第 7 話

光一は当初、朔也を疑っていた。

だが、部下に2日間尾行させた結果、その疑いは晴れた。

朔也もまた、本気で香織を探しているように見えたからだ。

その矢先、しばらく静かだった大輔が再び狂乱状態に陥り、物を壊しながら香織を「売女」と罵り始めた。

光一は仕方なく、鎮静剤を取りに向かった。

大輔は荒い息をつきながら拒絶した。

「嫌だ！寝ない！香織を呼べ！」

光一は辛抱強く彼をなだめようとしたが、そのとき、香織を探しに行かせていた部下が慌てて駆け込んできた。

「社長、坊ちゃま、お嬢様の情報が入りました」

大輔は車椅子の肘掛けを強く握りしめ、恐ろしい形相で叫んだ。

「そいつはどこだ！？」

時を同じくして。

朔也は丸一日、一睡もしていなかった。

香織が聖善病院で失踪したということは、彼の目の前で消えたも同然だ。

藤原家は聖善病院の筆頭株主である。

つまり、香織の失踪は誰の仕業であれ、藤原家と彼自身への挑発行為に他ならない。

よりによって、弟の克也ときたら、間抜けな上に無神経に彼にまとわりついてくる。

「兄貴、香織がいなくなったって、神崎の兄弟はどうすると思う？」

「なあ兄貴、もし香織が永遠に見つからなかったら、神崎の兄弟は発狂するかな？

それとも彼女のことなんか忘れちまうかな？」

「兄貴、香織のあの怪我って、医者に診せた方がいいのか？それとも放っときゃ治るもんなのか？」

「兄貴……」

……

朔也はついに堪忍袋の緒が切れた。

「失せろ！」

克也はすごすごと出て行った。

克也を追い払い、あたりが静かになると、朔也はようやく冷静に思考を巡らせることができた。

10分後、朔也は突然立ち上がった。

克也の様子がどこかおかしい。特に、最後のあの言葉！

彼はスマホを掴み、電話をかけた。

「克也のここ2日間の足取りを調べろ！急げ！」

……

今日の夕食は遅れて運ばれてきた。

香織は実のところあまりお腹は空いていなかったが、気を紛らわす何かが欲しかった。

病院を出てから、痛み止めは一切もらえていない。

傷はまだ癒えておらず、ひどく疼く。ただ耐えるしかなかった。

しばらく立って待っていたが、誰も来ない。限界を感じ、ついに横になった。

絶え間ない痛みで額には冷や汗がびっしりと浮かび、彼女は枕を噛んでそんお痛みに耐えた。

その時、ドアの方で物音がした。彼女は深く考えず、ベッドにうつ伏せのまま声をかけた。

「克也さん？」

「克也はいない。俺だぞ」

直輝だった。

香織は彼とは親しくなかった。彼だとわかると、痛みをこらえながら顔を上げ、努めて穏やかに言った。

「食事はそこに置いておいてください。ありがとう」

だが、直輝は彼女を、目が釘付けになったように見つめていた。

手に持っていたトレーをぞんざいに置くと、そのままベッドへとまっすぐ歩み寄ってきた。

その眼差しを、香織はよく知っていた。

彼女の中に、即座に警戒心が走った。

身を起こそうとした瞬間、直輝が既に彼女の背中にのしかかっていた。

「『お嬢様』、そんな格好して、誰を誘ってるんだ？克也か？

残念だったな、あいつはいないぜ。そんなに寂しいなら、俺が相手してやろうか？」

直輝の重みで痛みが倍増し、香織は苦痛に唇を噛みしめた。

もがいても、無駄だった。うつ伏せにされ、両手は後ろ手に縛られている。

抵抗しようにも、蹴ることさえできない。

彼女は厳しく相手を罵り、大声で助けを求めたが、返ってきたのは直輝のあざ笑いだけだった。

「『お嬢様』なんて呼ばれて、本当に自分がそうだと思い込んでるのか？

お前なんか、神崎家で弄ばれて壊れたおもちゃだろうが。

この俺様が、お前が汚れてるなんて気にせず相手してやるってんだから、感謝しろよ。

喚くなよ。ここには俺とお前しかいないんだ。

ベッドにうつ伏せになって、そんな男に抱かれた後みたいな格好してるってことは、男を誘ってるってことだろう？

いい子で俺の相手をしろ。そしたら後で、克也にお前を優しく扱ってやるように言ってやるからさ」

香織は怒りに目を血走らせた。

そういう魂胆だったのね。

藤原朔也は、本気で私を連れ出すつもりなんてなかったんだ！

香織は絶望して助けを求めた。声が枯れるほど叫んだ。

だが、直輝の言った通り、応える者はいなかった。

ここには、彼ら二人しかいないのだ。

背中に冷たい感触が走った。衣服が引き裂かれる音が聞こえた。

香織は絶望に目を見開かれ、涙が口元の血と混じり合い、枕に滴り落ちた。

殺してやる。絶対に殺してやる！

あの汚らわしいものを、この手で切り刻んで、ドブにでも捨ててやる！

「直輝！」

克也は、戻ってきてこんな光景を目にするとは思ってもみなかった。

香織が後ろ手に縛られ、ベッドにうつ伏せにされ、髪は乱れ、衣服ははだけている。

そして直輝は興奮した様子で、克也を見るなり、さらに嬉しそうに言った。

「克也！ちょうどいいとこだ！どっちが先にやる？」

どっちが先にやる、だと！？ふざけるな！

「直輝、てめえ！」

克也の全身の血が頭に上った。

彼は激怒して直輝に飛びかかり、床に叩きつけ、反応する間もなく、渾身の拳を叩き込んだを叩き込んだ。

直輝は殴られて呆然としたが、反射的に殴り返した。

「藤原！てめえ、気でも狂ったか！？

この女は、連れてきた時から遊ぶためのもんだろうが！

今更なんだってんだ！？お前が先にやりたいなら、譲ってやるよ！

大したことじゃねえだろ！」

克也自身にも、自分がどうしてしまったのかわからなかった。

直輝を誘って香織を連れ出した時、確かにそう言ったはずだ。

だが、実際に直輝が香織を犯そうとしているのを見て、彼は激しい怒りに駆られたのだ。

ドアの外で物音がした。

もみ合って取っ組み合いになっていた克也と直輝が気づく間もなく、神崎家の兄弟が既に部屋に踏み込んできていた。

香織は、自分の体に衣服がかけられるのを感じた。視界は涙でにじんでいたが、ぼんやりと見慣れた顔が現れる。

「香織、泣かないで。僕が来たよ」

その優しい声は、いつもと同じだった。これまでも、彼女が打ちのめされた後、最後に現れて彼女を抱き上げ、こう言ってくれたのだ。

「香織、泣かないで。僕が来たよ」

光一は自分の上着で香織を包み、ベッドから抱き上げた。

香織は激しい痛みで、耐えきれず震えていた。

光一がドアのところまで来ると、大輔が手を差し出した。

光一は一瞬ためらったが、香織を彼の腕の中に渡した。

大輔は車椅子に座ったまま香織を抱きしめた。

彼女が苦痛に眉を寄せ、何かをぶつぶつと呟いているのが見える。

彼は耳を澄ませた。聞き終えると、顔を上げ、直輝を睨みつけた。その顔は恐ろしいほど歪んでいた。

「兄貴、こいつが、あいつを殺せと言っている！あいつは死ななければならない！」

光一は大輔の肩をなだめるように叩き、穏やかな声で言った。

「お前は香織を家に連れて帰れ。後のことは私が処理する」

大輔は頷き、香織を連れて部屋を出て行った。

「待て！」

部下に取り押さえられていた克也が、慌て大声で叫んだ。

「お前ら、何をする気だ！？彼女をどこへ連れて行く！？」

ドアが閉まり、光一は克也の前にしゃがみ込み、彼の頬を軽く叩いた。

「藤原の御曹司。彼女は神崎家の人間だ。お前にとやかく言われる筋合いはない。

それに、彼女を病院からこっそり連れ出した件について、まだお前とのけりはつけていないんだぞ」

光一はゆっくりと、一言一言はっきりと話した。

特にきつい言葉はなかったが、その静かな口調がかえって克也の心に不安を広げ、背筋が凍る思いだった。

その時、直輝が大声で叫びだした。

「俺には関係ない！藤原にやらされたんだ！

あいつが、香織が神崎家でひどい目に遭ってるから、見てられない、可哀想だから助け出すんだって言ったんだ！

俺はただ手伝いに呼ばれただけで、何も知らないんだ！」

光一は彼に一瞥もくれず、冷ややかに命じた。

「そいつを黙らせろ！」

部下が、即座に直輝の顔を平手で何度も打ちつけた。

直輝は「うわっ」と声を上げ、歯が混じった血反吐を吐いた。

克也は恐れおののき、目を見開いた。

「香織が可哀想だと？」

光一は克也を見つめ、ふっと微笑んだ。

「彼女は、神崎家の『お嬢様』だぞ。どこが可哀想なんだ？」