私はそっとベッドから抜け出し、つま先立ちで部屋の扉を押し開けた。 すると、強烈な血の匂いが鼻を突き、思わず後ずさりしそうになる。 リビングの中央には、ピンク色の生の豚肉が盆に山盛りにされていた。 知仁はその中から肉の一塊を手に取り、目を閉じて神妙な面持ちで神棚に向かい何かを祈っている。 その横には義母が立っていて、静かにその様子を見つめていた。 彼女の目は、狂気じみた感動に輝いている。 遠目では知仁が何を言っているのか分からなかった。 ただ、彼が祈り終えた後、ポケットから小さなナイフを取り出すのが見えた。 そして、ためらいなく自分の腕をスッと切りつけた。 血が傷口から溢れ出し、その血を一滴一滴、生の豚肉に塗りつけていく。 そうして血塗られた豚肉を神棚に供えると、義母が一歩近づき、彼をぎゅっと抱きしめた。 知仁は彼女の背中を軽く叩きながら、何か慰めるような言葉をかけているようだった。 だが、彼が顔を上げ、私と目が合った瞬間、異様な光景はさらに際立った。 その時の彼の目―― それは紛れもない、抑えきれない「殺意」だった。 でも、すぐにその表情は消え去り、代わりに心配そうな顔を浮かべて、義母を押しのけるようにこちらに駆け寄ってきた。 「どうしたんだ、また悪い夢でも見たのか?」 歯の根が合わないほど震えながら、私はリビングの血塗れの豚肉を指差した。 「これ……一体何をしてるの? どんな神様が……こんな供物を必要とするの?」 知仁は私の視線を追い、その先をじっと見つめた後、深いため息をついた。 「隠しておくつもりだったけど、もう無理だな」 彼は静かに真相を語り始めた。 義母が病気を患っているという。 それも、膵臓がんの末期で、医者からは既に余命を宣告されている状態だ。 「母さんは最後に、家族と一緒に過ごしたいって言って、この家に来たんだ。 でも、地元を離れる直前、あの神様への祈りで奇跡を起こせるって方法を知ったんだ。 さっき見たろ?俺が肉を切って血を塗ったの。 近親者の血は、神様をより強く感動させるんだ」 彼の説明を聞いて、私は納得してしまった。 それどころか、義母に対して今まで抱いていた反感や嫌悪が、急に申し訳なさへと変わっていく。 もうすぐ死んでしま
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