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第3話

里香は彼を見て、「なんか言ってよ!」と話しかけると、

雅之は「まずご飯を」としか言わず、

里香を押しのけてテーブルに向かい、朝食を置いた。

里香の心がさらに沈んでいった。夫の背中を見つめる目には絶望が満ちていた。

離婚を言い出そうとした夫を止めたが、

雅之の態度は明らかだった。

雅之は彼女を遠ざけ、偽りの約束すらもしてくれなかった。

昔の彼はこんなじゃなかったのに!

あの頃の雅之はいつも里香の後ろをついて、彼女の行くところならどこへでもついて行き、どうしても離れなかった。

その後、里香は雅之を引き取ることを決め、手話の読み方と学び方を教え始めた。雅之が自分を見つめる目は、ますます熱を帯びていった。

里香が何をしても、雅之の目線は必ず彼女に向けられていた。

まるで、彼女は彼の全世界のようだった。

「まだおはようのキスをもらってないよ」

里香は歩み寄って言い出した。これは二人が付き合った後の約束だった。

「まず朝食を食べて、あとで話したい事があるんだ」雅之は豆乳を里香の前に押し出した。

里香はこぶしを握り締めた。「食べないなら、何も言わないつもりなの?」

雅之は黒い瞳で里香を見つめていた。「もう聞いたんだろう」

昨日クラブの個室での話なのだろう。

里香は目を閉じて、「どうして?」と聞いた。

何度も何度も耐えてきたとしても、全てが明らかになった今、もう自分を欺くことができなかった。

雅之は、「彼女が大切だから、ちゃんと責任をとらなきゃ」と答えた。

「じゃ、わたしは?」

雅之に視線を向け、里香は無理矢理に笑った。「この一年間は何なんだ」

何かを思いついたかのように、里香は雅之の前に歩み寄った。「記憶、取り戻したんだろう? 自分が誰なのかを」

「そうだよ」

雅之は頷いた。「里香ちゃん、この一年間そばにいてくれてありがとう。ちゃんと償うから、欲しいものがあったら何でも言っていい。全部満足してあげる」

「離婚したくない」

里香は雅之を見つめて、はっきりと言葉を発した。

雅之の男前の顔には冷たさを浮かべていた。「離婚しないといけない」

一瞬、雅之からは有無を言わせないような冷たい雰囲気が漂っていた。

こんな雅之の顔、これまで見たことがなかった。

里香は雅之と目を合わせながら、手のひらに爪を立てた。「無理だよ」

償うだと?

この一年間の努力と愛、どうやって償ってくれるつもりなのか?

雅之は眉を顰め、少し焦っているようだった。「里香ちゃん、このままだと誰にとってもいいことではない!」

里香は何も言わずに食卓に座り、朝食を食べ始めた。

どうせ彼女は絶対離婚しないから。

雅之は複雑な目で里香を見ていた。この一年間の思い出がまだ頭の中に残っていて、思い出したくはなかったが、彼女を見るたびに、その思い出が飛び出してきて、彼を動揺させた。

彼は立ち上がり、「離婚届は後で送らせてもらう。条件は好きに言ってください」

それだけ冷たく言い放ち、すぐに立ち去った。

ガチャン!

隣の椅子を横に蹴飛ばし、里香は丸い瞳が水のような光を輝き、唇を噛んだ。

最低な男だ!

雅之はこんな最低の男だったなんて!

必死に怒りを抑え、里香は何度か深呼吸し、目付きもしかっりしてきた。

離婚届はすぐに届いた。食事を終えて仕事に行こうとすると、スーツ姿の男が玄関先にやってきて、離婚届を手渡してくれた。

里香は目もくれずにそれを取り上げて引き千切った。

「離婚なんて、絶対無理だ!」

それだけ言って、里香は相手の顔色も気にせず会社に向かった。

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