東海林侯爵家は大和国でも由緒正しい名門であったが、古い家柄であるがゆえの苦境に立たされていた。家族は繁栄し、子孫は増えていったものの、その全てに相応しい領地を与え、東海林侯爵家の威厳と栄華を保つには至らなかった。現在の当主である東海林侯爵――即ち東海林椎名の父は、その統率の下で家格は徐々に衰退の一途を辿っていた。数代に渡る栄華の中で厳格な家訓も次第に緩み、子や孫たちは学問や武芸の修練に励もうとはせず、ただ名家の血筋だけを頼りに安逸な暮らしを求めるようになっていた。もし東海林椎名が大長公主に嫁がなければ、東海林侯爵家はとうに没落していたことだろう。東海林侯爵自身も朝廷での要職に就いておらず、一族の中で五位以上の位に就いている者は僅かしかいなかった。沢村紫乃が邸内に足を踏み入れると、家紋が彫られた装飾が幾つも目に入った。これは東海林侯爵家の往時の栄華を示す証であり、その名声を人々の記憶に留めようとするかのように、正殿だけでも二箇所にも及んでいた。正殿の内装は既に古びていたものの、上質な木材で作られた調度品は、歳月を重ねるほどに控えめな気品を醸し出していた。縁談の話は大勢の前では相応しくなく、事が成就するかどうかも定かではない。そのため、東海林夫人は一行を別室に案内し、そこで言羽宝子を呼び寄せることにした。紫乃は東海林侯爵夫人の容姿が年齢の割に衰えていないことに気付いた。東海林椎名は母親に良く似ており、特に眉目の作りや物腰に母の面影が窺えた。「お茶をどうぞ」夫人は慈愛に満ちた笑みを浮かべながら言った。だが、紫乃は夫人が全ての計略を承知していることを知っていた。宝子は決して夫人の実家の者ではなく、言羽汐羅という名も偽りであった。この言羽家の身分は、大長公主が偽造したものに過ぎなかった。言羽家の身分を偽るには、東海林侯爵夫人の実家の協力が不可欠だったはずだ。お茶を飲みながらの世間話は、互いを持ち上げる言葉の応酬に過ぎなかったが、東海林侯爵夫人は確かに何度も天方十一郎の様子を窺っていた。彼と親房夕美との一件は、つい最近まで世間を騒がせた話題であり、ようやく最近になって静まったばかりだった。東海林侯爵夫人はお茶を啜りながら、なるほど、これほどの美男子なら親房夕美が執着するのも無理はないと心の中で思った。「奥様は本当にお幸せですこ
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