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第0192話

綿が見上げると、横浜の空はどんよりと曇り、今にも雨が降りそうな気配だった。

入院棟から出ると、黒いアウディが目に入り、車の横にはスーツ姿の男が立っていた。

「桜井さん」その男は優雅に微笑みながら手を振った。柔らかく、穏やかな笑みを浮かべていた。

「あら、韓井社長、久しぶりね。最近は忙しかったの?」綿は彼に近づきながら声をかけた。

司礼は軽く頷いて、「出張から帰ったばかりなんだ」と答えた。

綿は車内を覗き込むと、後部座席に置かれたスーツケースが目に入った。

「荷物もまだ置いてないの?」

「君に会いたくて、まず病院に寄ったんだ」と司礼は素直に言った。

綿は彼をもう一度見つめ、軽く微笑んだ。

「夕食に付き合ってくれる?」彼が尋ねた。

綿は軽く頷いた。「いいわよ」

司礼は綿のために、車のドアを丁寧に開けた。

車内に乗り込むと、司礼は綿に小さなプレゼントを手渡した。「君に」

「そんな、気を使わないで」

「いや、父を助けてもらったからね。まだお礼らしいお礼もしていないんだ」と司礼は微笑み、続けて言った。「父も君に一度お礼をしたいと言ってるんだ」

綿はプレゼントの箱を開けながら、その言葉に顔を上げた。「本当に大したことじゃなかったから、気にしないでね」

「君には簡単なことだったかもしれないけど、僕たちにとっては父の命に関わることだったんだ」と司礼は真剣な表情で言った。

綿は無理に笑って、「そうね」と答えた。

韓井家の礼儀に従うのが最善だと感じ、綿はそれ以上は何も言わなかった。一度の食事なら特に問題はないのだ。

車がゆっくりと走り出し、綿はプレゼントの箱を開けた。中には美しいネックレスが入っていた。

それは、母がデザインした時期の限定品で、購入には予約が必要な貴重な品だった。

「蝶のデザインだわ……」綿はその図案を見て少し驚いた。

司礼は笑って言った。「君の背中にある蝶のタトゥーを見たことがあったから」

彼はそれを見て、綿は蝶のデザインを気に入るんじゃないかと思った。

綿は肩に手を当て、微笑んで感謝した。「ありがとう、すごく気に入ったわ」

彼女は本当に蝶のデザインが好きだった。

このプレゼントはまさに彼女の心を捉えていた。

司礼の細やかな心遣いを改めて感じたが、その一方で、綿は一度も輝明からそんな心遣いを感じたことはなかった。

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