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第5話

雅之は自分のことを何だと思っているの?

心臓が引き裂かれるように痛くなり、息も苦しくなった。

里香の目に涙が浮かんでいるのを見て、雅之は目が暗くなったが、表情が一層冷たくなった。「僕には事情があるんだ。君を守るために、あえて言わないようにしただけ」

「ふう」

里香は冷たく笑い、涙を我慢しながら、口調も冷たくなった。「言っとくけど、私、離婚なんて絶対しないから、諦めろ」

里香は振り返ってそのまま立ち去った。

「クビになりたくはないだろう?」

後ろから、男の冷たい声が伝わってきた。「家族もいなし、ようやくこの町で暮らせるようになった君にとっては、この仕事はかなり重要なはずだ」

里香はムカッとして彼に視線を向けた。「何をするつもり?」

「離婚届にサインしてくれたら、前回の約束をきちんと守るから」

これは、れっきとした脅しだ。

里香は怒りで手が震えていた。もし二人の距離が近かったら、彼の顔を殴りたかっただろう。

「二宮雅之、恥を知れ!」

どうしてあっという間にこうなったのか?

それとも、雅之がもともとそんなに冷たい人で、これまではただの偽りだったのだろうか?

雅之はさりげなくハンカチを取り出し、彼女のそばへ近寄り、優しく彼女の目尻の涙を拭き取った。

里香はぱっと彼の手を叩き落し、悔しさが満ちていた目で雅之を睨んだ。「できるものならやってみろ!」

離婚だと?

そんなのありえない!

里香は踵を返して立ち去り、オフィスを出る頃にはもう落ち着きを取り戻した。

雅之は上げた手を凍りつかせ、ハンサムな顔を引き締めた。

そして手を伸ばし、デスクのインターホンを押した。「人事部に繋がって…」

言葉の途中で、里香が辛抱強く彼に手話と識字を教えてくれた光景が頭に浮かんだ。

すると話が詰まった。

「社長、何でございましょう?」

秘書の用心深い声がインターホンから聞こえた。

「何でもない」

雅之は少しイライラした様子で電話を切った。

社長に呼び出されてどうしたのと同僚に聞かれたが、里香は笑顔でごまかした。

席に戻ると、次に何をすべきかとじっくり考え始めた。

もし雅之に離婚を迫られたら、二人の関係を公表し、雅之が自分の夫であることをみんなに知らせて大騒ぎするつもりだ。そうすれば、離婚は成立しないはずだ。

里香は呆然としたまま、何を考えているんだろうと気づき、すぐに自嘲するかのように笑った。

雅之は心変わりしたんだ。

彼にはもう好きな人が他にできたんだから、そんなことしても何の意味があるの?

結局のところ、自分が悔しかっただけだった。どうして勝手に心変わりができるのか?一生一人だけを愛し続けることは、そんなに難しいことなのだろうか?

「小松さん、ちょっといい?」

午後、里香は社長の特別秘書の桜井正志に呼び止められた。

里香は立ち上がって向こうに行くと、桜井は「お客様にネックレスをプレゼントしたいんだけど、小松さんは目利きだから、選ぶのを手伝ってくれない?」と話しかけてきた。

里香は少し驚いた。どうしてそんなことをさせたのだろう?

おしゃれな女の子は他にもたくさんいるのに。

戸惑いながらも、里香は目の前のネックレスのうちからひとつを選んだ。

桜井は微笑んで「ありがとう」と礼を言って、

立ち去った。里香はわけが分からず、仕事に戻った。

夕方、寂しい家に帰ると、彼女は玄関でしばらくぼうっとしていて、心がまた痛くなった。

雅之は帰ろうとしなかったのだろうか?

静まり返った部屋に馴染めず、里香はソファに腰を下ろし、テレビのスイッチを入れた。そうしなければ、心が乱れがちになってしまうから。

「一年間行方不明だった二宮家の三男が、綺麗な女性と一緒にチャリティーディナーに参加し、初めて公の場に姿を現した。陸家の三男の帰還は、冬木市にどのような変化をもたらすのだろうか?…」

司会者が言った内容、里香にはもう聞こえなかった。

里香はただ、雅之の隣にいる女の子をじっと見つめていた。その女の子の首には、今日里香が選んだネックレスがかかっていた。

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