彼氏が秘書にプロポーズする動画がネットで大人気となり、みんなが「ロマンチックすぎる」と感動していた。 秘書はさらに、「やっと待ち続けた甲斐があった。如月社長、これからの人生よろしくお願いします」と投稿し、多くのコメントが寄せられた。 「最高!秘書と社長、このカップル甘すぎる!」なんて声もあふれていた。 私は泣くでもなく、怒るでもなく、静かにそのページを閉じ、彼に真実を問いただそうとした。 すると、彼が友人と話している声が聞こえてきた。 「仕方ないだろう。彼女を娶らなきゃ、実家に無理やり愛してもいない男と結婚させられるんだ」 「じゃあ高橋は?彼女こそ本命だろ。怒らせたらどうする?」 「怒ったところで何だって言うんだ。奈月(なつき)は俺と七年も一緒にいる。離れられるわけがないさ」 それから、私は彼と同じ日に結婚した。 婚礼の車がすれ違い、新婦同士がブーケを交換する瞬間、彼が私を目にしたとき――完全に取り乱していた。
Lihat lebih banyak記憶の中で、蓮がこれほどまでに卑屈になった姿を見たのは初めてだった。 私は冷静に言った。 「蓮、もうやめて。心変わりを認めるのは恥ずかしいことじゃない。 私は、昔の蓮が本当に私を愛してくれていたと信じてる。でも、今はもう気持ちが変わってしまった。それも事実でしょう?」 彼は焦りながら私の言葉を遮った。 「違う!俺は今もお前を愛してる!信じてくれ、奈月!」 私は微笑んだ。 「愛してるって言うけれど、私の好みすら覚えていないよね。君が買ってきた食べ物は、全部椎名さんの好きなものだった。 愛してると言いながら、私に贈ったはずのプレゼントを椎名さんにも全く同じものを渡していた。 愛してると言うけれど、私の誕生日も記念日も忘れた。 愛してるって言うのに、一番危険なとき、私を置いて椎名さんを守りに行った。 これが君の言う『愛』なの?それなら、君の愛はあまりにも安っぽい」 私が冷淡に言い放つと、彼はさらに動揺し始めた。 「奈月、分かった。俺が間違ってた。さっき外でお前を待ちながら気づいたよ。人を待つのがどれだけつらいことか。今までお前に何度も待たせた。本当にごめん。 俺は間違いだらけだった。お前が怒るのも当然だよ。でも、どうかもう一度チャンスをくれないか?俺は全部直す。お前が満足するような男になるから」 彼の声は震えていた。 「料理だって覚えるし、家事も手伝う。毎日、送り迎えをする。もう二度と他の人が作ったものなんて食べない。お前の好きなものを一緒に食べるよ。 旅行に行きたいなら、どこへでもついていく。もうお前の誕生日を忘れたり、記念日を逃したりしない。電話一本でお前を置き去りにすることも絶対にない」 私は無表情のまま彼を見つめ、何も言わなかった。 彼はさらに追い詰められたように急いで言葉を重ねる。 「佳乃とのことは俺が悪かった。今後、彼女には会わない。彼女には辞めてもらうし、連絡先も全部消す」 私は冷たい笑みを浮かべた。 「自分がどこを間違えたのか、ちゃんと分かってるんだね。でも、それでも私をあんなふうに扱った。つまり、君は私を大切に思っていなかったのよ。 私が君を好きだったから、どうせ何をしても許されると思っていたんでしょう?」 彼は必死に否定する。 「違う、奈月。俺はお前を大
これは私と誠司の結婚式だ。参列者もみな名の知れた人ばかり。 私はこのような形で注目を浴びたくないし、両親が心から楽しみにしていた結婚式を台無しにするわけにもいかない。 私は誠司に頼んで、警備員を呼んでもらい、蓮をその場から連れ出すよう指示した。 この短い騒動は、私たちの結婚式にほとんど影響を与えなかった。 その後、式は順調に進み、最後のセレモニーも無事に終わった。 招待客を見送った後、私は誠司に言った。 「少しだけ時間をもらえない?さっきの件を片付けたいの。彼と話をつけるから」 誠司は私を全面的に信じ、迷うことなく頷いた。 「行っておいで。でも、気をつけて。何か困ったことがあれば、すぐに呼んで。俺はここにいるから」 その言葉と彼の表情は、なぜか私に大きな安心感を与えた。 蓮は別室に案内され、警備員が見張っていた。 私が部屋に向かうと、警備員が焦ったように訴えてきた。 「お願いです、彼を説得してください。彼は事故で大けがを負って大量に出血しています。病院に行くよう何度も言ったのですが、絶対に行こうとしません。 このままでは、出血多量で命が危険な状態です」 私は警備員に頷いて、「分かりました」と伝えた後、部屋の扉を押し開けた。 中には、蓮が顔面蒼白で座っていた。額にはびっしりと冷や汗が浮かび、その表情は苦しそうだった。 私が入ると、彼の目が輝き、笑顔が広がった。 「奈月、やっと会えた。俺と一緒に帰ろう」 その姿を見て、かつて彼を愛していた私の心が無反応でいることはできなかった。 「怪我してるじゃない。まず病院に行って。話なら後で聞くから」 だが彼は首を振り、頑なに拒んだ。 「嫌だ。一緒に帰ると約束してくれなきゃ行かない」 私は少し困ったように息をついた。 「蓮、私たちはもう別れたのよ。私はもう結婚したの。現実を受け入れて」 「嫌だ!認めない!誰がそんなこと決めたんだ!俺は別れるなんて言ってない!」 彼の言葉に、私はさらにため息をつく。 「椎名さんと結婚しようと決めたその瞬間、私たちは終わったのよ」 「蓮、私は別れを告げるメッセージを送った。それに返信がなかったということは、黙認したということじゃないの?」 蓮は焦った様子で弁解しようとする。 「そんなメッセ
あの時、私は申し訳なさと後悔で涙を止められなかった。 そんな私の涙を、蓮は優しく拭いながら、平気な笑顔で言った。 「大丈夫だよ。たかが傷だし、俺のカッコよさには全然影響しない」 それでも私の涙は止まらず、さらに大粒になった。 「痛いんじゃない?」と泣きながら尋ねると、蓮は慌てて、どうしていいか分からない様子で答えた。 「痛くない!本当に全然痛くないから、頼むから泣かないでくれよ。お願いだから……お前が泣くと、俺の全身が痛くなる……」 あの頃の彼なら、迷うことなく火の中に飛び込んで私を救い出してくれた。 でも今では、彼が命を懸けて守るのは、もう私ではなくなった。 その後、天才と呼ばれていた蓮は、家族の突然の不幸に見舞われた。 一夜にして一家離散、巨額の借金を抱え、天から地に叩き落とされたのだ。 その時、私は彼の涙を拭い、踵を上げてキスをして言った。 「私がいる。ずっと一緒にいるから」 彼のために、私は彼と同じ大学を選び、彼がいる街へ飛び、大学を卒業するとすぐに結婚した。 あの頃、蓮は心から私を愛してくれていた。 私たちはとても貧しかったけれど、本当に幸せだった。 窓すらない狭いシェアハウスに住み、毎日節約に工夫を凝らし、少しでも早く借金を返そうと二人で努力していた。 唯一の娯楽は、手をつないで街を歩くこと。お金がかからないからだ。 でも、そんな些細なことでさえ、私は幸せを感じていた。 彼と一緒にいるだけで、何もしなくても満たされていた。 ある日、彼が酔って私の手を握り、笑みを浮かべながらポケットから細いネックレスを取り出した。 それを私の首に慎重にかけながら言った。 「これ、先に着けててくれ。いつか金ができたら、もっと良いのを買ってやるよ」 その後、本当にお金ができて、もっと良いネックレスも手に入ったけれど、私が一番好きだったのは、あの細いネックレスだった。 誰もが言っていた。「蓮は君を本当に大切にしているね」と。 成功を手にした後、昔の恋人を捨てる人も多い中で、蓮はそんなことをしなかったからだ。 私もずっとそう信じていた。佳乃が現れるまでは。 私は過去の幸せに浸り続け、蓮が変わってしまった事実を信じたくなかった。 だから、彼に繰り返し傷つけられる機会を与えてし
再び蓮に手作りの食事を届けたとき、佳乃は以前と変わらない笑顔で私を出迎えた。 しかし、彼女の首に掛かるネックレスを見た瞬間、私は目を疑った。 それは、私が持っているものと全く同じデザインだった。 そのネックレスは、蓮が記念日に贈ってくれたものだ。 そのとき佳乃はこんなことを言っていたのを覚えている。 「このネックレス、本当に素敵ですね!如月社長、目の付け所がいい。高橋さんは本当に幸せな人ですね。私なんて、一生こんな綺麗なネックレスを着けることなんてないでしょうね」 その言葉を思い出すたび、心の奥がざわついた。 そして今、彼女の首にそのネックレスがある。 私が彼女の首元をじっと見つめていると、佳乃は満面の笑顔で私を見返してきた。まるで罪悪感など微塵も感じていないかのようだった。 「このネックレス……」 私が問いかけると、彼女は平然と答えた。 「如月社長がくださったものです」 その後、私は蓮に問い詰めたが、彼は「佳乃への仕事の報酬」と言い、私の疑念を一蹴した。 「思い違いだよ」と。 その一件があった後、私は忘れ物を取りに蓮のオフィスに戻った。 すると、自分が持ってきた食事がゴミ箱に捨てられているのを目撃してしまった。 その場に居合わせた佳乃は、初めて私の前で本性を露わにした。 彼女は私を嘲笑うように言った。 「高橋さん、私、パクチー嫌いなんです。次に食事を届けるときは、入れないでくださいね」 頭が真っ白になった。 蓮が私の作った食事を佳乃に渡していたなんて――その事実に打ちのめされた。 どうやってその場を離れたのか覚えていない。 ただ、その後、私は蓮とこれまでで最大の喧嘩をし、一ヶ月間冷戦状態になった。 だが最終的には、過去の思い出に縛られて、私は彼を許してしまった。 昔の蓮は本当に優しくて完璧だった。だからこそ、私は彼が私たちの関係を裏切るとは思えなかった。 蓮とは幼なじみのような間柄で、私は彼とずっと一緒にいられると信じて疑わなかった。 中学三年生の夏休み、両親が仕事の都合で遠くへ転勤することになった。 私は学業への影響を考慮され、現地に連れて行かれず、叔母の家に預けられることになった。 叔母には自分の子供たちがいて、彼女自身も忙しく、家にいることは少なか
結婚行列の車が、ホテルへと無事に到着した。 化粧直しの合間にスマホを手に取り、電源を入れると、膨大なメッセージが溢れ出した。 ほとんどが蓮からのものだった。 「奈月、電話に出てくれないか? 奈月、俺が悪かった。お願いだから戻ってきてくれ。ほかの男と結婚しないでくれ! 頼むから戻ってきてくれ!俺にはお前が必要なんだ……」 未接着信の数も多く、そのほかに佳乃からの挑発的なメッセージも届いていた。 「高橋さん、今日は私と蓮の結婚式よ。蓮はあなたが式を邪魔するのを恐れて、わざとあなたを遠ざけたの。 少しはプライドを持って、蓮と別れてちょうだい。もうしがみつかないで。 愛されていない人が第三者になるのよ。蓮があなたと別れないのは愛しているからじゃない。ただ哀れんでるだけ。 蓮はとっくにあなたを愛してなんかいない。あなたは年を取って魅力がないわ。私みたいに若くて可愛くて活力のある人と一緒にいる方が、蓮も人生の素晴らしさを感じられるのよ。あなたなんてただの疲れたおばさん。蓮はあなたのことを見るだけでうんざりするって言ってたわ」 私はそれらの挑発を読み流し、ただ幼稚だと感じた。 蓮と佳乃のいわゆる「愛情」はそれほど強固なものではないのだろう。 そうでなければ、勝者として余裕を見せるべきなのに、こんな挑発的なメッセージを送ってくるなんて、逆に不安の表れに思えた。 実際、佳乃が私を挑発してきたのはこれが初めてではなかった。 最後に私が蓮に手料理を届けたとき、彼女はもっと直接的な態度を見せていた。 蓮は起業初期の苦労で胃を壊していた。 そのため、私は彼の胃に優しい食事を工夫して作り続けていた。 佳乃が蓮の秘書になってからは、「仕事が忙しくて時間を節約するため」という名目で蓮に手料理を差し入れるようになった。 彼女はそれを全く隠すことなく、私にこう言ったものだ。 「高橋さん、如月社長とあなたには本当に感謝しています。如月社長は毎日お仕事が大変ですから、私は秘書として彼の生活をお手伝いする義務があるんです」 蓮と私は以前、偶然佳乃を助けたことがあり、彼女はその恩をいつも口にしていた。 だが、彼女の態度には少し違和感を覚えた。秘書としての立場を越えているように感じたからだ。 それを蓮に伝えたが、彼は気に
蓮は自分の目を疑い、心臓が一気に高鳴った。彼は呟くように言った。 「見間違いだ、きっとそうだ」 「俺の奈月は旅行に行ったはずだ、ここにいるわけがない」 「これは、俺が彼女を思いすぎたせいで見ている幻覚だ」 同じように驚いていたのは佳乃もだった。彼女は私を見て言葉を失っていた。 対照的に、私は彼らの動揺に冷静に応じた。余計な感情を表に出さず、手に持ったブーケをそっと佳乃に差し出した。 佳乃はようやく我に返ったようにブーケを受け取り、代わりに自分のブーケを渡してきた。 私は彼女に微笑みながら言った。 「お幸せに」 車の窓が閉まり、再び車が動き出した。 二つの結婚行列は、互いに背を向けるように全く別の方向へと進んでいく。 まるで私と蓮の関係のように、別れる運命が初めから決まっていたかのようだった。 車が遠ざかる瞬間、誰かの心を引き裂くような叫び声が聞こえた気がした。 私は反射的にその声の方を振り返ろうとした。 すると隣に座る誠司が私の目を覆うように手を伸ばしてきた。 彼は少し困ったような声で言った。 「奈月、もう決めたんだから、もう振り返っちゃダメだよ」 一瞬、私は幻聴かと思った。だが、どうして彼が困ったような声を出したのだろう? 今日は結婚式だというのに、私たちの間にはまるで見知らぬ他人同士のような距離感がある。 こんな状況で「困った」という感情が生まれるはずもない。 自分の考えが揺らいでいるだけだと理解し、私は誠司の手を静かに下ろして言った。 「安心して。私は約束を守る。縁談を受け入れた以上、後悔もしないし、約束を破るつもりもない」 それに、蓮なんて、そのために振り返る価値もない人だ。 一方、別の車の中では、蓮がどんどん焦りを募らせていた。佳乃の制止も聞かず、航空会社に電話をかけて私のフライト情報を確認した。 返ってきた答えは、「彼女は搭乗していません」というものだった。 蓮の頭は一瞬で真っ白になった。震える手で今度は旅行会社に電話をかける。 「高橋奈月を迎えに行きましたか?」 だが返答は否定だった。 それを聞いた瞬間、蓮は完全に狂気を帯びた声を上げた。 「奈月だ!さっきの車の中の花嫁は、絶対に奈月だ! 俺を騙してたんだ。彼女は旅行なんて行ってない!
薬を塗る手を止め、私は彼を見上げて尋ねた。 「私一人で行くの?君は来ないの?」 蓮はため息をつき、少し残念そうな顔をしながら答えた。 「仕事が忙しいんだ。今回は無理だけど、次は一緒に行こうな?」 でも蓮、私たちに「次」はもうないの。 私は顔を伏せ、黙々と作業を続けながら言った。 「会社の都合で休みが取れないかもしれないわ」 「心配するな。そこは俺がなんとかする」 「でも、行きたくない」と私は固辞した。 すると彼は有無を言わせない口調で言い放った。 「大丈夫だって。もう予約済みでキャンセルもできないんだ」 私は何も言わなかった。ただ心の中では冷たい波が押し寄せていた。 昨夜、半分眠りながら耳にした彼の電話の内容が頭をよぎる。 「彼女には言わないつもりだ。一日でも長く隠せるならそれでいい。 念のため、結婚式の間、旅行を組ませてどこか遠くに行かせるさ」 電話の相手がため息をついて問い詰める。 「それで?彼女をただの浮気相手にするつもりか?」 蓮は長い沈黙の後、煙草の煙を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。 「これからのことは……成り行きに任せるしかないな」 胸が痛み、押しつぶされるような気分でベッドに横たわり、涙が視界を滲ませる。 この七年間、自分がどれだけ愚かだったかと思い知る。 蓮、私は君のことを何も分かっていなかった。 愛していないのなら、どうして正直にそう言わないの? 私がしがみつくのを恐れたから? だから結婚式の間、こんな手を使って私を遠ざけようとしたの? こんなまどろっこしい方法を使わなくてもよかったのに。 でも安心して。君の望む通り、私は君の人生から完全に消えてあげる。 「飛行機の出発はいつ?」と彼に尋ねた。 「二日後だ」 私は微笑みながら答えた。「わかった。行くよ」 彼は明らかに安堵の息をつき、自然と私の頭に手を伸ばそうとした。 私はそっとかわし、彼の手から逃れる。 彼は少し驚いたように固まったが、すぐに笑顔を作って言った。 「出発前に、飯でも食おうぜ」 私は少し考えた末に、頷いた。 明日はちょうど私たちが付き合い始めて七周年になる日。 なら、きちんとお別れしよう。この関係は、その日始まり、その日終わることになるの
「誤解よ、私はそんなこと……」 言いかけた私を遮るように、彼は手を振って話を打ち切った。 「俺、まだ用事があるから。あまりこういうことして俺の気持ちを無駄にしないでくれ」 バタン、と大きな音を立ててドアが閉まる。 静まり返った部屋に、ただ私一人が取り残された。 しばらくその場に立ち尽くし、思わず自嘲の笑みがこぼれる。 蓮、私への感情がまだ少しでも残っているとして、それを無駄にするほど何かあるの? 以前の私なら、彼の誤解だけで苦しくて眠れなくなっただろう。 でも今では、すぐに気持ちを整理できるようになっていた。 母が送ってきた結婚式の準備に関する案内を確認しているとき、ふとSNSの通知が目に入った。 そこには普段めったに投稿をしない蓮の新しい投稿が表示されていた。 「こんなに素晴らしい人だから、安心するには一緒にいるしかない」 そうコメントされていた写真には、佳乃のソロショットと二人の結婚式の招待状が映っていた。投稿してから1分もしないうちに、友人がコメントを残していた。「如月、新婦がこんなに水々しく入れ替わったのか?」 蓮の投稿は1分もしないうちに削除された。だがすぐに、佳乃のページに再投稿されていた。 それを見届けた直後、蓮から電話がかかってきた。 もし昔だったら、スクリーンショットを撮り、すぐに蓮を問い詰めていただろう。 しかし、今回私は着信を無視し、何もせずそのままにした。 不思議なことに、この投稿を見ても心が痛むことはなかった。もしかすると、もう感覚が麻痺しているのかもしれない。 最初に頭に浮かんだのは、彼らの結婚式の日程が私の結婚式と同じ日だということだった。何とも皮肉な偶然だ。 蓮が帰宅したとき、私はすでにベッドに入っていた。 彼は静かにドアを開け、私の寝顔を確認しようとそっと近づいてきた。 「奈月、起きてるか?電話に出なかったけど」 背中を向けたまま、私は適当に答えた。 「うっかり寝ちゃって、気づかなかったの」 蓮は安堵したように息をつき、さらに近寄ってきて私の額に手を伸ばそうとした。 「熱はまだあるのか?」 そのとき、彼の体から漂う甘ったるい香水の匂いに気づき、胸がムカムカした。 私は反射的に身をかわし、彼の手を避けた。 蓮はその場
ここ数日、蓮はとても忙しそうだった。私の誕生日すら忘れるほどに。 でも、もうそんなことは気にならなかった。 彼は突然思い出したかのように、埋め合わせをするために私の好きなミュージカルのチケットを手配してきた。 その公演は非常に人気で、自分で取ろうとしても手に入らなかったものだ。 「チケットがあるから一緒に行こう」と誘われたとき、私は素直に頷いた。 しかし、当日になっても彼は現れなかった。 代わりに見たのは、佳乃がSNSに投稿した写真だった。 そこには2枚のチケットが写っていて、こう書かれていた。 「退屈だからコンサートに行ってきた。呼べばすぐに付き合ってくれる人がいるって最高!」 顔は写っていなかったけれど、写真の中に写る傷跡のある手を見た瞬間、誰のものか分かってしまった。 その傷は、あのとき私を救ってくれたときに蓮が負ったものだ。ふと、自分が滑稽な存在に思えてきた。 私は、外で雨に濡れながら彼に何かあったのではと心配していた。 なのに彼は、秘書とVIP席でコンサートを楽しんでいた。 冷たい雨が顔を叩くたびに、心も体も次第に冷たくなっていく。 そんな中、母からメッセージが届いた。 「結婚式の日程を2週間後に決めたけれど、急ぎすぎるようならもう少し延ばす?」 私は首を振りながら返事した。「いや、そのままでいい」 大雨で街は混乱し、交通は完全に麻痺していた。 どれだけ待ってもタクシーは捕まらない。 遅れて蓮から電話がかかってきた。 「どうして家にいないんだ?」 「劇場にいるよ」 感情を押し殺した声で答えると、彼は少し間を置いて言った。 「ああ、すまない。午後からいろいろ立て込んでいて。待ってろ、迎えに行く」 私は拒まずに待つと伝えたが、彼が来ないことも分かっていた。 案の定、次の瞬間には佳乃がまたSNSを更新していた。 「私が雨に濡れて風邪をひかないように、社長が手作りで生姜湯を作ってくれたの!料理する男って最高、嫁にしたい!」 投稿には、蓮がキッチンで料理をしている背中の写真が添えられていた。 その写真を一瞥し、私は無言でページを閉じた。 その雨で私は風邪をひき、熱を出してしまった。 「蓮に風邪をうつしたくない」という理由をつけて、客室に移った。
「お母さん、私、家が決めた縁談を受けるわ」 薄暗いリビングで、私の声はどこか乾いた響きを持っていた。 母は驚きのあまり目を見開いた。「あんた、前は嫌だって言ってたじゃない。どうして急にそんなこと決めたの?奈月、結婚は人生の大事な節目よ。縁談かどうかなんて関係ない、母さんはあんたの幸せだけを願ってるの。よく考えたほうがいいわ、感情で決めちゃだめよ」 母の言葉に、胸が締め付けられた。 「お母さん、考えたの。準備を進めて」 母は私の苦しみを察して黙り込んだが、すぐに優しい声で慰めてくれた。 「蓮君と長いこと付き合ってたのに、彼、結局は公にしようともしなかったし、家にも挨拶に来なかったじゃない。父さんと母さん、ずっと長続きしないだろうなって思ってたのよ」 母の言葉は私の心に鋭い棘を刺す。 傍から見ればこんなにも明白だったのに、私だけが分かっていなかった。 「相沢家の誠司君、あんたの父さんと私がしっかり選んだ相手だから、人柄も家柄も申し分ないわ。奈月には最高の人が必要よ」 深く息を吸い込んで答えた。「ありがとう、お母さん。お父さんとお母さんの目を信じるわ」 母はさらに続けた。「それじゃあ、二人で会う日を早めに決めようか?」 「いいえ、会わなくていいわ。直接、結婚式の準備をして」 電話を切ったそのとき、如月蓮(きさらぎれん)がいつの間にか背後に立っていた。手には小さなケーキを持っている。疑わしそうに尋ねてきた。 「結婚式って?誰が結婚する?」 それは私の結婚式。そう、私が結婚するの。 そう胸の中で呟いたものの、言葉には出さなかった。 私は冷静を装い、首を振る。「何でもない、友達の話よ」 その一言に、彼の表情が明らかに和らぐ。 胸がきゅっと締め付けられる。 さっき彼があんなに緊張していたのは、私に責められると思ったからだろうか。それとも、自分と椎名佳乃(しいなよしの)が結婚することを私が知ったと勘違いしたからだろうか。 「お前の好きなケーキ買ってきたんだ、今食べるか?」 昔、蓮は仕事帰りにいつも何か美味しいものを買ってきてくれていた。 好みでないものでも、彼が自分のために選んでくれたことが嬉しくて、幸せに感じていた。 でも今、このケーキを目の前にすると、胸の奥に冷たいものが広がるだけだ...
Komen