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第5話

私はしゃがみ込んで、真っ先に逃げ出したいと思った。

 だけど足がその場に釘付けになったように動かない。

頭には、母が私の手にそっと押し込んだ預金通帳のことが浮かんだ。

「お金をしっかり管理してね、心美ちゃんが幸せならお母さんもそれでいい」と母はあの時そう言ってくれた。

夜遅く一人で仕事へ向かう道、真夏に着ぐるみの中で流した汗、そして溜まった暑気。

これまでの頑張りを思い出すと、怒りが胸の奥から湧き上がってきた。

手の中の粗悪な着ぐるみの頭が割れているのに気付くと、私はそれをかぶり、扉を押し開けた。

周囲が状況を把握する前に、陽翔の顔を三回平手打ちした。

彼の顔はすぐ赤くなって腫れ上がっていった。

それでも怒りが収まらない。

残りのケーキをぐしゃぐしゃに押しつけ、彼の頭の上で砕いた。

「誕生日おめでとう!」

「文句ないよね」

「さっき忘れ物してたんだよ」

「それは、道徳っていうもの」

ケーキにまみれた頭にリングが絡みつき、まるで滑稽な見世物みたいだった。

殴るだけ殴って、怒鳴るだけ怒鳴った。

もうスパッと決別する時だ。

この七年間、無駄になった。

部屋からはざわざわとした声が漏れたが、私はそれを背に、外に向かって歩き出した。もう何の関係もない。
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