彼は音声メッセージではなく、文字で送ってきた。 まるで私が何も見えないことを忘れたかのように。 私は電車の中で見知らぬ人にお願いして、それを読んでもらった。 「いい加減にしろ、ここまで一緒にやってきたのに、そんなことでどうするんだ?」 「もうすぐ結婚式だろう。騒ぎたいなら、式が終わってからにしてくれ」 私は返信しなかった。彼はまた苛立っているようで、感嘆符がいくつも続いていた。 「親戚や友人が大勢来るんだ。お前、本気で俺の顔を潰すつもりか?!」 私は思わず鼻で笑ってしまった。 佐藤舟也は、私が「別れる」と言ったことを全く本気にしていなかったのだ。 まるで、私が彼を絶対に離れないと信じているかのようだった。 まあ、盲目の私が、彼なしでどうやって生きていくのかって思っていたんだろう。 私は「ありがとう」と言いながら、手探りでメッセージを打った。 【行くよ】 彼の得意げな表情が目に浮かぶようだっだ。 きっと、またこの盲目の女が簡単に騙されたと思っているに違いない。
結婚式の準備は順調に進んでいった。 結婚式の会社からどんな花を使うかと聞かれたときも、私は迷いなく答えた。 「黄色いバラにしましょう。あれは田中彩香の一番好きな花だから」 業者たちは田中彩香が誰なのか知らず、ただ曖昧に返事をしていた。 姉の話では、結婚式当日、黄色いバラを見た田中彩香は満面の笑みだったという。 彼女は幸せそうに佐藤舟也に言った。 「舟也、やっぱりあなたは私を愛してくれているのね。 彼女と形式的に結婚して、他人に見栄を張ったら、数年後に離婚すればいいのよ。私はずっと待っているから」 佐藤舟也は微笑みながら、入口の方を見ていた。結婚式の開始時間が近づいているのに、私は姿を見せなかった。 彼の顔には次第に焦りの色が浮かび、やがて電話をかけまくり始めた。 しかし、私は彼をブロックしていたのだ。 次々に人々が彼を祝っていた。 「佐藤さんの視力回復は、奥様の支えがあったからですね。お二人は本当にお似合いです」 「会社を大きくしながらも、昔からの妻を大事にしているなんて、さすがです」 そんな賞賛の声に包まれる中、彼は次第に冷静さを失い、苛立ちが爆発した。 彼は姉を見つけ、詰め寄って言った。 「野村絹子はどこだ?!お前たち野村家が彼女を隠しているんだろう!」 彼の顔は怒りで真っ赤になり、姉の話では、彼が八桁の契約を逃しても、こんなに取り乱したことはなかったという。 私はそれを聞いて、すごくすっきりした。 姉は彼の焦りを楽しみながら、わざと驚いたふりをして言った。 「絹子?彼女と別れたんじゃなかったの? 今日はあなたと田中彩香の結婚式だと思っていたわ。部屋中の黄色いバラ、彼女の一番好きな花だろう?」
その場は一瞬で騒然となった。 佐藤父も駆け寄り、彼を激しく叩いた。 「これはどういうことだ!」 佐藤母も怒鳴った。 「佐藤家は絹子しか認めないのに、この女を家に入れるわけがない!」 観客たちがざわつき始めた。 「これって、正妻を愛人にすり替えたってこと?」 「彼が情に厚い男だと思っていたのに、結局女に騙されたのか」 「野村家の娘さんは彼のために目が見えなくなったのに、なんてことだ!」 晴れやかなはずの結婚式は、佐藤舟也の糾弾会へと変わり、彼の顔色はみるみる青ざめ、やがて恐怖の表情を浮かべた。 追い詰められた彼は、焦りから怒りに転じ、姉の携帯を奪い取って部屋に駆け込み、私の電話をかけた。 彼は低い声で問い詰めた。「野村絹子、何を企んでいるんだ?」 「これが君の復讐か?」 彼は歯を食いしばり、息を荒げていたが、やがて静かになっていった。 最後に、彼は深呼吸をして決意したかのように言った。 「もういいだろう、謝るから、戻ってきてくれ。 この結婚式を中止にしたら、佐藤家の名誉が台無しになる! 家出したり、襲われただのと言ったり、今度は結婚式から逃げ出して、もう騒ぎすぎだ!」 「バン!」と音を立てて、姉が突然ドアを開けた。 彼女は怒りで目を真っ赤にしながら、彼の手から携帯を奪い取り、床に叩きつけた。 そして彼の鼻先に指を突きつけて激しく罵った。 「佐藤舟也、あんた本当最低だね。 絹子があの夜、本当に襲われたんだってこと、知らなかったのか?!」 彼はその場で固まり、顔色を失い、しばらく沈黙していた。
警察に通報した後、姉はその夜の監視カメラ映像を手に入れた。 映像はずっと彼女のスマホに保存されていた。そして今、その映像を取り出し、佐藤舟也の目の前に突き付けた。 佐藤舟也はスマホを持つ手が震え出し、ついには立っていられなくなって、その場に崩れ落ちた。顔には不安の色が浮かんでいた。 「どうしてこんなことに……別荘地は安全なはずなのに、どうして……」 彼は顔を上げて、必死に姉の服を掴み、焦った様子で聞いた。 「絹子は今どうしてる?」 姉は彼の手を振り払って、淡々と答えた。 「もうあなたには関係ないわ!」 「彼女は今どこにいる?迎えに行く——」 佐藤舟也は突然立ち上がり、焦りの表情で外に飛び出そうとした。だがその時、会場内が急に騒がしくなった。悲鳴が次々と上がった。 「誰かが倒れた!」 佐藤舟也は私のことを気にかける暇もなく、飛び出していった。なぜなら、倒れたのは田中彩香からだ。
その後、姉が結婚式の一部始終を私に話してくれた時、私はしばらく沈黙していた。 姉は私に尋ねた。 「どうしたの、まだ心残りがあるの?きっとまだ気持ちの整理がついてないのね」 「もう十分だよ」 そう答えた後、私はその夜のうちに飛行機のチケットを買い、帰宅した。 行く場所がなかったので、姉の家にしばらく滞在することに決めた。 まさか、佐藤舟也が玄関で私を待っているとは思いもしなかった。 彼の香水の匂いが漂ってきて、私は反射的に鼻をつまんだ。 その香りは、田中彩香が帰国してから佐藤舟也がつけるようになったものだ。 彼は一歩近づき、私を抱きしめようとしたが、私は彼を強く壁に押しつけるまで必死にもがいた。 「どうかしてるんじゃない?佐藤舟也、私たちはもう別れたんだ。」 佐藤舟也は呼吸が乱れて、少し気まずそうに前に進み、私の手を握り、小声で慎重に言った。 「絹子、もうやめよう。 あのことは……俺が悪かった。君を一人で外に残しておくべきじゃなかった。 結婚式はもう一度計画した。来月、同じ日に盛大な式を挙げるよ。どうだい?」 佐藤舟也がこんな風に慎重に私に話すのは、久しぶりだった。 でも、今の私にとってそれはただ滑稽に思えるだけだった。 なんて滑稽な話だろう。 もう私は彼を必要としていないのに、今さら彼は必死に私とやり直そうとしているなんて。
私の返事は、まるで佐藤舟也の顔に一発ビンタをしたようなものだった。 彼は一瞬、呆然としたが、すぐに激怒した。 彼も手を上げ、私を打とうとした。 「野村絹子、いい加減にしろ!」と怒鳴りつけた。 見たか、彼のプライドはこんな風にしか表せないんだ。 私は思った。もし佐藤家からの圧力がなかったら、彼は自分の体面のためでなければ、私を探しに来ることなんてなかっただろう。 この「結婚式」だって、新婦を田中彩香にすり替えるだけだったはずだ。 私は手を上げて彼の動きを制止した。 その時、姉がドアを開けて私を中に引き入れた。 私が何も言わないでいると、彼は息を整えながら突然口を開いた。 一言一言、はっきりと言った。 「野村絹子、よく考えてみろ。 あの夜、君を一人で外に残したのは確かに俺が悪かったが、君が受けたことは結局、大きな実害にはなっていないだろう。 こうして俺が来て、お前に道を示してやってるんだ。これで十分、野村家に面子を立ててやっているんだぞ。 もしこの道を降りないなら、もう二度とこんな機会はないからな」 私は怒りで体が震えていた。 かつて私は、彼が少しでも悔やんでくれるなら、この数年を「犬に噛まれた」と思って、不毛な人に時間や人生を無駄にすることはやめようと考えていた。 だが、彼にはそれが一切なかった。 最初から最後まで、彼はただ上から目線で私を責め、施しを与える態度だった。 彼は、私が一生彼から離れられないと信じていた。 それはただ、私が彼に依存していたからだ。 姉は怒りで彼の頭にスリッパを投げつけ、叫んだ。 「出て行け!」 しかし、私は彼の名前を呼び止めた。 彼は思わず喜びの色を浮かべ、喜びを隠しきれない声で言った。 「どうした、考え直したのか?」 私は無表情で虚空を見つめながら、一言一言噛み締めるように言った。 「佐藤舟也、お前って本当に……知らない人みたいだ。まるで今まで一度もお前をちゃんと知ったことがなかったようだ」 言葉を慎重に選んでいたつもりだったが、これまでの数年を思い返すうちに、感情が溢れ出した。 私は口を押さえ、乾いた嗚咽を漏らし、青ざめた顔で言った。 「佐藤舟也、お前がここに立っているだけで、吐き気がする」 佐藤舟也は一瞬、呼吸が
二日後、佐藤舟也から特別に送られた結婚式の招待状が届いた。 招待状の新郎は依然として彼だったが、新婦は田中彩香に変わっていた。 さらに彼から歪んだ満足感を含んだ音声メッセージが届いた。 「野村絹子、俺はお前じゃなければダメってわけじゃない。 俺が望めば、たくさんの女が俺と結婚したがるんだよ」 姉がドアを開けて入ってきて、顔色がとても悪かった。 「あの田中彩香、小賢しい女が、絹子が先に浮気したって言いふらしてるわよ!」 彼女は深く息を吸い込み、私に謝った。 「あの日、あの映像を佐藤舟也に見せるべきじゃなかった。 このクズ男とクズ女、どうにかしてその映像を手に入れて、今度は逆に君が外で男と関係を持って佐藤舟也を裏切ったと言っている。それで婚約が破棄されたってさ……」 姉はテーブルの上の物を全て払い落とし、怒りに震えていた。 「今じゃ、佐藤家の父も母もみんな佐藤舟也の味方よ、まるで絹子が悪いかのように思ってるわ!」 私はスマホを手に取りながら、冷静に言った。 「もし私の推測が正しければ、みんなが言っているのは、あの佐藤舟也の事故も私のせいだと、そうでしょう?」 「なんで分かるの……」 姉は驚いて言葉を失った。 「私もその噂がどこから出てきたのか分からないけど、確かにこういう噂が出てきたわ……」 姉は苦々しい表情で続けた。 「最近、私たちは佐藤家との取引をいくつもキャンセルしたけど、その結果、彼らの計画をかなり乱したわ。結婚式の件でも彼らはたくさんの契約を失った。でもこういう噂が広まってから……」 私は突然尋ねた。 「佐藤瑠音の連絡先を知ってる?」 姉は驚きながら言った。 「佐藤瑠音に何の用があるの? 佐藤家があの大きな家業を佐藤舟也に譲ってから、彼女は世界中を旅行していて、もう家のことに関わっていないわよ」 「知ってる」私は言った。 「当時、もし私が佐藤舟也を助けなかったら、きっと今の佐藤社長は彼女だ」
佐藤舟也が失明した後、莫大な家業を他の男性に継がせることは考えられなかった。 佐藤の両親はどうしようもなく、自分たちの娘、佐藤瑠音に家業を引き継がせることにした。 しかし、彼女はその期待を裏切らず、男性以上に優れた成果を上げた。 いくつもの億単位のプロジェクトを成功させ、佐藤家の企業を見事に上場させたのだ。 私が佐藤舟也に角膜を提供すると知った時、彼女は心配するどころか、誇り高くこう言った。 「実力で勝負よ。彼が私より上手くやれるなら、佐藤家を彼に譲っても構わないわ」 彼女は姉と親友だったので、心配していたのは私のことだった。「絹子、正直、君が傷つかないか心配なの」 しかし、あの頃の私は恋に盲目で、何も気にせず、迷わずに決断した。 私たちは誰一人として、佐藤家の両親が性別にそこまでこだわるとは思わなかった。 佐藤舟也が回復すると、彼はすぐに瑠音のすべての権限を奪い取った。 彼女は抵抗したが、結局、佐藤家の長年の威圧感と舟也の汚い手段には打ち勝てなかった。 彼女は事を荒立てることなく、最終的には自分の持つ株と配当を持って、世界中を旅する決断をしたのだ。 姉はやはり佐藤瑠音の最新の連絡先を持っていた。 その夜、私は彼女と連絡を取り、長いメールを送った。 翌日、佐藤瑠音は迷わず、最も早い便で帰国した。 その決断力は昔からずっと揺るがなかった。