離婚して半年、元夫が突然SNSでトレンド入りしていた。 その理由は……「今の奥さんが飛び降り自殺した」から。 しかも、自殺する時に握りしめていたのは、長々とした98ページの「家訓」のプリントアウト。 飛び降りた理由? 「割引で1本200円になっていた醤油を買えなかったから」だそうだ。 そして記者が押し寄せてきた。 「この家訓、暗記してました?」
View More私はかつて知仁に尋ねたことがある。 「どうして私が子供を持たないって言い張るのか、気にならない?」 彼は面倒くさそうに私を一蹴した。 「お前はいつもそうやってうるさいんだよ」 だから、あの検査結果の紙はずっと彼に見せることなく、今回の引っ越しでも一緒に持ってきた。 事実を知っているのは私だけだ。 知仁には、そもそも生殖能力がないということを。 当時、私も彼と幸せな気持ちで結婚式の準備をしていた。 そして検査を受け、結果を受け取ったのも私一人だった。 報告書を渡してくれた年配の医師は、私を気遣ってこう言った。 「完全に不可能というわけではありませんよ。医学が進歩すれば……」 「大丈夫です、先生」 私はその薄い紙を手に、無理やり笑顔を作った。 「私たち、子供を持たない生活を選ぶことにしたので」 家に帰ると、私は知仁に事実を隠すための嘘をついた。 「ねえ、知仁。私、子供を産むのがちょっと怖いの。 だから、子供を持たない生活にしない?」 その時の彼は、まだ優しくて誠実で、私を愛していた。 彼は小さくため息をつくと、そっと私の頭を撫でてくれた。 「南が一番大切な宝物だからね。 生みたくないなら、それでいいんだよ」 その夜、彼は一晩中寝返りを打ち続けていた。 私は隣で聞こえるマットレスの軋む音に耳を澄ませながら、布団の端を噛みしめて、こっそり泣いた。 翌朝、私は彼が義母に電話をする声を聞いた。 「母さん、俺と南で話し合ったんだ。 子供は作らないことにしたよ」 その時の愛の証明――それが、今や最も鋭い刃となった。 そして私は、あの紙を持ってその刃を義母の心臓に突き刺しに行くことを決めた。 私は一人で知仁の家を訪ねた。 彼がドアを開けると、子供を抱いたまま嬉しそうに声を上げた。 「南!」 私は彼の腕の中の子供を覗き込む。 小さなブランケットをそっとめくり、子供の顔を見て言った。 「本当に可愛い子ね」 私は軽く鼻歌を歌いながら、子供をあやす。 赤ちゃんはけたけたと笑った。 それから私は目を細め、知仁に視線を向けた。 「でも……この子、あまりあなたに似てないね。 まあ、そうよね。あなたに似てたらおかしいもの」 彼は困惑した表情を浮か
その紙を拾い上げた通行人が目にしたのは、表紙に踊る五つの異様な文字だった。 その字体は歪み、捻じれ、まるで見る者を食らおうとするかのように禍々しい。 「星川家家訓」 それから約30分後。 茜が設定していた予約投稿がSNSでトレンド1位を記録する。 彼女は自ら命を絶つ前に、あの「98ページの星川家家訓」を1ページずつスキャンし、すべてをSNSに投稿していたのだ。 その内容は、あまりにも衝撃的だった。 冒頭にはこう書かれていた。 「星川家の新たな女主人として、以下の規定を厳守すること」 【1.厨房での心得 男、厨房に近寄らず。 星川家の男は厨房に入るべからず。 全ての食事は嫁が一人で用意すること。 食事の栄養は重要。 3人での食事では最低でも6品を提供すること。 上記を守れなかった場合。 嫁は食卓に座る資格なし】 【2.外出の心得 星川家は環境保護を推奨し、倹約を重視する。 距離が3キロ以内の外出は徒歩で行うこと。 3キロ以上5キロ未満の場合 前日に車の使用申請を行うこと。申請が遅れた場合、車は使用不可】 【3.客人を迎える際の心得……】 こうした非常識なルールが延々と続いていた。 だが、最も衝撃的だったのは、茜が命を絶つ原因となった出来事だった。 茜が赤ちゃんに授乳している時、義母が親戚一同を引き連れ「観覧」にやってきた。 茜は当然この異常な状況に困惑し、激怒し、義母と夜通し口論になったという。 そのせいで、茜は早朝のタイムセールで「1本200円の醤油」を買い逃してしまった。 義母はそれを責め立てた。 「お前は作物の育たない不毛な田んぼだ!この屈強な『牛』である息子を無駄にしている! それだけじゃない。節約もできない無駄な女だ。たかが醤油一つもまともに買えないとは!」 そして、義母はこう付け加えた。 「前妻の方がまだマシだった!」 「少なくとも彼女は稼げたんだから!」 ……は? その「前妻」って私のことじゃないの? 茜の投稿に登場した「前妻」という言葉を見て、私は目の端が跳ねるのを感じた。 予想通り、コメント欄では「前妻」の話題が火を噴いていた。 【こいつに前妻がいたのか!】 【気になる、前妻ってどんな人だ?】
家は放棄した。 あの家の頭金は、義母が自分の貯金をはたいて用意してくれたものだった。 残りの分割払いは、知仁が責任を持って支払うと約束した。 その日、義母はまるで神様を迎えるように茜を家に迎え入れていた。 茜は変わらずすっぴんで、どこかおどおどした様子を装っていた。 私を見ると、ぎこちない笑みを浮かべながら口を開く。 「な、南さん……」 私は軽く頷くだけで返し、段ボール箱を抱えたまま家を出た。 数歩進んだところで、なぜか後ろを振り返りたくなった。 茜を見やると、ちょうど彼女と目が合った。 私の背中を見つめていた茜の顔は、先ほどとは全く違うものだった。 彼女は眉を上げ、勝ち誇った笑みを浮かべ、その瞳にはあからさまな嘲笑と優越感が宿っていた。 私が振り返ったのを見て、茜は一瞬慌てたようだったが、すぐにまたあの猫を被ったような控えめな表情に戻った。 むしろ私は、彼女があの強気な顔を見せてくれた方が好ましかった。 少なくとも、それが彼女の本性だということに納得できるから。 箱を抱えたままガレージの出口で立ち尽くしていると、待ち合わせたトラックの運転手が小型貨物車でやって来た。 その時、不意に懐かしい声が聞こえた。 「南、やっぱり君だったんだな」 振り返ると、その声の主は高校時代の三年間、私の隣の席だった加賀陽太(かが ようた)だった。 「君もここに住んでたのか?」 彼はそう言いながら笑う。 ラフなシャツにデニム姿で、気の抜けた笑顔は昔と変わらない。 彼の視線が足元の箱に向かう。 「引っ越し? 離婚したんだ。だから新しい家に移る」 彼の目が揺れた。 懐かしさに寂しさが混じっているようで、それだけではない何かも感じられた。 「手伝おうか?」 一瞬、断ろうとしたが、そのタイミングで運転手がクラクションを鳴らしながらガレージに突っ込んできた。 「おおっ!こんなに荷物があるのか!」 「イケメン兄ちゃん、手伝ってやれよ!」 結局、彼と一緒にトラックの荷台に座った。 言葉もなく、しばらく黙ったままだった。 ようやく陽太が、ためらいがちに口を開いた。 「どうして?」 私は軽く肩をすくめた。 「愛がなくなった。それだけ」 あの薄汚れた神像や、生々
私は思わず笑いそうになった。 「ねえ、知仁。どうして私が結婚前に『子供はいらない』って言ったか、分かる?」 彼は眉をひそめ、困惑した顔で私を見る。 「南、話をしたいなら、昔のことを引っ張り出すのはやめろ」 まあいい。 いずれ真実を知るときに、私がこう言ったことを忘れないでいてほしいものだ。 「知仁、私は警察にも通報しないし、大事にもしたくない。 でも、真実を教えて」 彼の言葉から、義母の病気が本当であることは分かった。 そして、義母が孫を欲しがっていたのも事実だった。 彼女は死期が近づくにつれ、ふと思ったのだという。 「どれだけお金を稼いでも意味がない。 泣いたり笑ったりする孫を腕に抱く幸せには敵わない」と。 「母さんは、もう治ったとしても長く生きられないんだ。 せめて孫を抱いてみたいって、それだけなんだよ」 知仁が以前、何度か子供の話題を私に振ったことがあった。 あのときは雑談だと思っていたが、今思えば全てが「探り」だったのだ。 そして私が明確に「産まない」と答えたとき、彼はその矛先を茜に向けた。 彼は茜にこう話したという。 「息子を産んでくれたら、妻とは離婚する」 「でも、どうしてこんなことをする必要があったの?」 私が問い詰めると、知仁は目を伏せたままぽつりと言った。 「……子供は女の子だった」 その一言に、私はしばらく呆然としたままだった。 やっと意味を理解した。 彼も信じていたのだ――「あの神様」が娘を息子に変えてくれると。 そのためには私の命を犠牲にすることすら厭わなかった。 いや、それどころか…… 私を殺せば、財産を分け合う必要もなくなるし、生命保険の莫大な保険金も手に入る。 それは、病に侵された義母のため、新しい妻のため、そして何より、生まれてくる息子のため。 「親の愛情とは、こうも恐ろしいものなのね」 私はそう呟きながら、彼の目の前で腕輪を床に叩きつけた。 翡翠の腕輪は甲高い音を立てて粉々に砕け散る。 その音を聞きつけた義母が慌てて飛び出してきたが、私の険しい表情を見て怯えたのか、そのまま部屋に戻っていった。 最終的に、知仁は「何も持たずに家を出る」という条件を飲み、私はこの一件をなかったことにした。 離婚届に
家に帰ると、私はベッドサイドの引き出しを開けて、古いスマホを取り出した。 このスマホの存在は、知仁も義母も知らない。 実はあの夜、もう一つ保険をかけておいたのだ。 供物の山――果物や菓子の後ろに、このスマホをこっそり仕込んで、録画を続けさせておいた。 知仁と義母が目を離した隙に回収したが、その映像は一度も見ていなかった。 私は彼らの話を完全に信じていたからだ。 深く息を吸い込み、意を決してスマホの録画を再生する。 最初のうちは特に何も映っていない、無意味な映像ばかりだった。 だが、画面に知仁が生肉を抱えて現れると、様子が一変する。 彼の声が聞こえた。 「どうか、茜のお腹の子を男の子にしてください」 茜――茜って誰だ? なぜ、彼女の子供のために祈る必要がある? 頭の中がぐるぐると回る中で、ある記憶が蘇った。 荒川茜(あらかわ あかね)は去年、知仁の会社にインターンとして来ていた大学生だ。 最初、知仁は彼女のことをしょっちゅう愚痴っていた。 「まるで豚みたいにぼんやりしてる。 何もできない、大学で何を学んできたんだ? コーヒー一つ買うのにも失敗するんだぞ。 まったく、荒川は……」 私がある日軽く返した。 「そんなにダメならクビにすれば?」 すると、それまで饒舌だった知仁がピタリと黙った。 その後、茜が他の女性社員と一緒にプロジェクトを担当することになった。 茜は入札書類の作成を任されたが、その女性社員が間違った資料を渡してしまったらしい。 茜はその間違った資料を元に、細かく確認しながら入札書類を完成させた。 だが、結果はひどい有様だと言われ、評価基準をまったく満たしていないと批判された。 上層部は茜を解雇しようとしたが、知仁は「彼女はそんなに注意力のない人間じゃない」と擁護した。 彼の強い主張で調査が行われ、原因は最初に渡された資料のミスだと判明した。 その後、茜は感謝の気持ちを伝えるために、手土産を持って知仁に直接お礼をしに来た。 私の記憶では、茜はすっぴんで、厚手の黒いダウンジャケットを着た目立たない女の子だった。 茜は「ぜひ食事をご一緒させてください」と言い、私たちは三人でレストランに行った。 その時、知仁が料理を注文しながら、何気なく言
私はそっとベッドから抜け出し、つま先立ちで部屋の扉を押し開けた。 すると、強烈な血の匂いが鼻を突き、思わず後ずさりしそうになる。 リビングの中央には、ピンク色の生の豚肉が盆に山盛りにされていた。 知仁はその中から肉の一塊を手に取り、目を閉じて神妙な面持ちで神棚に向かい何かを祈っている。 その横には義母が立っていて、静かにその様子を見つめていた。 彼女の目は、狂気じみた感動に輝いている。 遠目では知仁が何を言っているのか分からなかった。 ただ、彼が祈り終えた後、ポケットから小さなナイフを取り出すのが見えた。 そして、ためらいなく自分の腕をスッと切りつけた。 血が傷口から溢れ出し、その血を一滴一滴、生の豚肉に塗りつけていく。 そうして血塗られた豚肉を神棚に供えると、義母が一歩近づき、彼をぎゅっと抱きしめた。 知仁は彼女の背中を軽く叩きながら、何か慰めるような言葉をかけているようだった。 だが、彼が顔を上げ、私と目が合った瞬間、異様な光景はさらに際立った。 その時の彼の目―― それは紛れもない、抑えきれない「殺意」だった。 でも、すぐにその表情は消え去り、代わりに心配そうな顔を浮かべて、義母を押しのけるようにこちらに駆け寄ってきた。 「どうしたんだ、また悪い夢でも見たのか?」 歯の根が合わないほど震えながら、私はリビングの血塗れの豚肉を指差した。 「これ……一体何をしてるの? どんな神様が……こんな供物を必要とするの?」 知仁は私の視線を追い、その先をじっと見つめた後、深いため息をついた。 「隠しておくつもりだったけど、もう無理だな」 彼は静かに真相を語り始めた。 義母が病気を患っているという。 それも、膵臓がんの末期で、医者からは既に余命を宣告されている状態だ。 「母さんは最後に、家族と一緒に過ごしたいって言って、この家に来たんだ。 でも、地元を離れる直前、あの神様への祈りで奇跡を起こせるって方法を知ったんだ。 さっき見たろ?俺が肉を切って血を塗ったの。 近親者の血は、神様をより強く感動させるんだ」 彼の説明を聞いて、私は納得してしまった。 それどころか、義母に対して今まで抱いていた反感や嫌悪が、急に申し訳なさへと変わっていく。 もうすぐ死んでしま
私の悲鳴で驚いたのは夫だけじゃなかった。 義母が、あの大きな体からは想像もつかない素早さで動き、知仁の「母さん!」という声と同時に、私の頬を平手で叩いた。 乾いた音が響く。 私はその場で顔を押さえ、呆然と立ち尽くした。 義母は落ちた線香を丁寧に拾い上げ、一本ずつ念入りに確認する。 折れていないことを確かめると、安堵の息をついて、それを香炉に戻した。 「南」 振り返った義母が私をじっと見つめる。 その目―― 瞳孔が細長く、濁った黄色を帯びているように見えたのは気のせいだったのだろうか。 猫の目みたいに、ぎらついた視線が私を射抜く。 「これからは気を付けるのよ。 神様が怒るから」 その一件のせいで、翌日もずっと落ち着かないまま仕事に向かった。 あの神像が気になって、ネットでいろいろ調べてみた。 正統派の神から怪しげな神、さらには廃れた祠の神様まで…… でも、どこにも義母が持ち込んだあの奇妙な像と一致するものは見つからなかった。 精神的に疲れていた私は、この日、車ではなく電車を選ぶことにした。 地下鉄の駅前で、盲目らしい年老いた男が小さな屋台を広げていた。 その台には「六爻」「水碗占い」といった聞き慣れない言葉が真っ赤な文字でびっしりと書かれている。 血のように濃いその色が、何とも言えない不気味さを漂わせていた。 嫌な予感を覚えた私は、足早にその場を通り過ぎようとした。 だけどその瞬間、男の声が私を呼び止めた。 「お嬢さん、額に黒い影が出ている。大きな厄災が近づいてるよ」 普段の私なら、そんな言葉を聞いても詐欺師扱いして終わりだっただろう。 でも、今日は違った。 今の私は、藁にもすがりたかったのだ。 何か言おうと口を開きかけたその時、通りすがりの短髪の兄ちゃんが鼻で笑った。 「今どき額が黒いだなんて、そんな古臭い手口まだ使うんだな」 そう言いながら、兄ちゃんは私の肩を引いて助言してくれる。 「姉ちゃん、パソコンの見すぎだよ。額に血を一滴たらして、揉んでりゃ治るって!」 言葉の端々は荒っぽいけれど、確かに理屈は現実的だ。 私は迷いながら、もう一歩足を進めようとした。 その時、盲目の老人が私の手に何かを押し付けた。 「これを持っていけ!絶対に
結婚前、私は夫と「子供を作らない生活」をするって決めていた。 だけど、それが今揺らぎ始めてる。 年末が近づいた頃、夫の母親が一人で家にやってきた。 最初は何も問題なかった。家事もテキパキこなしてくれて、口うるさいけどそこまで気になる感じでもなかったし。 でも最近になって、「子供を作らないつもりだ」って知ってるはずなのに、あれこれ遠回しに言ってくるようになった。 その日、仕事帰りにスーパーでフルーツコーンを買った。 家に帰って、それを「茹でてもらおう」と渡したら、みんなで食べることに。 そのコーンは甘くて、茹でた水までほんのり甘いくらいの美味しさだった。 テーブルの向かいで、お母さんが次々と2、3本平らげる。 「これ、ほんとにおいしいね」 「じゃあ、普段から買えばいいのに」 仕事の連絡を返しながら、私は何気なくそう言った。 その瞬間、彼女の顔が険しくなった。 「どういう意味? 私がケチだって言いたいの? こんな薬漬けのコーンなんて、新鮮なものに勝てるわけないでしょ! 若い人には分からないでしょ」 矢継ぎ早の言葉に、私は完全に言葉を失った。 「いや、そういう意味じゃ――」 だけど聞く耳を持たないらしい。顔を覆うようにして泣き出した。 「子供を育ててみなきゃ、親の苦労なんて分かりっこないの! だいたい、子供を作らない人間に親の気持ちなんて分かるわけがない!」 最初のうちは少し申し訳ない気持ちもあったけど、これを聞いた時点でイラッとしてきた。 「お母さん、それとこれとは別問題でしょ。 子供を作らないのは、結婚前から決めてたことなんです」 彼女は少し間を置いた。どうやら、以前「子供を産めなんて絶対言わない」と断言していた自分の発言を思い出したらしい。 そして、私の夫に向き直る。 「ねえ、知仁(ともひと)。どうしてあんたに『知仁』って名前を付けたか分かる?」 夫は、私と彼女の間で板挟み状態。どうにもできない様子で困り果てていた。 こうして、食卓は険悪なムードのまま終わった。 その夜、私は親友の如月灯花(きさらぎ とうか)にこの話をしてみた。 画面越し、のんびりとネイルをしていた灯花だったけど、話を聞き終えると真剣な顔になる。 「南(みなみ)、気を付けた
結婚前、私は夫と「子供を作らない生活」をするって決めていた。 だけど、それが今揺らぎ始めてる。 年末が近づいた頃、夫の母親が一人で家にやってきた。 最初は何も問題なかった。家事もテキパキこなしてくれて、口うるさいけどそこまで気になる感じでもなかったし。 でも最近になって、「子供を作らないつもりだ」って知ってるはずなのに、あれこれ遠回しに言ってくるようになった。 その日、仕事帰りにスーパーでフルーツコーンを買った。 家に帰って、それを「茹でてもらおう」と渡したら、みんなで食べることに。 そのコーンは甘くて、茹でた水までほんのり甘いくらいの美味しさだった。 テーブルの向かいで、お母さんが次々と2、3本平らげる。 「これ、ほんとにおいしいね」 「じゃあ、普段から買えばいいのに」 仕事の連絡を返しながら、私は何気なくそう言った。 その瞬間、彼女の顔が険しくなった。 「どういう意味? 私がケチだって言いたいの? こんな薬漬けのコーンなんて、新鮮なものに勝てるわけないでしょ! 若い人には分からないでしょ」 矢継ぎ早の言葉に、私は完全に言葉を失った。 「いや、そういう意味じゃ――」 だけど聞く耳を持たないらしい。顔を覆うようにして泣き出した。 「子供を育ててみなきゃ、親の苦労なんて分かりっこないの! だいたい、子供を作らない人間に親の気持ちなんて分かるわけがない!」 最初のうちは少し申し訳ない気持ちもあったけど、これを聞いた時点でイラッとしてきた。 「お母さん、それとこれとは別問題でしょ。 子供を作らないのは、結婚前から決めてたことなんです」 彼女は少し間を置いた。どうやら、以前「子供を産めなんて絶対言わない」と断言していた自分の発言を思い出したらしい。 そして、私の夫に向き直る。 「ねえ、知仁(ともひと)。どうしてあんたに『知仁』って名前を付けたか分かる?」 夫は、私と彼女の間で板挟み状態。どうにもできない様子で困り果てていた。 こうして、食卓は険悪なムードのまま終わった。 その夜、私は親友の如月灯花(きさらぎ とうか)にこの話をしてみた。 画面越し、のんびりとネイルをしていた灯花だったけど、話を聞き終えると真剣な顔になる。 「南(みなみ)、気を付けた...
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