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第3話

諏訪部警部は、林原誠司の言葉に感心したように親指を立てた。

「さすがは長年連れ添った夫婦だな!その手で行ってみよう」

言いながら、諏訪部警部は興奮気味に部屋を出ようとした。

林原誠司は眉をひそめた。

「もうそんな関係じゃない」

「あの人は、この資格がない」

「ただ、国に与えた損害と、美弥に与えた傷に対して、代償を払わなければならないだけだ」

私は自分の耳を疑った。

橋本美弥のために、誠司は私が生前に成し遂げたすべての功績を消し去ろうとしているのか?

あれらは、私が何度も液体窒素で指を凍傷し、硫酸で皮膚を火傷し、不妊のリスクを冒しながら、幾夜も徹夜で計算して得た成果なのだ!

命よりも大切なものなのに!

「悪かった。つい口が滑った」

諏訪部警部は気まずそうに言った。

「美弥ちゃんともうすぐ結婚するんだろ?この言い方になっちゃって、ごめん」

「構わない。でも、二度目は言わないで」

林原誠司は冷淡な表情ですばやく器具を片付けた。

「行こう。胎児を検査科に送ったら、美弥のために夕食を作らなければならない」

私の頭はしばらくの間、混乱していた。

我に返ると、林原誠司のそばを漂っていることしかできないことに気づいた。

彼は、橋本美弥の好物ばかりを買い込んだ。

ついたのは私たちのお家だった。

かつては家だった場所、今じゃ私の痕跡が何もない家に帰っていった。

部屋の中は、橋本美弥の物で溢れかえっていた。

空気中にさえ、橋本美弥の匂いが漂っているような気がした…

息が詰まるようだった。

「ただいま」

林原誠司はエプロンをつけた途端、インターホンが鳴った。

急いで玄関に向かい、ごく自然に橋本美弥を抱きしめた。

「ウェディングドレスはどうだった」

なんて親密で、安心感を与えるのだろう。

しかし、林原誠司は一度も私に対してそんな態度をとったことがなかった。

彼は自分は完全に理性的な人間だから、ベタベタしたことはできないと言っていた。

「もう決めたわ」

橋本美弥は彼の首に抱きついてキスをし、幸せそうな顔をした。

「着て見せてあげようか」

「もちろん」林原誠司は優しくうなずいた。

私の心は、またしても引き裂かれるような痛みを感じた。

かつて、林原誠司が仕事から帰ってくると、私も同じように尋ねたことがあった。

しかし、彼はなんと答えたか?

「油臭いが塗れている体で、ウェディングドレスに臭いが移ったらどうするんだよ」

彼は苛立ちながらシャツの襟元を引っ張っり、「どうせ白いドレスだろう?別に珍しくもない。君が気に入ればいい」

「早く食事の用意をしろ。腹が減った」

…そうか…

見たくないのは、期待している人が着ていないからだ。

「どう」

橋本美弥はすぐに着替えて出てきた。

なんと、私が昔着ていたものと同じシリーズだった!

しかし、林原誠司は何も気づいていないかのように、まるで初めて見たかのような表情で、偽りのない驚きを込めて言った。

「美弥、本当に綺麗だ」

橋本美弥は、ドレスの裾をつまんでくるくる回った。

「あっ!」

林原誠司は慌てて彼女を抱きとめた。

「どうした?また足が痛むのか?」

「ううん、ちょっと捻っちゃっただけ」

橋本美弥は彼の腕に寄りかかり、愛しそうな目で見つめた。

「嘘を言うな」

「あの時、研究所の成果を守るために、あの人に足の甲の骨を折られたんだ。病院でも後遺症が残るだろうと言われたじゃないか」

すると、橋本美弥を抱き上げてソファに座らせ、足を持ち上げて優しく撫でた。

「違う」

「そんなんじゃない!橋本美弥は嘘をついているの」

私は心が張り裂ける思いで叫んだが、無駄に漂っているだけだった。

どうして私を信じないの?誠司!

あなたは最も慎重で鋭い天才法医学者じゃないの?どうして橋本美弥の言葉がすべて嘘だと気づかないの!?

橋本美弥はため息をついた。

「でも、あたしは役に立たなかった。成果を守ることができなかった」

「大丈夫、君も最善を尽くした」

林原誠司は真剣な表情で彼女を見つめた。

「安心しろ。諏訪部警部ならあの人を捕まえてくれる。必ず代償を払わせてやる」

そう言うと、橋本美弥を抱き上げてダイニングテーブルに座らせた。

「もう少し待っていて。すぐに食事ができるから」

「うん!」

橋本美弥は嬉しそうにうなずいた。

しかし、キッチンで忙しそうに料理をする林原誠司の姿を見て、私の心は完全に砕け散った。

昔の誠司は、決して料理をしなかったし、キッチンに足を踏み入れることさえ嫌がっていたのに…

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