第4話

文哉が病院を離れてから、鈴木家の別荘に向かった。

一夫が熱心に尋ねた。「真弓は婚約を解除すると言ってくれたか？」

文哉は首を横に振り、可愛い瑠璃子を見て、優しく言った。「もう別れたし、婚約解除は時間の問題だけで、瑠璃子にもう暫く我慢してもらうけど」

「我慢なんかじゃない」瑠璃子は首を横に振り、優しい目つきで文哉を見て言った。「文哉君と一緒なら、私は幸せしかないよ」

瑠璃子の賢明で従順な姿を見て、文哉の心が柔らかくなった。

瑠璃子を選んで正しかった。

複雑な感情を抑えて文哉が言い続けた。「さっき真弓を見舞に行った時、病室に一人の男がいた。真弓を助けた消防士だった」

「真弓は本性が変わらないね！文哉君、とっくに彼女と別れるべきだよ。君に彼女は釣合わない」一夫がきっぱりと言った。

文哉はわずかにうなずいた。

真弓は本当に汚すぎる!

「彼女の話をやめて、何をするのか彼女の勝手だ。こんな恥知らず娘をなかったことにする！」一夫は真弓に何の愛情もなかった。彼は話題を替えた。「樋口グループの若旦那様が帰国したと聞いた。タイミングを見て、瑠璃子、星野グループ社長の身分で挨拶に行ってくれ」

「お父さん、星野グループを私に継がせるつもりか？」瑠璃子が興奮して聞いた。

星野グループは真弓の母親が生前に設立した会社だった。瑠璃子はついに真弓が最も望んでいたものを手に入れた。

「ありがとう、お父さん。お父さんの期待を裏切らないように頑張ります」瑠璃子は急いで再び決意を表明した。

「もちろん、父さんは瑠璃子を信じてるよ」一夫の言葉が溺愛に満ちていた。

「そう、お父さんが言った樋口達也は、北城のトップの財閥の樋口グループの御曹司ですか？聞いた話では、彼は海外で子供がいったが、子供の母親が知らないそうです」瑠璃子が四方山話を言った。

一夫はうなずいた。「樋口旦那様の体の具合が悪くなったので、達也に家業を引き継ぐために呼び戻したと聞いた。ここ数年、達也は海外でのビジネスを繁栄させており、彼のビジネスの才能は旦那様よりも上だと言われた。文哉、同じ若者だし、これから達也と良く付き合ってね。達也は北城で発言力を持っているのだ」

「父から言われました。達也が正式就任してから、僕が挨拶に行くつもりです」文哉が謙虚な口調で言った。

「達也はまだ27歳だと聞いたが、若くて有能で、どんな格好しているかな？」瑠璃子が囁いた。

「来月、樋口旦那様が70歳の誕生日を迎えるので、その時に会えるだろう」文哉が瑠璃子を見て聞いた。「何だ、彼に興味があるのか?」

「そんなことないよ」瑠璃子が甘えて否定した。「私は文哉君しか興味がない。しかも、達也はきっと醜いと思う。そうじゃないと、どうして女に見捨てられたのか？多分、達也はでっぶりした太鼓腹を持つような中年男の格好だろう。北城全体を見ると、良い家柄と才能を持っているのは私の文哉君しかいないじゃないか」

瑠璃子が口元を引き上げて、あまり気にしていないように、話題を変えた。

和気あいあい鈴木家と人の気配がない病室、正反対な存在だった。

真弓は少しお腹が空いた。

彼女は、クズの文哉のために一時間以上も泣いたと思わなかった。

病院で食事を注文すると思った時に、

50歳過ぎの男性と二人の20代の女性が病室に入ってきた。男が礼儀正しく言い出した。「鈴木さん、初めまして、僕は達也若旦那様の管理人で、里見と申します」

真弓の目がわずかに驚いた。

何が起こっているのかわからなかった。

里見が続けて紹介した。「こちらは花子と緑子で、若旦那様が用意したヘルパーさんです。鈴木さんが入院する間のお世話係です。」

「鈴木さんに食事を出してください」里見が命じた。

二人は早速持ってきた弁当箱を取り出して、真弓の病床の上にあるテーブルに並べて、それは豪華すぎる昼食だった。お箸を渡されて「ごゆっくりどうぞ」と言われた。

達也のやりすぎだ。ここまでしなくてもいいのに。

それに、意外な火事だし、達也の損失も大きかっただろう。

「ありがとう」真弓は箸を受け取った。

味は思ったより旨かった。

「鈴木さんに初めて料理したので、お口に合うかどうか分からなくて、お好きな物とお嫌いなものを教えてくれませんか」里見が老眼鏡をかけて、メモ帳を取り出して記録し始めた。

真弓は少し唖然として、ゆっくりと言った。「ないです」

里見は聞くのをやめて、ただ静かに観察し、メモ帳に「鈴木さんは魚が好きで、ニンジンとネギが嫌い......」と書いていた。

里見は書きながら、真弓が食べた食べ物を見ていた。

そしてメモに「和彦君の食事を参照」と書いた。

昼食終わった。

里見は小箱を取り出して真弓に手渡した。

中には携帯が入っていて、電話番号が元々自分が使ったものだった。

真弓はありがとうと言った。里見は病室に残らず、仕事を終えて、さっさと出て行った。

花子と緑子が病室に残り、彼女のお世話をし続けた。

「私のことを気にしないで」

真弓は病室の中の車椅子に座り、自分で車椅子を押して病室を出た。

和彦と約束したので、約束を守らなくてはいけない。

それに、達也に直接会って話さなければならないことがあった。

隣の病室のドアをノックした。

ドアが開いた。高くてびっしりした体が彼女の前に現れた。肩幅が広く、体が頑丈で、足が細長かった。

その時、彼の白いシャツの袖がまくり上げられ、力強い前腕があった。

その時、初めて彼の手首に厚いガーゼが包まれていたのを見かけた。

でも、先はこの腕で彼女を抱え込んでいた......

真弓は視線を逸らして言い出した。「和彦はいるの？」

「いるよ。でも、もう昼寝の時間だが」達也が答えた。

彼女に子供を接触させたくないのか？彼女は唇をすぼめ。「じゃあ、ちょっとしてからまた来る......

「ママが来たのですか？昼寝に付き合ってくれませんか？」病室に、和彦が真弓の声を聴いて、真弓に頼んだ。

「用事があるのでちょっと出かけるね。鈴木さん、ごめん、代わりに面倒見てくれませんか」真弓が口を開く前に、達也がぶっきらぼうに言った。「和彦が急性虫垂炎の手術を終えたばかりで、良く休んでとお医者さんが言った。どうか、和彦の世話をして、良く寝かせてくれませんか？」

真弓の同意を求めず、達也は直接出て行った。

真弓は彼の性格を全く理解できなかった。

こんなに可愛い息子が誘致されたらと恐れていないのか?!

「ママ」和彦は彼女を優しく呼んだ。

真弓は深呼吸をして、呼び方を訂正しなかった。「目を閉じて、私が隣にいるから」

「ありがとう、ママ」真弓の腕を胸にしっかりと抱きしめた。

和彦が目を閉じてあくびをして、次の瞬間、不思議に眠りに落ちた。

子供たちの睡眠は本当にうらやましいほどよかった。

ここ数年間、どれだけのメラトニンを飲んだか忘れた。

和彦が眠っていたのを見て、真弓は腕を抜いて出ようと思った。すぐ気づかれて、さらにきつく抱きしめられた。そして口の中でつぶやいた。「ママ、逃げないで......」

真弓は少し無力だった。

和彦の小さなかわいい顔を見て、彼を見捨てた母親がどれほど冷酷だったかと思った。

自然に彼女は身を乗り出して和彦にキスをした。

キスをして顔を上げるとすぐに、突然病室に現れた達也を見かけた。奥深い目つきで見つめられて、顔には無表情だった。

その瞬間、真弓は少し恥ずかしくなった。

他人の子供にキスした現行犯が見つけられた......