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第2話

母は唇を引き締めた。

長い間抑えていた感情を整理し、声に出す時になるべく泣き声が明らかにならないようにしていた。

「そうね、私たちも離婚しましょう。あなたにとっては花村さんが大切なのね。私たちは途中で出会った夫婦に過ぎないわ。花村さんはあなたの若い頃の叶わぬ恋。今、彼女が戻ってきたのだから、葉山恵介、あなたの恋を追いかけなさい」

義父の声はさらに大きくなり、先ほど花村喜美を優しくなだめていた人とは思えないほどだった。

「離婚だと?お前たち母娘は結婚をそんなに軽く見てるのか?前は元夫の人格に問題があったから離婚したと言っていたが、今になって見れば、全てお前の問題だったんじゃないのか!お前は嫉妬深すぎる!

今日の大雨で頭がおかしくなったのか?花村さんが足を怪我したんだ。応急処置をするのは当然だろう。彼女の犬が危篤状態なんだ。俺は獣医なんだぞ、見てやるのは当たり前だろう。お前は完全に嫉妬に狂ってる。ペット犬にまで嫉妬するなんて。

離婚したいならしろ。だが、子供が生まれたら、俺の家の子供を連れて行くことは許さん」

母がさらに何か言おうとする前に、義父は電話を切った。

私と同じように、母の携帯電話も静かに滑り落ちた。

母は窗の外を見つめた。

「栞、男なんて当てにならないのよ」

私には分かっていた。母はまた、あの忌まわしい過去を思い出したのだと。

母は田舎で生まれ育った。今の若者たちと同じように、かつては不良っぽい男の子、つまり義父の言う私の実の父を好きになった。

父と一緒になるために、母は実家との縁を一切切り、父と駆け落ちした。

最初のうち、父は様々な愛の誓いを立て、大金を稼いで母に最高の生活をさせると約束した。

当時の母はまだ若く、20歳そこそこ。初めての恋に目覚めたばかりの年頃で、そんな言葉を疑うことなく信じていた。

その後、母は未婚のまま妊娠してしまい、父は急いで母と結婚した。

母が私に話してくれたところによると、妊娠していた10ヶ月間が、彼女にとって最も幸せで大切にされた時期だったそうだ。父は毎日おいしい料理を作り、母のあらゆる要望を満たしてくれたという。

しかし、私が生まれて女の子だと分かると、父の態度は一変した。産後の肥立ちも終わらないうちから、母への接し方が変わってしまった。私が泣き叫ぶたびに、「金食い虫」と罵られたものだ。

母はそんな辛い日々を送っていた。毎日のように父から暴力や暴言を受けていたのだ。

私が6歳の時、父は女性を連れて帰ってきて、母と離婚すると言い出した。

理由は単純だった。その女性は尻が大きいから、男の子を産めるだろうと。

私たち母娘は家から追い出され、一枚の布団以外何も持ち出せなかった。

橋の下で暮らし、母は私を背負いながら仕事を探し、私の学費を工面してくれた。そうして少しずつ、私は大学を卒業するまでに至った。

私が彼氏を家に連れてきた日、母も第二の春を迎えたと告げた。

後に四人で顔を合わせた時、私たちは図らずも葉山家の父子をそれぞれ愛していることが分かった。

1ヶ月後、私たち母娘は同時に結婚した。私は消防士の息子である葉山想と、母は動物病

院の院長である葉山恵介と結婚したのだ。

葉山想の実母は、すでに数年前にがんで亡くなっていた。

結婚式の日、母は葉山想の手を取って言った。「これからは、私があなたのお母さんよ」

葉山恵介も私の手を取って言った。「これからは、私があなたのお父さんだ」

なんて感動的な光景だったことか。今でも思い出すと、あの時の温かさが蘇ってくる。

けれど、私たちはその温かさに浸るあまり、その日にある種の芽が静かに芽吹いていたことに気づかなかった。

なぜなら、私たちの結婚式の日取りが、花村喜美の誕生日だったからだ。

これが何を意味するのか、明らかだった。

そして、その日、義父と夫は一緒に花村喜美に電話をかけ、私たちの結婚式に立ち会ってもらおうとしたのだ。

葉山想が「花村さんがここにいてくれたらなあ」と言ったのを、今でも覚えている。

当時の私たちは深く考えなかったが、今になって振り返ると、全てのことには筋道があったのだと分かる。

花村喜美の葉山家の父子に対する態度は、他の人とは全く違っていた。

ただ、一つ分からないことがある。葉山想には実の母親がいたはずなのに、なぜそれほど花村喜美に惹かれているのだろう?

まるで誰も花村喜美には及ばないかのようだ。

恐らく、もし今回私や母、花村喜美、そして犬が本当に何かあったとしたら、私たちの葬式は犬の後回しにされるのだろう。

母と私はベッドに座り、スマートフォンを眺めていた。ちょうどその時、花村喜美が新しい投稿をSNSにアップしていた。

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