吐き出す息が真っ白なこの季節は吸い込む空気が冷たく、乾燥していて喉が痛い。 だけど首元に巻いたマフラーのせいで、身体は若干暑いくらいだ。 履き慣らしたはずの黒のパンプスもつま先が痛くなっている。 でも今はそれを気にしている余裕はまったくなく、私は髪を振り乱しながらあわてて往来をひた走る。「すみません、遅くなりました!」 バイト先のカフェへ辿り着くと、一目散に店長に駆け寄って深々と頭を下げた。 遅れるとわかった時点で電話を入れたとはいえ、十五分の遅刻だ。「そんなに焦らなくてもよかったのに」 店長は私の姿を視界に捉えると、あきれ気味に緩慢な笑みを浮かべた。やさしくてダンディな店長が神様に見えた瞬間だった。「リクルートスーツ……今日、面接だったのか?」 スタッフルームのロッカーの前でマフラーをはずし、乱れたセミロングの髪を手櫛で直す私に武田くんが声をかけてきた。 私たちは高校の同級生で、今はお互い別々の大学に通っているけれど、奇遇にもこのバイト先で再会した。 彼は昔からガッチリ体型だから、その肉体を活かすのならほかの選択肢もあっただろうに、なぜかカフェでバイトをしている。「うん。急に来るように言われちゃって」「そっか。断るわけにもいかないよな」 今日の面接は小さな電子部品メーカーの事務職の募集だった。 急に呼び出されてしまったのだけれど、武田くんの言う通り、断る選択肢は持ち合わせていない。「当然だよ。まだ内定ゼロだもん。どんな会社でもいいから早く就職決めないといけないしね」 溜め息を吐きながら、武田くんになんとか笑みを返した。 私の名は安田由依(やすだゆい)。年齢は二十二歳。 大学四年の冬にして未だどこの企業からも内定をもらえていない、いわゆる就活難民だ。 自分ではがんばっているつもりなのだが、ここまで面接に受からないとなると、いったいなにがダメなのかわからない。 このままでは卒業後の春から私はどう考えても無職になる。 焦っても仕方ないのかもしれないが、精神的にはどんどん追い込まれている。
最終更新日 : 2024-12-18 続きを読む