病院の屋上で。 少しずつ気持ちが落ち着いていく。 春介が私の手を握っているが、わずかに震えていた。 私はその手に目をやり、春介は少し照れくさそうにしていた。 「変だな。さっき手術中では手が全然震えなかったのに、今になって少し抑えきれなくなってきた。きっと感動しすぎたんだ」 「心美ちゃんのおかげで、ようやくまたメスを握ることができたんだ」 「心美、ありがとう」 春介は私を見つめ、透き通った笑顔を浮かべた。まるで星がその瞳に溶け込んでいるようだった。 私は両手で彼の手をしっかりと握り返した。 「違うよ、春介。私のおかげじゃない」 「今回の成功は、この何年もずっと諦めずに、繰り返し練習してきたからこそ。病気を治し、人を救うことを夢に掲げてきたからこそよ」 「春介の成功も、キャリアも、人生も、私のためじゃなく、自身がより良い自分になるためのもの」 「だからこそ、私たちもより良い関係を築けるの」 光の中、私たちは手を取り合っていた。 互いに繋がりながらも、それぞれが輝いている。 愛はとても大切なこと。人によっては最も大事なことかもしれない。 でも、愛だけが人生のすべての意味じゃない。 私はそのことを理解するまでに七年かかった。 これが私の「恋愛バカの成長プロジェクト」よ。
私の母と春介の母は私たちの結婚式に出席した後、翌日から二人でキャンピングカー旅行に出かけた。 そして、私と春介もいよいよ正式にハネムーン生活を始めた。 春介は普段、手術のスケジュールがぎっしり詰まって忙しく、私も会社の仕事で足元が見えないほどの忙しさだ。 だからこのハネムーンは、私たちにとって本当に待ちに待った休息の時間だった。 やっと心置きなく何日かぐうたらできるのだ。 市場で食材と生花を買って家を飾り、料理を作り始めた。 「俺はダメだ!メスは握れても、包丁は扱えない!」 春介はレシピにある千切りポテトと格闘しながら、ついに……ポテトの角切りを完成させた。 やれやれ、と崩れ落ちる彼はなんだかとても可愛らしい。 「私がやるから!あなたは後でお皿を洗ってね。それと、前に作ってくれたホットワイン、また飲みたいな」 私は包丁を受け取り、笑いながら料理を続けた。 窓の外には、暖かな夕日が私たちを優しく照らしている。 お互いの真っ直ぐな愛は、本当に天からの贈り物だと思う。
「7年経ったけど、陽翔、私たち結婚するの?」 一人で陰鬱になる夜、私は何度も彼に問いかけた。 「心美、僕にはお金がない。いい生活が確保できないし、ちゃんとした結婚式すらできない。でも頑張るから」 彼がそう言ったとき、目の中には星が輝いているみたいで、私は次第にその言葉を信じるようになった。 バレンタインデー、クリスマス、春節、さらにはほとんどの週末も、彼はほとんどいなくて、夜遅くまで帰ってこなかった。 映像の中の彼は、バーテンダーの制服を着て、バーやクラブで忙しく働いていた。 「休日はもっと稼げるんだ。家族は助けてくれないけど、僕一人でもお金を貯めるよ」 「心美、僕は本当に結婚したいんだ」 「そんなにプレッシャーを感じないで、私も一緒に支えるよ」 「本当にそう思ってくれる?」彼の目に驚きが広がった。 私は頷いた。「もっと一生懸命働く!」 「休日や夜は一緒に過ごせないから、働いてもいいよ。そうすれば、結婚するための資金も早く貯まるから」 しばらくして、陽翔から求人情報が送られてきた。 深夜のアダルトショップの店員募集。 「この仕事は疲れないし、客がいないときは休めるから。評判は悪いけど、実際には結構稼げるよ」 「友達が経営してる店だから、心配しなくて大丈夫」 陽翔は私のことをよく考えてくれていた。 私は彼を信じた。まるで自分を信じるように。
その後、私は忙しくなった。 陽翔と話す回数も減っていった。 最初は少し不安だったけど、店のお客さんは皆マナーがよく、アダルトグッズの店で働くことは私が想像していたほど危険ではなかった。 お客さんが商品を購入し、私は推薦して精算を行う。 お互いに必要なものを手に入れ、役割を分担していた。 ただ、店に来るのは男性ばかりで、女性はほとんどいなかった。 女性に需要がないわけではない。 ただ男性に比べて、女性の世界には余計な枠が多すぎる。 陽翔の目のクマを見て、私はさらに一生懸命働き、彼をもっと大切にしていた。 彼が誕生日を祝うことはない。お金を稼ぐためだ。 でも私は彼にサプライズを用意したいと思った。 誕生日の夜、たまたま休暇を取っていた。 休む暇もなく、私は重たいクマのぬいぐるみの衣装を着て、サプライズを準備した。 バッグの中には、私の気持ちを込めた一番小さいサイズのケーキが入っていた。 二人で分けても十分だろう。 私は彼が働いているカラオケ店の前に行き、邪魔をしないように電話して外に出てもらった。 夏の夜、風はまったくなく、ぬいぐるみの衣装の中は汗でびしょ濡れだった。 心臓がドキドキし、彼を愛する気持ちで体が満たされていた。 私は待ち続けた。 彼がやってきた。仕事服は乱れていて、顔は少し赤く、酔っている様子だった。 私は気にせず、ぬいぐるみの衣装を着てダンスを踊った。 それから、小さなバッグを外して彼に渡した。 「誕生日おめでとう!この間は本当にお疲れさま!」 私の声を聞いて、彼は一瞬驚いた。 私の頭に被っていたものを外し、汗でびしょ濡れの私の姿を見て、彼は私を抱きしめた。 「なんでこんなにバカなことをするんだ?家で待っててって言っただろ?」 「邪魔したくないけど、今日は特に会いたかったの」 薄暗い路地で、陽翔は小さなケーキの中から銀の指輪を見つけた。 私は彼の白いシャツに赤い痕がついているのを見て、彼の反応に気づかなかった。 ケーキの味があまり甘く感じられなかった。
「また無理やり嫌なことをさせられたんじゃない?」 さっきの喜びは一瞬で消え去った。 「お酒の匂いがすごいよ」と私は少し不機嫌に言った。 私はナプキンで、彼の首元の赤い痕を拭こうとしたが、陽翔に手を掴まれた。 「こういう場所だとお客さんに付き合うのは避けられない。でも、ちゃんと分かってるから」 彼の手は暖かかった。 「怒るなよ、心美。早くお金を稼いで、結婚したいだけなんだ。そしたらもうこんな場所で働かなくて済む」 その時、電話が鳴り響いた。 陽翔は見たが、出なかった。 「上司が戻るように催促してる。心美、一人で帰れるか?」 「少しここで座ってから帰る。先に行って」 私は涙をこらえながら、彼の手を軽く握り返した。 彼は私の頭を撫でて去っていき、足音が遠ざかるとようやく顔を上げた。 でも、まだ誕生日ケーキも食べてないのに。 ふわふわのケーキの中に二つの指輪がずっと隠れていた。
まだ陽翔には話していないけど、私もお金を貯めていたんだ。 本業を辞めずに夜はアダルトショップで、週末や祝日は遊園地で着ぐるみのバイトをして、一生懸命お金を貯めた。 派手な結婚式なんていらないってことも、伝えてない。 お母さんにも話したら、二人が心から愛し合っていれば、シンプルな結婚でいいって言ってくれた。 だけど、あの赤い痕を見た途端に、言葉は全部頭から消えた。 一言も伝える暇もなく、彼はまた私たちの未来のために嫌な仕事をしなければならないんだ。 くよくよしないで。 今日は彼の誕生日だし、プレゼントを渡すことも忘れてしまった。これを機に、全部伝えよう! 「やりたくなければ、今夜で仕事を辞めてもいいんだって!」 心の中で自分を励まし、ケーキを持ってカラオケに入った。 「陽翔はどの部屋にいますか?」受付の人に聞いた。 「えっ…V888です」 受付の女性は忙しそうにしながらも、笑顔で教えてくれた。 何かがおかしい気がしたけれど、深く考える間もなく、指示された方向へ向かった。 VIPルームの方はとても静かで、さっきまでの賑やかなホールとはまるで別世界だった。 不安で胸が締め付けられる。 今は仕事中だから、入っていったら迷惑だろうか? 立ち止まっていると、部屋の中から声が聞こえた。 「陽翔、どんな美人がそばにいるの?こっちは待ちくたびれた」 「彼女がちょっとしつこいんだ。さっきちゃんと話した」 懐かしい声。陽翔だった。 ガラス越しに覗くと、彼はソファの真ん中に座り、華やかな女性たちに囲まれていた。 そのうちの一人は短いスカートを着て、彼に寄り添い、手で彼のチンチンを撫でていた。 陽翔の表情は落ち着いていてリラックスしている。仕事用の服はもう脱いでいる。 これを見て、私は驚いた。 「今回はどこで?またトイレか?」 「陽翔はどこでもできるよな、さすがだぜ」周囲の男たちは慣れた様子で相槌を打ち、酒を掲げていた。 「遊びみたいなもんさ。あの子、素直で面白いんだ」 「どれだけの美人と付き合っているか数え切れないですね」 その言葉を聞いて、陽翔の膝にいた女性がふざけて立ち上がり、歌を選びに行った。 彼女が去ると、陽翔の視線がドアの外へと向けられた。
私はしゃがみ込んで、真っ先に逃げ出したいと思った。 だけど足がその場に釘付けになったように動かない。頭には、母が私の手にそっと押し込んだ預金通帳のことが浮かんだ。「お金をしっかり管理してね、心美ちゃんが幸せならお母さんもそれでいい」と母はあの時そう言ってくれた。夜遅く一人で仕事へ向かう道、真夏に着ぐるみの中で流した汗、そして溜まった暑気。これまでの頑張りを思い出すと、怒りが胸の奥から湧き上がってきた。手の中の粗悪な着ぐるみの頭が割れているのに気付くと、私はそれをかぶり、扉を押し開けた。周囲が状況を把握する前に、陽翔の顔を三回平手打ちした。彼の顔はすぐ赤くなって腫れ上がっていった。それでも怒りが収まらない。残りのケーキをぐしゃぐしゃに押しつけ、彼の頭の上で砕いた。「誕生日おめでとう!」「文句ないよね」「さっき忘れ物してたんだよ」「それは、道徳っていうもの」ケーキにまみれた頭にリングが絡みつき、まるで滑稽な見世物みたいだった。殴るだけ殴って、怒鳴るだけ怒鳴った。もうスパッと決別する時だ。この七年間、無駄になった。部屋からはざわざわとした声が漏れたが、私はそれを背に、外に向かって歩き出した。もう何の関係もない。
「俺が竹内氏企業の後継者だって話、心美ちゃんにプレッシャーかかると思って教えなかった」「あの夜は仕事関係者との会合で、あれはただの付き合いだ。そんなに本気にするなよ」「七年も付き合ってたのに、本当に俺の電話を無視し続けるつもり?」「それとも、この機会に俺を脅して結婚したいのか?」……陽翔からのメッセージには一度も返信せず、彼を避けて、仕事に打ち込んだ。ゴミからは遠ざかって、私はもっと良い自分になる。案の定、一週間ほど無視していたら、彼からの連絡はぱたりと止んだ。これで終わりだと思っていた。けれど、ひと月後、また彼からメッセージが届いた。「心美ちゃんの物、まだ俺の手元にある」開いた写真には、私が何も身に着けていない姿が映っていた。一瞬で手のひらが冷たくなった。いつこんな写真を撮られたのか全く覚えていない。これが彼の仮面の裏の姿なのだろう。手に入らないものは、壊す。「父親のいない心美ちゃんも、心美ちゃんのお母さんも、この写真がネットで拡散されることは望まないよね」「心美ちゃんのいない時間、ずっと寂しかった。もし結婚したいなら、俺の両親に会わせて結婚するから」脅してから飴を渡すやり方。竹内氏企業の後継者である彼は、本当にずるい。