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家族の裂け目:息子と偽令嬢、そして私の新たな道
家族の裂け目:息子と偽令嬢、そして私の新たな道
著者: 情の弦

第1話

私は、ニセ令嬢の代わりに政略結婚の道具として呼び戻された真の令嬢だ。

達也と結婚したその夜、彼は私の涙で腫れた目尻にキスをしながら約束した。

「美和、お前が俺に子供を産んでくれたら、家をやるよ」

その一言で、私は命懸けで裕太を産んだ。

本当に自分の家が持てるかもしれない、そう夢見ていた。

それが、数年後、ニセ令嬢が裕太の手を引いて歩いてくるのを目にするまでは。

「佳奈子おばさんが僕のお母さんだったらよかったのに!」

「僕がお母さんを追い出してあげるよ。そしたら君、僕のお母さんになってくれる?」

ニセ令嬢は大笑いし、達也もその横で微笑みながら彼らを見つめていた。

まるで、本当の家族みたいに。

......

達也は深夜になってようやく裕太を連れて家に戻ってきた。

私はソファに座りながら、時計を見た。

12時5分。

おずおずと口を開く。

「これからは、裕太をこんなに遅くまで連れ回さないで。明日も学校があるのよ」

裕太は不満げな顔をして言う。

「他のおばさんたちはそんなこと言わないよ!どうしてあなただけそんなにうるさいの?」

「私は......」

私は「私はあなたの母親だから。母親だけがそんなことを言うのよ」と言いたかった。

でも、言葉が口まで出かかったところで、ただ疲れを感じ、沈黙を選んだ。

裕太があくびをし、達也は彼を部屋へと連れて行った。

その間、達也は一度も私に目を向けなかった。

そして、そのまま自分の部屋に入り、ドアを閉めた。

私はソファに座り、目の前のテーブルに置かれた書類をじっと見つめながら考え込んだ。

もしかしたら、手放すことが一番良い選択かもしれない。

そう思い立ち、私は勇気を振り絞って、達也の部屋のドアをノックした。

「どうぞ」

彼の冷たい声が耳に響く。私は深呼吸し、手に持っていた書類をさらに強く握った。

達也は私が入ってくるのを見ると、無意識に眉をひそめた。

「何の用だ?」

彼の部屋は、女性用の香水の匂いに満ちていた。

それは、ソファにかけられた彼のスーツから漂う香りだ。

それは――

前田佳奈子――私の「妹」が好んで使っている香水の香り。

「達也、私、離婚したい」

ついに、私は口に出した。

胸に積もっていた重しが、少し軽くなった気がした。

私は離婚届を彼に差し出した。

「私は何もいらない。裕太の親権も、あなたのお母さんが反対するだろうから、あなたに任せる。ただ、私を解放してほしい」

達也は、私が予想していたように激怒することはなく、ただ冷静に言葉を発した。

「いいだろう、美和」

「この離婚届にサインしたら、後で後悔しないでくれよ」

「もう二度と、どんなにお前が頼んでも、俺はお前に手を貸すことはないからな」

私は頷いた。

「分かった。一言一句、その通りに」

彼は驚くほど早く離婚に同意した。

そして、書類にサインするのもあっという間だった。

きっと、彼の心の中でも、この離婚のことはずっと前から考えていたのだろう。

書類にサインを終えると、彼はそれを私に渡した。

「役所にはいつ行く?」

私は尋ねた。

彼はカレンダーを見て言った。

「明後日だな。明後日は何もない」

「分かった」

ドアを出ようとしたその時、達也の声が背後から聞こえてきた。

「もう二度と息子には会いに来なくていい。俺が彼をしっかり育てる」

「分かった」私は強く答えた。「もう戻ってこない」

そうだ。

私は今までこんなに何も考えずに生きてきた。

この家が本当に私のものになる日が来ると、幻想まで抱いていた。

けれど今、その夢は終わった。

今度こそ、彼らが私を捨てるのではなく、私が彼らを捨てるのだ。

藤原家に残してきた私物は少ない。簡単に荷物をまとめた。

家を出るまで、達也は一度も部屋から出てこなかった。

私はスーツケースを引いてタクシーに乗り、前田家の別荘に向かった。玄関前で躊躇したが、最終的にはインターホンを押した。

ドアを開けたのは田中さんだった。

彼女は私を見ると、一瞬、表情が硬くなった。

そして、複雑な顔をしながら言った。

「奥様、美和様がお戻りになりました」

「入りなさい」

玄関に入ると、佳奈子が笑顔で迎えてきた。

「お姉さん、どうしたの?どうして戻ってきたの?」

彼女は私のスーツケースを持とうとしたが、田中さんがそれを制止した。

田中さんは、甘えるような口調で言った。

「お嬢様、こんなことは私にお任せください」

「いいのよ、田中さん。姉さんが家に戻ってきたんだから、ちゃんと話をしたいの」

佳奈子は、まるで太陽のような存在で、自然とみんなを彼女の周りに引き寄せる。

ちょうどその時、前田家の主であり、私の母親である木村美月が、2階からゆっくりと降りてきた。

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