「あっちの部屋は鍵が付いてるし、俺に襲われるのが心配なら中から鍵をかければいいよ。それか、社長が住んでるマンションに泊めてあげたら?」「ダメだ。親子ほど年が違うとは言え、俺も一応男だからな」 今度は相馬さんとジンとの間で押し問答が始まってしまう。 なんだか私のほうが疲れてきて、暖かい部屋の布団で足を伸ばして眠れるなら正直どこでもいい気持ちになってきた。 ジンも社長も確かに性別は男性だけれど、姉と違って私のような色気のない女に間違っても変な気は起こさないだろう。「あの、私は向こうのお部屋でも全然構いません」 こうなるとどこだって同じで、選択肢も限られている。 だとしたら、再び行き場を求めてさまようよりも、ここに落ち着いたほうがいいはずだ。「由依……」 そばにいた姉が途端に心配そうな声を出した。「大丈夫だよ。最上階だし広くて綺麗だよね」 私はここを気に入ったふりをして笑ってみせたのだけど、姉を上手く騙せただろうか。「あっちの部屋、見せてもらってもいいですか?」 相馬さんに声をかけると隣の部屋へ案内してくれたが、姉はまだ不安そうな表情をしていた。 案内された部屋の中にはたしかにベッドが設置されており、広めの寝室といった感じだった。 エアコンもあるし、部屋全体が綺麗に清掃されている。壁に向かって机と椅子も置いてあったから、そこで本を読むなり勉強するなりできそうだ。「すごく広いですね。私はパソコンとスマホさえあれば大丈夫なので、十分です」 家を出るとき、私はいつも使っているノートパソコンだけは持って来た。 それさえあれば、私の娯楽なんてどうにでもなるのだ。「もちろんwifiは繋がるよ」 それは本当にありがたくて、ほかに足りないものはないから大丈夫だと相馬さんに微笑み返した。「由依ちゃん、申し訳ないけど今日だけ我慢してくれるかな。明日からはきちんと自分の家に帰るようにジンに話をするから」 リビングにいるジンには聞こえないような小さな声で、相馬さんが私に本当にごめんねと手を合わせた。 元はといえば姉が頼ってしまったのが発端だろうし、相馬さんが謝る必要はなにもない。 私も姉も、感謝こそすれ文句なんて言ったらバチが当たる。「香ちゃんは帰らないとね。お母さんのこと心配だろ」 相馬さんの言葉に、姉が渋い表情のまま「はい」と返事をした。
Last Updated : 2024-12-21 Read more