「お母さん、私、家が決めた縁談を受けるわ」 薄暗いリビングで、私の声はどこか乾いた響きを持っていた。 母は驚きのあまり目を見開いた。「あんた、前は嫌だって言ってたじゃない。どうして急にそんなこと決めたの?奈月、結婚は人生の大事な節目よ。縁談かどうかなんて関係ない、母さんはあんたの幸せだけを願ってるの。よく考えたほうがいいわ、感情で決めちゃだめよ」 母の言葉に、胸が締め付けられた。 「お母さん、考えたの。準備を進めて」 母は私の苦しみを察して黙り込んだが、すぐに優しい声で慰めてくれた。 「蓮君と長いこと付き合ってたのに、彼、結局は公にしようともしなかったし、家にも挨拶に来なかったじゃない。父さんと母さん、ずっと長続きしないだろうなって思ってたのよ」 母の言葉は私の心に鋭い棘を刺す。 傍から見ればこんなにも明白だったのに、私だけが分かっていなかった。 「相沢家の誠司君、あんたの父さんと私がしっかり選んだ相手だから、人柄も家柄も申し分ないわ。奈月には最高の人が必要よ」 深く息を吸い込んで答えた。「ありがとう、お母さん。お父さんとお母さんの目を信じるわ」 母はさらに続けた。「それじゃあ、二人で会う日を早めに決めようか?」 「いいえ、会わなくていいわ。直接、結婚式の準備をして」 電話を切ったそのとき、如月蓮(きさらぎれん)がいつの間にか背後に立っていた。手には小さなケーキを持っている。疑わしそうに尋ねてきた。 「結婚式って?誰が結婚する?」 それは私の結婚式。そう、私が結婚するの。 そう胸の中で呟いたものの、言葉には出さなかった。 私は冷静を装い、首を振る。「何でもない、友達の話よ」 その一言に、彼の表情が明らかに和らぐ。 胸がきゅっと締め付けられる。 さっき彼があんなに緊張していたのは、私に責められると思ったからだろうか。それとも、自分と椎名佳乃(しいなよしの)が結婚することを私が知ったと勘違いしたからだろうか。 「お前の好きなケーキ買ってきたんだ、今食べるか?」 昔、蓮は仕事帰りにいつも何か美味しいものを買ってきてくれていた。 好みでないものでも、彼が自分のために選んでくれたことが嬉しくて、幸せに感じていた。 でも今、このケーキを目の前にすると、胸の奥に冷たいものが広がるだけだ
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