べ直します」「佑さんに、肉食わして来いって言われてるのに」「昼もいつもよりしっかり食べましたし、充分気分転換も出来ました」実際、佑さんが出かけて来いと言ったのは気分転換という意味が多分にあっただろうと思う。佑さんは少しでも、僕が外に出る機会を作ろうとしている。そして陽介さんのおかげで、案外その時間を楽しめたのは、確かだ。「……ありがとうございます」「え? 何がっすか」「えっと……だから」何が、とか聞き返すな。説明させるな。きょとんとした表情に、察しの悪いやつだと思わず舌打ちした。「ちっ」「え、なんで舌打ち?!」「苛つくからです」「えええ……俺何かしました?!」眉を八の字にして、情けない顔をする。やはりきちんと言わなければ伝わらない様子に、仕方なく口を開く。最初は散々ぶつくさと文句を言いながら出てきたものだから、素直には言い難いというのに。「……結構、楽しかったので。 良い気分転換になりました。ありがとうございます」ベンチに座ったまま身体を斜めに彼の方へ向け、ぺこりとお辞儀をした。頭を下げても、数秒無言で何の反応も返って来ない。不思議に思い顔を上げれば、少し顔を赤くした彼と目が合う。「……陽介さん?」「良かったです。つまらんとか言われたらどうしようかと、結構びくびくしてたんで」「そんな風には、ちっとも見えませんでしたが……」「人が少なくて退屈しないとこって、思いつくのがあそこしかなくて」「寂れたバッティングセンター?」「そう。俺はああいう雰囲気、結構好きなんすけど……」言いながらくしゃりと笑って、頭を掻いた。顔が赤いのは、照れていたらしいとその表情で気付く。お調子者だが、こういう風に素直に表情に出るところは、可愛いげがある。僕なんかより、余程。「僕も、嫌いじゃありません」「じゃっ……じゃあ、またっ」「手を握るな、手を!
last updateLast Updated : 2025-03-31
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月と太陽《5》

「ちょっと一緒に食事に出ただけです」と慌てて言い繕って浩平さんに目を向ける。やはり、返ってくる目はどこか冷やかだった。「わかってますよ、当たり前でしょう。ノリの軽い男ですみません」「……いえ」口元は笑っている。だから、陽介さんは気付かないだろう。だが、明らかに僕に対する悪意か嫌悪か侮蔑……どれかわからないがマイナスの感情がダダ漏れだった。「それより、陽介。昨日の晩、お前どうだったんだよ」そして僕からまた視線を外し、陽介さんに話しかける。その瞬間、なぜだかその空間から僕がはじき出されたような感覚を覚えた。気のせいじゃない。この、微妙な空気の理由がよくわからないが、仕方ない。このまま二人が話をするようなら、僕は立ち去るべきだろう。「昨日? ってなんだよ」「とぼけんなよ」僕にはわからない会話を続ける二人に声をかけようと、陽介さんの肩を叩こうとした。その手が、止まる。「昨日、合コンの途中でアカリちゃんと抜けただろ。上手くやったのかと思ってさあ」それはもう、面白いくらいに。びくん、と自分の手が震えたのが、目に見えた。「は? 何言ってんだよお前……別に抜けたわけじゃ」「抜けただろ、あの後俺らはダーツバーに行くっつったのに」「確かにそうだけど別にアカリちゃんと二人で抜けたわけじゃ……」訝しい声で会話を続けていた陽介さんが、はっと何かに気付いたように振り向いて僕を見る。それがまるで「マズい」と言ってるような気がして、その瞬間胸が焼け付くような、抑えきれない不快感が湧いて出た。「アカリちゃん、家まで送ったんだろうが。どうだったんだよ」「ちょっ、浩平、ちょっと黙れ」聞きたくもないのに、耳に流れてくる会話。慌てた陽介さんの様子が、余計に苛立ちを募らせる。胸を掻きむしりたくなるような、衝動をどうすればいいのかわからない。「あの子、一人暮らしだしなー。上手いことやりやがって」「家まで送れって言ったのお前だろうが!」「でも送ったんだろ?」「……へえ」二人の会話に割り込んだ僕の声は、それはそれは低かった。「ちょっ、慎さん、違いますからね?!」「何がです? 昨日は合コン行かれてたんですね。お疲れなのに、付き合わせてしまって申し訳ない」「それは数合わせで仕方なく……それに帰りが一緒になった子を送ったのは確かだけど、別に何も
last updateLast Updated : 2025-04-02
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月と太陽《6》

仕事着に着替え身支度を整え、すぐに店に戻ると、案の定、だ。「慎さん!」追いかけて戻ってきている気がしていたけれど、丁度店に入ってきたところだったらしい。酷く焦った顔の陽介さんと、浩平さんも一緒にカウンター間近で立っていた。佑さんが、状況を理解しかねて首を傾げている。「あれ、いらっしゃいませ。来てくださったんですか」何も、狼狽えることはない。そう自分に言い聞かせるように、バーテンダーの笑顔を貼りつける。「だって、さっさと帰っちゃうから……」「店があるから、と言ったじゃないですか。来てくださってありがとうございます。夕食の時間ですが、あまりしっかりした料理はうちでは出ませんけど良いんですか?」浩平さんと陽介さんを交互に見ながら、二人の間近にあるスツールの前に、オシボリを置いた。言葉に詰まり、一層眉を八の字にする陽介さんには気が付かないフリをした。そうでなければ、僕もどんな顔をしていいのかわからなくなっていたからだ。この人は元々彼女がいたりした、普通の性癖の人なのだし僕のことは男だと思っているし、だから当然だ。僕に構っているのは一時のことで、気になる女性が出来ればそちらへ流れていくのは自然なことだし。その方がありがたい。佑さんに変にからかわれないで済むし。「何を作りましょう?」唇の端を引き上げて、目を細める。もの言いたげな陽介さんよりも、浩平さんへと敢えて長く視線を向けた。よくわからないが、彼はなぜだか、僕と話をしにきたような気がしたのだ。アルコールの余りきついものは今日は避けたいと言うので、ビールベースのシャンディガフを二つ並べた。微妙な沈黙が訪れそうで、間が開くとまた陽介さんが余計なことを話しだしそうで、こちらから会話を切り出す。といっても咄嗟に浮かばなくて。「昨夜の合コンは、楽しかったのですか?」なんでその話を出した自分!と脳内で突っ込んだ。「良かったですよ、女の子も可愛かったし。なあ」「俺は行きたくて行ったわけじゃ」「アカリちゃんって子が明らかに陽介狙いだったんで、送ってやれって二人きりにさせてみたんすけどね」「だから俺は」必死に言い繕おうとする陽介さんをよそに、浩平さんと僕は話が弾んでいるように見えて、彼の目は笑っていなかった。「恥ずかしがることないじゃないですか。陽介さんにも春が来たんですね」
last updateLast Updated : 2025-04-04
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月と太陽《7》

「ちょ、ちょっ……馬鹿かお前!」「どうせ俺は馬鹿ですよ!」 開き直んな!僕や佑さんだけならともかく、自分の会社の人間が見ている前で。冗談で流せるような雰囲気でもなく、慌てて言い繕う言葉を探す。だが、僕の視線の行方を追って言いたいことに気が付いたのか、陽介さんは更に驚くべき言葉を吐いた。 「浩平ならもう知ってます。俺、言ったから」「は?」 開いた口が塞がらず、まさか……と浩平さんに目を向けると何か疲れたような表情で溜息をついている。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが……。 「ば……馬鹿じゃないか、本当に」「なんとでも。男も女も関係なく、慎さんが好きです。何回でも言いますし誰に知られても、俺はいいです」突如始まった公開告白に、外野を決め込む約二名の視線が気になって仕方ない。 「確かに女の子送ったけど、それだけでなんもしてないし当然家にも上がってませんし、なんならお月様見て慎さんのことで頭がいっぱいでしたよ!」「は? え、月? なんで」「仕方ないじゃないですか、綺麗な月だったんです!」 なんで月見て僕で頭がいっぱいになるんだ。わけがわからないが、思いっきり恥ずかしい事を言われてるのはわかって、まともになんて聞けやしない。 「わかった……わかったからちょっと……」「全然わかってません。慎さんが好きなのに……他の女の子に流されたりしません」 張り上げるばかりだった声のトーンが、少し落ち着いてくる。
last updateLast Updated : 2025-04-05
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