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第 4 話

Author: 春水九重
克也はびくりと震え、慌てて香織の上から起き上がると、朔也に挨拶した。

「兄貴……」

香織もそれに続いて立ち上がり、微笑みを浮かべたまま、朔也に向かって軽く頷いた。

「あなたが藤原先生でいらっしゃいますね。

はじめまして、どうぞよろしくお願いいたします」

朔也の瞳の奥が暗く沈んだ。

芝居がかった真似を……!

彼は香織を無視し、冷ややかに克也を見下ろした。

「藤原家の主導権が、いつからお前のものになったんだ?」

克也は、香織の前で面目を失うことを恐れた。

彼女の容赦ない性格を考えれば、自分が社交界の笑いものになるのは火を見るより明らかだ。

「兄貴、場所を変えて話そう」

控え室を出ると、克也は待ちきれないといった様子で口を開いた。

「神崎家は、兄貴が手を貸しさえすれば、治療の結果にかかわらず、市場シェアの二割を譲るって言ってるんだ。

こんな棚ぼたみたいな話、断る理由がないだろう?」

少し間を置いてから、彼はさらに声を潜めて続けた。

「もし気が進まないなら、形だけ二日ほど治療するふりをして、『手の施しようがない』って言えばいい。簡単なことだろ?

それに、ちょうど俺も香織を抱けるしな。

事が済んだら写真を何枚かばら撒けば、神崎の兄弟は腸が煮えくり返るだろうさ」

しかし、克也の予想に反して、朔也は不快そうに顔色を変えた。

「……失せろ!

次によからぬことを考えたら、容赦しないからな」

克也はすごすごと立ち去るしかなかった。

だが、どうしても諦めきれない。

振り返ると、朔也が控え室に入っていくのが見えた。

彼は一瞬呆然とし、自分の額をぽんと叩いた。

兄貴はそんな人じゃない。きっと考えすぎだろう。

控え室。

朔也が入ると同時に、ドアがカチャリとロックされる音が聞こえた。

彼が振り返ると、そこにはドアに気だるげに寄りかかる香織の姿があった。

髪は肩に流れ落ち、その姿はこの上なく妖艶だった。

朔也はごくりと喉を鳴らした。

「あいつに頼む必要はない。あいつに俺を指図する権限はない」

「そうなのですか?」

香織は笑い、目を細めて彼のベルトに手を伸ばした。

「では、どなたが藤原先生をお動かしできるのでしょうか?お父様ならできますか?」

朔也の常に冷静な仮面に、ついにわずかな亀裂が入った。

香織の手首を強く掴んだ。

「親父のベッドにまで忍び込む気か!?ふざけるな!」

痛い。

香織はわずかに眉をひそめ、そのまま彼の胸に倒れ込み、首筋に軽くキスをした。

「お父様のベッドではなくて、藤原先生のベッドだけではだめですか?」

朔也は彼女を見下ろした。

先ほど部屋に入ってきた時、克也が彼女の上にいた光景。

そして彼女が父にまで手を出そうとしていることを思うと、よこしまな欲望が燃え上がり、瞬く間に目尻が赤く染まった。

あろうことか、香織はなお怖いもの知らずにもスカートの裾をまくり上げ、白く美しい脚を彼に絡ませてすり寄ってくる。

朔也も、もはや遠慮はしなかった。

少しでも羞恥心があるなら、俺と寝た後で、藤原家の他の男のベッドに潜り込むような真似はしないはずだ。

愛撫も、キスさえもなかった。

香織は、朔也が克也よりもさらに性急だとは思わなかった。

彼は何の合図もなく、ただまっすぐに彼女を貫いた。

香織は痛みで全身を硬直させた。

心の中ではこのクソ男を蹴り飛ばしてやりたいと罵りながら、表面ではか弱く、いじらしい表情を浮かべた。

「藤原先生、これで、約束してくださったと解釈しますわ……」

朔也もまた、同じように体をこわばらせていた。

彼女が痛ければ、彼もまた痛い。無理やり事を進めたせいで、うっすらと汗までかいていた。

彼女が痛みに震える様子を見て、彼はどこか信じられない気持ちになった。

やはり初めての経験だったのだろう、香織はとうとう痛みで泣き出してしまった。

事が終わった後、二人の間には荒い息遣いだけがあり、意外にも衣服はほとんど乱れていなかった。

「……歩けるか?」

朔也の声はかすれていた。

「歩けると思ってるんですか?」

香織は少し動くだけでも痛かった。

朔也は唇を引き結んだ。

「俺と来い」

香織は彼が治療を承諾したのだと思い、頷いた。

少しずつ外へ向かおうとするが、その様子にいらだった朔也は、彼女をためらわず抱き上げると、控え室のドアを開けてそのまま立ち去った。

真由と光一は、朔也が香織を抱いて出てくるのを同時に目撃した。

真由は口元を押さえて小さく息を呑み、光一は既にいてもたってもいられず、後を追っていた。

「香織!」

切羽詰まった呼び声に、車に乗り込もうとしていた香織は体を起こし、車のドアに手をかけたまま振り返った。

光一だった。

彼は一歩、また一歩と近づいてくる。

間近で見ると、彼女の肩に残る歯形や、手首の赤いあざがはっきりと見えた。

他の男が残した痕跡だ。

そして彼女もまた、彼の瞳の奥にある無力感、痛々しさ、そして申し訳なさを見て取った。

香織の目が赤く潤んだ。

それを見ていた朔也の眼差しは、さらに冷たくなった。

「乗れ!」

「藤原先生」

光一は歯を食いしばり、車のドアを押さえた。

「香織は……」

朔也は眉を上げた。

「神崎社長、確か言いましたね。承諾しさえすれば、神崎家はどんな代償も払う、と」

朔也の言葉に、光一は乱れかけた激情をなんとか抑え込んだ。

目の前のこの男が、自分の弟を救える唯一の人間なのだ!

彼は思わず香織に視線を向けた。

香織は彼に微笑みかけた。その瞳には、何の恨み言も浮かんでいない。

「光一様、大丈夫ですわ」

彼女は言った。

光一は、ついにドアから手を離した。

ドアが閉まり、朔也は香織を乗せた車を発進させ、あっという間に走り去った。

光一は一人、しばらくその場に立ち尽くした後、黙って去っていった。

香織は静かに座席に座り、うつろな目で窓の外を眺めていた。

自分から望んだこととはいえ、先ほどの光一が手を離した瞬間、胸が痛まなかったと言えば嘘になる。

少し息苦しさを感じ、香織は車の窓をわずかに開けた。

だが、新鮮な空気を一口吸い込んだところで、朔也がすぐに窓を閉めてしまった。

香織は彼の方を向いた。

「藤原先生、少し車酔いしたようです」

しかし朔也は尋ね返した。

「車酔いか?それとも、胸が苦しいのか?」

この話題を続けるべきではない。香織は顔をそむけ、彼を無視した。

朔也は思った。

もう少し優しくしてやろうかとも思ったが、こいつはいつも俺の怒りをかき立てる術すべを心得ている。

彼はアクセルを踏み込み、車を人気のない場所に停めると、彼女をぐいと腕の中に引き寄せた。

香織は不快感に眉をひそめた。

「藤原先生、ずいぶん大胆でいらっしゃいますね」

朔也は黙ってシートを倒し、罰するかのように、激しく力強いキスをした。

香織の体は次第に力を失っていったが、それでも抵抗しようとした。

ここは吉田家の夜会の会場から遠くない。もうすぐ宴会が終われば、誰かが通りかかるかもしれない。

「藤原先生、もしホテル代がないのなら、私がお出ししますわ」

彼女は不満げに抗議した。

朔也の喉がごくりと鳴った。衝動的に、力ずくで彼女を組み敷いてしまいたいと思ったが、彼女のか弱い様子を見て、結局は思いとどまり、自分の住む場所へと連れ帰った。

香織は、朔也の住む部屋を初めて見て、奇妙だと感じた。

これほどがらんとした部屋は見たことがない。必要最低限の生活設備以外、何の装飾もなく、壁には絵画一枚すら掛かっていない。

冷え冷えとして、まるで人の気配が感じられなかった。

だが、彼女が部屋を見渡す余裕があったのはほんの一瞬だった。

朔也は既に待ちきれない様子で彼女の腰を掴み、ソファの背もたれに押し付けていた。

自宅だからか、彼は控え室での性急さはなく、非常に辛抱強くなった。

辛抱強すぎて、香織には耐えられないほどだった。

意識は浮かんでは沈み、声は途切れ途切れになった。

どれだけ理論を学んでも、一晩中の激しい情事には敵わない。

朝、彼の家を出る時、香織の両足は震えていた。

心の中では、朔也の先祖代々に至るまで罵詈雑言を浴びせていた。

幸い、彼に骨の髄までしゃぶられる前に、約束だけは取り付けた。

彼は大輔の足を治療すると約束してくれたのだ。

任務、完了!

自由はもうすぐそこだ!

神崎家に戻った時、体は疲労困憊だったが、香織の気分は悪くなかった。

自分の部屋に入ると、つい鼻歌を口ずさんだりもした。

その時だった。

突然、部屋のドアがけたたましい音を立てた。

彼女がぎょっとして振り返ると、ドアは大きく開け放たれ、大輔が険しい顔で入口に立ちはだかっていた。

その手には、ゴルフクラブが握られていた。
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