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第 3 話

Author: 春水九重
夜が明け、香織は朝食をとるために階下へ降りた。

光一と大輔も既に食卓についており、彼女の姿を見ると、二人は同時に眉をひそめた。

「どうして、もう少し寝ていないんだ?」

光一が尋ねる。

「眠くありません」

香織はいつもの席に着いた。

朝食の途中、光一が昨夜、藤原家との和解のために仲介者を立てたと話した。

もし藤原家が同意するなら、神崎家は現在争っているプロジェクトから手を引き、さらに市場シェアの二割を譲る用意がある、と。

その話が終わった途端、香織のスマホが鳴った。

「ねえ、香織!神崎家、本当に藤原家と話つけようとしてるの?

藤原の連中、なんて言ってきたか知ってる?」

真由はひどく焦っており、声が大きかった。

食卓にいた神崎兄弟にも聞こえ、二人は一斉に香織に視線を向けた。

香織は比較的落ち着いていた。

「落ち着いて、ゆっくり話して」

真由は吐き捨てるように言った。

「藤原克也(ふじわら かつや)のあのろくでなし!

和解したければ、神崎家が香織をあいつに差し出せって言ってきたのよ!

あいつ頭おかしいんじゃないの!?」

克也は香織の高校の同級生だった。

神崎家と藤原家の確執のせいで、香織に会うたびに喧嘩を吹っかけてきたが、いつも香織にやり込められていた。

これは、その仕返しだろうか?

香織がそう考えていると、「ガシャン!」という音が響き、大輔のテーブルにあった食器が床に叩きつけられた。

彼の青白い顔は、さらに険しさを増している。

光一はすぐに仲介者に電話をかけ、状況を確認した。

結果は、もちろん真由が言った通りだった。

大輔は物を手当たり次第に投げつけ、鬱憤を晴らそうとしていた。その目は血走り、真っ赤になっている。

「兄貴、俺は認めないぞ!」

「ああ、わかってる」

光一は彼をなだめた。

大輔の部屋から出てきた光一の表情は重かった。

香織は自ら切り出した。

「光一様、私、藤原先生のところへ行ってみようと思います」

光一が何か言う前に、香織は微笑んで続けた。

「結局のところ、この件は藤原先生次第だと思います。克也さんの言うことには何の効力もありませんわ」

「香織……」

光一は苦しげに言葉を絞り出した。

「もう少し、他の方法を考えさせてくれ」

「光一様、私が出かけている間、大輔様のことはお願いします」

「香織……」

香織は振り返らず、病院へと向かった。

彼女は静かに待った。

朔也の仕事の邪魔はしない。

昼休みになり、ようやく彼女はオフィスのドアを閉め、彼の退路を断った。

「午前中ずっといたが、一体何がしたいんだ?」

朔也はズキズキと痛み始めたこめかみを揉みながら、彼女を見た。

青白い顔、濃い隈、額にはまだガーゼが貼られている。

普通なら痛々しく見えるはずなのに、彼女の場合、それは虐げられたゆえの倒錯的な美しさを醸し出していた。

香織は赤い唇をかすかに開いた。

「ただ、確認したかっただけです。

誰が頼んでも、あなたは絶対に大輔を治療なさらないのですか?」

「そうだ」

彼の目からは何の感情も読み取れない。

彼女に対する興味のかけらさえ見えない。

香織は心の中で深くため息をつき、さらに尋ねた。

「もし、ご家族がお頼みになった場合はいかがですか?」

「……あるいはな」

朔也は気のない返事をした。

残された方法は、もうあれしかないのかもしれない、と香織は思った。

吉田家主催の夜会に、光一にエスコートされた香織は少し遅れて到着した。

二人が会場に入ると、その場の誰もが息を呑んだ。

光一は長身で端正な顔立ち、常に穏やかな笑みを浮かべ、一見すると人当たりが良さそうだ。

だが、それが彼の見せかけに過ぎないことを、そして彼の実力を侮る者がいないことを、皆知っていた。

一方、香織はまるで違っていた。

漆黒のロングドレスは、陶器のごとく滑らかな白い肌を一層引き立て、しなやかな曲線美を露わにしている。

その目鼻立ちもまた妖艶で、目を上げて微笑む仕草、その一挙手一投足、全てが息をのむほど美しく、男たちの視線を釘付けにし、女たちの嫉妬と憤りを買った。

神崎家の『お嬢様』は、さらに美しくなったようだ。

男たちの視線は香織の上をさまよったが、面倒事を恐れて誰も近づこうとはしない。

1年前だったか、滅多に外に出ない神崎の『お嬢様』が吉田家の令嬢と出かけた時に、男たちに絡まれた件だ。

結局、連中は神崎・吉田の両家に徹底的にやられて、すごすごと臨海市から追い出されたらしい。

中でも一番大胆だった男に至っては、『お嬢様』の体に触れたとかで、片手が潰されたって噂だ。

それでも、他の者がためらう中、敢えて近づく者がいた。

藤原家の次男、克也だ。

彼は香織の前まで来ると、じろじろと品定めするように彼女を見つめた。

「さすが『お嬢様』だ。1年見ないうちに、ますます色っぽくなったじゃないか」

香織は光一の腕をそっと押さえ、克也に向かって微笑んだ。

「お褒めいただき光栄ですわ。

でも、その褒め言葉……以前から、克也さんは無学だと伺っていましたが、まさかと思っていましたの。

名家の藤原家が、ドラ息子一人まともに躾けられないはずがありません、と。

でも今、確信しましたわ。噂は本当だったんですね。

克也さんの教養レベル、本当に心配になりますわ。

人を褒めることもろくにできませんなんて」

どこかから、くすくす笑う声が聞こえた。克也は顔をしかめて彼女を睨みつける。

「高校1年で中退したお前に言われたくないね!」

香織は口元を隠してくすりと笑う。

「試験のたびにちゃんと学校には行っていましたけど?

克也さん、一度でも私より良い点を取ったさことがありましたか?」

克也は悔しさで顔を真っ赤にした。

香織は彼を長く怒らせておくつもりはなく、自ら彼の腕に手をかけた。

「克也さん、今夜はパートナーがいらっしゃらないと伺いましたけど、私がパートナーを務めてもよろしいでしょうか?」

克也はまだ顔を赤らめたままだった。

「誰がいないって言った!?」

香織はすぐに手を離した。

「あら、私が勘違いをしましたね」

克也はさらに腹を立て、彼女を睨みつけた。

「香織!」

香織はおとなしく再び彼の腕を取った。

その時の克也は、勝ち誇ったように胸を張り、光一を一瞥すると、香織を連れて会場中をこれみよがしに練り歩いた。

「藤原家と神崎家は、いつの間にあんなに仲良くなったんだ?」

誰かが訝しげに呟いた。

「知らないのか?

神崎家が藤原家に頼み事があってね。

藤原家は、例の『お嬢様』を差し出せと条件を出したらしい。

見てみろよ、今夜、ちゃんと連れてきたじゃないか」

別の誰かが答えた。

朔也が化粧室から出てきた時、ちょうどそんな会話が耳に入った。

彼は人混みに目をやった。

案の定、そこには満面の笑みで克也の腕に絡みつく香織の姿があった。

朔也の表情が、たちまち険しくなった。

その頃、香織は克也に尋ねていた。その頃、香織は克也に尋ねていた。以前彼が言ったことは本気なのか、と。

克也は答えた。

「それは、お前がどれだけ『話の分かる』女か、次第だな」

香織の笑みは、さらに明るく輝いた。

「私が『話の分からない』女でしたら、今夜わざわざここへ参りましたかしら?」

克也は心の中で舌打ちした。

彼の周りにも綺麗な女はいくらでもいる。

だが、目の前の女に敵う者は一人もいない。

その笑顔一つで、男を欲情させるのだから。

彼は衝動的に香織の手首を掴むと、階上の控え室へと向かった。

香織は手首をさすり、ふっと鼻で笑った。

「克也さんは、ずいぶん気がお早いようですわね。

女性をいたわる心なんて、これっぽっちもないのかしら」

克也は、自分の手で彼女の手首が赤くなっているのを見た。

たいして力を入れたつもりはないのに。やれやれ、本当にか弱い『お嬢様』だな。

一度抱いたら、体中が跡だらけになるのではないか?

そう思うとますます興奮し、克也は彼女をソファに引き倒そうとした。

しかし、香織は彼の胸を押しとどめ、笑いながら尋ねた。

「克也さん、事を始める前に、はっきりさせておきたいのですけれど。

あなた、藤原家でそんな決定権があるんですの?

もし何の権限もないのなら……」

彼女は突然、膝を彼の急所に押し当てた。

「私が本気だって、分かるかしら?

あなたの男としての機能を、ここで終わらせることもできるのですよ?」

克也は、彼女の行動による焦りと痛みで顔を歪めた。

「香織!てめえ、それでも女か!?」

「はっきり約束してくださったら、私が女かどうか、じっくり教え差し上げますわ」

香織の笑顔は変わらないが、その瞳の奥には冷たい光が宿っていた。

「正直に答えなさい!」

まるで女王のように、彼女はこう言い放った。

克也は無意識に答えていた。

「藤原家は俺が仕切ってる!

兄貴だって、もちろん俺の言うことを聞くさ!」

その言葉が終わった瞬間、背後から冷え冷えとした声が響いた。

「……ほう?」
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