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第3話

夜中、ようやく夏悠を寝かしつけた見南は、全身に嫌な匂いをまとい、私の隣に横たわった。

私は彼に背を向け、ただ一刻も早く眠りにつきたかった。今日のことについて彼と口論する気力などなかった。

しかし、彼は私を放っておこうとはしなかった。

「皐月、君が悠ちゃんが家に来るのを嫌がっているのはわかってる。でも、俺は彼女にしばらく泊まっていいって約束したんだ。安心て、長くはない。今の彼女は本当に弱っていて、誰かの世話が必要なんだ」

私は声を抑えて、「好きにすれば」とだけ答えた。

次の瞬間、彼の手が私の腰に回され、重く撫でられるのを感じた。彼の呼吸がだんだんと荒くなる。

その瞬間、私の頭の中で何かが弾けた。十年も愛してきた男が、とうとうこの瞬間に完全に崩れ落ちたように感じた。

「見南、私が妊娠していること、覚えてる?」

私の声は冷たかった。それを聞いた彼はしばらく黙り込んだ後、手を引き、背を向けて私との間に深い溝を作った。

「うん、休もう」

私は目を開け、風に揺れるカーテンをじっと見つめた。新居を買った時、彼が私を抱きしめ、涙をこえながら喜んでいた姿が頭の中に浮かべていた。

「皐月、やっと俺たちの家ができたんだな」

その時の彼は、間違いなく私を愛していたし、心のすべてが私で満たされていたと信じていた。

でも、一体いつからこんな風になってしまったんだ。

それは夏悠が離婚してからなのか、それとも私が仕事を辞めた後なのか…

頭が混乱し、重たい瞼を支えきれずに、私は深い眠りに落ちた。

夢の中、見南は少し離れた場所で手を振っていた。けれど、私が近づこうとすると、彼は身を翻して去ってしまった。

夢の中の私は、幸せを掴もうと必死に追いかけていた。

霧の中に入ったところで、夢は途切れた。

私は耳元で響く悲鳴で目を覚ました。

振り返ると、扉が開け放たれ、見南が焦った背中を見せていた。

夏悠は花粉アレルギーを起こしていたのだ。

私は二日前に小部屋に飾ったバラを片付け忘れたから、彼女のアレルギーを起こしてしまった。

見南が夏悠を背負い、エレベーターに駆け込む姿を見送った。エレベーターの扉が閉まる直前、彼の顔が半ば開いた口元と緊張でしかめた眉で埋め尽くされているのが見えた。

私が妊娠を告げた時ですら、彼はこんなに動揺していなかったのに。

私は扉を閉めようとしたが、角に投げ捨てられた白いバラが目に入った。バラの根元にはまだ水滴が垂れていた。

花は咲き始めたばかりだったのに、これでその美しい生涯は終わってしまったのだ。

あるいは、摘まれたその日からこの運命は決まっていたのかもしれない。

まるで私のように。

私は部屋中に散らばった水たまりや、リビングに落ちたバラの花びらを片付け、袋に詰めてマンションの外に捨てに行った。

エレベーターで隣の住人に子供を学校に送り届ける途中の親子に出くわした。

「お姉ちゃん、昨日お兄ちゃんが彼女を連れて帰ってきたの」

その言葉に、私は顔が真っ青になった。

周りの人は皆、見南と夏悠の関係がおかしいと気づいていたのに、私は自分自身を欺いていた。

私はずっと自分に言い聞かせていた。見南が何をしても、私は彼を庇ってきた。

でも、結局のところ、こうした私の寛容さこそが、彼に「どんなことをしても、私は離れない」という安心感を与え、私を傷つけたのだ。

隣の女性は、私の顔色が悪いのを見て、慌てて子供の口を塞ぎ、何度も謝った。

私は首を横に振り、疲れ果てた体を引きずりながらエレベーターを降りた。

遠くには、朝日が昇り、空を淡い紅色に染めていた。

私は思った。

そろそろ自分の人生をやり直す時が来たのだと。

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