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第257話

雅彦は必死に抵抗していたが、海の言葉を聞いた瞬間、全身が固まった。

彼は瞬きを繰り返し、やがて海に向かって問いかけた。「何を言っているんだ?そんなことを軽々しく言っていいと思っているのか?」

強靭で揺るぎないと信じていた雅彦が、現実を受け入れることを恐れた姿を目にしたのは、海にとっても初めてだった。

しかし、海は雅彦を騙すことはできなかった。事実を隠し続けることは、彼が現実を直視することをさらに難しくするだけだった。

「彼女は本当に亡くなったんです、雅彦様。あなたは3日間昏睡していた。遺体はもう火葬されました……」

海は顔を背け、痛みをこらえて話した。

桃の行動に対して不満を抱いたこともあったが、それでも一緒に過ごした生身の人間が、こうして突然亡くなったことに対しては、海も信じられなかった。

しかし、火葬される瞬間を海は見届けていた。彼女が灰になるまで、すべてを目の当たりにした。人は死んだらもう戻らなかった。

「なんだって?彼女が……?」

雅彦はその言葉をどうしても口にすることができなかった。まるで、自分がそれを認めなければ、桃がまだ生きているかのように感じていた。

「そうだ、遺骨はもう故郷に送られた。父上が言ったんだ。どれだけ間違いを犯したとしても、彼女はかつて菊池家の一員だったのだから、せめて彼女の遺骨は故郷に戻し、安らかに眠らせるべきだと」

雅彦の手は、海の服からゆっくりと滑り落ちた。彼はようやく、桃が本当にいなくなったことを理解した。

しかも、彼は彼女の最後の旅立ちを見送ることさえできなかったのだ。

雅彦は力なくその場に崩れ落ち、虚ろな目で前方を見つめた。

突然、雅彦は顔に何か湿ったものを感じた。手で触れてみると、それが涙であることに気づいた。

彼は20年以上生きてきて、一度も涙を流したことがなかった。泣くのは弱者のすることだとずっと思っていた。

だが、今この瞬間、彼はどうしようもなく、心が引き裂かれるような苦痛の中で泣き崩れていた。

海は雅彦のその痛々しい姿を見て、胸が締めつけられるような思いを感じたが、何も言うことができず、静かにその場を立ち去った。彼は雅彦が一人で傷を癒し、痛みを乗り越えるための時間を与えたのだった。

しかし、このままではいけないと感じた海は、すぐに永名に電話をかけ、雅彦が目を覚ましたことを報告した。
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