第 5 話

ゴルフクラブが、容赦なく何度も身体に叩きつけられる。

香織は痛みで床を転げ回った。

逃げようとしなかったわけではない。

だが、最初の一撃が彼女のふくらはぎを砕いたのだ。

彼女は痛みで気を失い、また痛みで意識を取り戻した。

それでも大輔は打ち続け、罵り続けていた。

「この売女め！誰が行けと言った？俺が許可したか？

ダメだと言ったのが聞こえなかったのか！？」

罵声のたびに、一撃が振り下ろされた。

香織は痛みでエビのように体を丸めた。

このまま死んでしまえたら、それもいいかもしれない。

この命をもって、罪を購えるのなら。

その後のことは、香織はあまり覚えていない。

目が覚めた時、目の前は真っ白で、まるで天国にいるかのようだった。

「香織、目が覚めたか、具合はどうだ？」

聞き慣れた声が聞こえ、香織はこわばったように目を動かした。

そこには心配そうな光一の顔があった。

彼の目は充血し、無精ひげまで生えている。

香織は失望して目を閉じた。

白い地獄もあるものね……

「香織、すまない。家で君を待っていればよかった」

光一は苦痛に満ちた声で謝罪した。

「大輔が、あれほど自制心を失うとは思わなかったんだ。香織、本当にすまない」

大輔の名前を聞いて、香織は恐怖で震えだした。

「香織、どうしたんだ？待って、すぐに医者を呼んでくる」

医師はさらに鎮痛剤を投与した。

医師の説明によれば、香織の腕と脚には程度の差こそあれ骨のひびが入り、肋骨は2本折れ、打撲痕は数えきれなかった。

さらにあそこには腫れと裂傷があり、暴行の痕跡が疑われるため、警察への通報が勧められたとのことだった。

唯一の朗報は、頭には全く怪我がないことだった。

香織はベッドの上で静かに考えた。

警察に通報なんてありえない。

傷をつけたのは二人。

人に見せられない方の傷は朔也によるもので、半殺しにされたのは大輔の仕業だ。

大輔は狂っていた！今回が一番ひどかったんじゃないか。

次は、生きていられるんだろうか？

「香織、大輔はもう反省している。すごく後悔してるんだ」

香織は目を開けた。

「光一様、藤原先生は、約束してくださいました」

光一は黙り込んだ。医師の話を聞いた後、彼も察しはついていたのだろう。

香織は続けた。

「光一様、以前おっしゃったことを覚えていますか？

もし誰かが藤原先生を説得できたら、その人の願いを一つ叶える、と」

光一の胸に、突然不吉な予感がよぎった。

「……どんな願いだ？」

香織は彼を見つめた。その瞳は、深い井戸の底のように暗かった。

「光一様、私を自由にしてください」

光一の心に激しい衝撃が走った。信じられないといった表情で香織を見た。

「行きたいと？君が、ここを出て行きたいと？」

彼は突然立ち上がり、ベッドの周りを行ったり来たり歩き回りながら、ぶつぶつと呟いた。

「だめだ、君を行かせるわけにはいかない！

香織、大輔は本当に後悔しているんだ。僕に助けを求めて電話してきた時、泣いていたんだぞ。

あいつがあんなに弱い姿を見せたのは初めてだ。香織がいなくなったら、あいつは死んでしまう」

でも、私が行かなければ、私が死んでしまう。

香織は懇願するような目つきで彼を見た。

光一はその視線を受け止め、ゆっくりと首を横に振った。

しばらくして、彼は突然微笑んだ。その笑顔は優しく、彼は香織の髪をそっと撫でた。

「神崎家は香織を16年間養ってきたんだ。出て行くなんて、そんなこと言わないでくれ。

しっかり傷を治すんだ。余計なことは考えずに。傷が治ったら家に帰ろう。

大輔も、君にちゃんと謝るはずだ」

その優しい笑顔は、香織が最もよく知っていて、最も恋い焦がれていたはずのものだった。

だが今、彼女はぞっとするほどの寒気を感じていた。

あらゆる手を尽くし、自らの身を投げ打ってまで、それでも願いは叶わなかった。

絶望が香織を包み込み、彼女はこの現実から目を背けようとした。

意識は朦朧とし、薬が効いてくると深い眠りに落ちていった。

朔也が仕事を終えた時、慌てた様子でやってきた克也とばったり出会った。

会うなり、克也は彼の手を引いて入院病棟へと向かった。

息をのむほど美しい二人の姿は、廊下で多くの若い看護師たちの目を引いた。

克也はへらへらと笑いながら彼女たちに挨拶している。

朔也はいらいらして手を振りほどいた。

「一体何の用だ？」

克也は興味津々といった様子で、声を潜めて言った。

「兄貴、病院にいるのに知らないのか？

例の『お嬢様』が、とうとうめちゃくちゃにされちまって、この病院に運び込まれたらしいぜ。

VIP病室に連れてってくれよ。見に行きたいんだ」

朔也は眉をひそめた。

「どういう意味だ？」

「そのまんまの意味だよ」

克也は「言わなくてもわかるだろ」といった意味ありげな視線を送った。

「かなりひどいらしいぜ。全身傷だらけで、運ばれてきた時は意識不明だったって」

朔也の眉間の皺がさらに深くなった。

「それは神崎家の問題だ。お前には関係ない。さっさと家に帰れ」

克也はどうしようもなく、不満そうに朔也の後について行った。

道々、まだぶつぶつ言っている。

「神崎家の醜態を見たいだけなのに、それもダメなのかよ？」

朔也と別れた後、克也はハンドルを切って再び病院へ戻った。

彼には病院内にコネがあった。朔也を頼らずとも、香織の病室を見つけることはできた。

光一が出ていくのを見計らって、彼はこっそりと病室に忍び込んだ。

ベッドの上にいる人物を見て、目玉が飛び出るほど驚いた。

頭部を除き、全身がミイラのように包帯で巻かれている。

昏睡状態にあるにもかかわらず、眉は苦痛に寄せられ、目尻には乾ききっていない涙の跡があった。

普段の、気が強くて奔放な美しさは見る影もない。

克也は元々、笑いものにしてやろうと思って来たのだ。

昨夜、あれだけ大勢の前で自分を馬鹿にしたのだから。

しかし、彼女のこの惨状を目の当たりにして、彼は笑うことができなかった。

胸がむかむかして苦しくなり、克也は朔也の元へ行って不満をぶちまけた。

「兄貴、神崎の兄弟、マジで人でなしだね！医者がなんて言ったか知ってるか？

何箇所も骨にひびが入って、肋骨も折れてて、全身傷だらけで、おまけにあそこまで傷つけられてるって！

女をこんな風に扱う奴がいるかよ？まるで殺す気じゃないか！あいつら、サイコパスか何かか？」

朔也は同僚から送られてきたカルテを見て、重苦しい気持ちになった。

確かにやりすぎだ。これほどの傷は、積年の恨みを持つ相手に対する仕打ちと言っても過言ではない。

「兄貴、聞いてるのかよ！」

朔也は顔を上げた。

「黙れ！」

「兄貴だって、聞いてて気分が悪くならないのかよ？」

克也はむしゃくしゃしていた。

朔也は一瞬、意識がぼんやりとした。

気分が悪い、というのとは少し違う。だが、愉快でないのは確かだ。

つい昨夜まで、彼女は俺の腕の中で、か弱い花のように身を委ねていたというのに。

それが一転、今は瀕死の重傷を負わされているなんて……

朔也はしばらく座っていたが、やがて同僚にメッセージを送った。

【明日、シフトを代わってくれ】

午前9時、定時の回診。

香織は医師の型通りの質問にも耳を貸さず、焦点の合わない目でただ天井を見つめていた。

朔也は眉をきつく寄せた。

彼女の、あの勝ち気な姿に見慣れているせいか、このように生気のない彼女にはひどく違和感を覚える。

まるで、もうすぐ死んでしまうのではないかという錯覚さえ覚えた。

「香織」

彼は思わず呼びかけた。

香織は彼を一瞥しただけで目を閉じてしまい、一言も口を利こうとしなかった。

朔也の心がわずかに沈んだ。

こういう患者を見たことがある。生きる意志を失った患者だ。

なぜ、こんなことに？

「香織、以前、神崎大輔を治療すると約束したが、今は考えが変わった」

朔也はわざと言った。

「人殺しを治療するつもりはない」

香織の口元に、奇妙な笑みが浮かんだ。

こうなっては、治療しようがしまいが関係ない。治らなければ私は逃げられない。

治れば、もっと逃げられない。どのみち、死ぬだけでしょう。

朔也は彼女の唇に浮かんだ笑みを見て、理由もなく胸が詰まるのを感じた。

どういうわけか、18歳のあの夏のことを思い出した。

あの人目を引くほど美しい少女が、彼に手紙を渡した時のことを。

あの時も、目の奥が笑っていない、不可解な笑顔だった。

その手紙のことを思い出し、朔也の心にわずかな動きがあった。

彼は身をかがめ、香織の耳元にそっと囁いた。

「香織、俺と一緒に行こう。俺がここから連れ出してやる」