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第0328話

ああ……

ただ一つのポジションを得るために、こんなにお金をかけて彼女に食事を奢るなんて。

本当に、この社会って。

綿はふと気づいた。下層にいる人たちの生活が、こんなにも苦しいものだったなんて。

「副主任のポジションを争うつもりはないわ。それに、まだ経験も足りていないから」綿がそう言うと、須田先生は安心した様子を見せた。

「本当に争う気がないの?」須田先生は少し緊張した声で尋ねた。

「本当にないわ」綿がそう答えると、須田先生はすぐに笑顔を見せた。

「でも桜井先生、病院で働くって、昇進し続けることが目的じゃないの?」

「私はまだいろんな道があるけど、あなたにはこの道しかないのよ」綿は淡々と語った。

須田先生は三秒ほど黙った後、「うん、確かにそうね」と呟いた。

「須田先生、頑張ってね。しっかり努力すれば、結果はついてくるわよ」綿は優しく微笑んだ。

その言葉に、須田先生はとても嬉しそうで、すぐに息子の旭の手を引き、「旭、これで私たちの生活は安泰よ。綿お姉ちゃんにお礼を言いなさい」と言った。

綿は、自分が競争から降りることで須田先生がこんなにも喜ぶとは思っていなかった。

「でも、須田先生。ほかの人たちは?」綿は慎重に尋ねた。

「他の人たち?私にはかなわないわ」須田先生は自信に満ちた声で言った。

綿は何も言わず、ただ頷いて、彼女の息子を見つめた。

本当に可愛らしく、綺麗な子だ。

結婚当初、綿は輝明との間に子供を持ちたいと強く思っていた。

彼との子供はきっと美しくて、賢いだろうと夢見ていた。

けれど、残念なことに、輝明はこの数年間、彼女に一度も触れたことがなかった。

だが、今となっては、彼が触れなかったことに感謝すらしていた。

綿はトイレに行くふりをして、こっそり会計を済ませた。

二万円以上の支払いだった。須田先生は、綿と息子のためにステーキを頼んだが、自分は一切注文しなかった。

綿はため息をついた。

その後、彼女は須田先生と少し話し、車で彼女と息子を家まで送った。

車の中で、普段は無口な小さな男の子がついに話し始めた。

「わあ、この車、かっこいい!

「すごい、紫色だ!

「お姉ちゃん、屋根開けられるの?

「うわあ、お姉ちゃんって本当にすごい!」

その瞳には憧れの色が浮かんでいた。

綿は、「大きくなったら、あなたもこうい
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