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第 10 話

Author: 春水九重
香織はもう二度と朔也を信じないだろう。

克也に連れ去られ、匿われた後、彼女は内心では朔也に感謝していた。

彼は約束を守る男だ、と。

だが、直輝が彼女を襲おうとした時、彼女は悟ったのだ。

藤原家と神崎家は犬猿の仲。

朔也が、彼女を辱め、ひいては神崎家をも貶める機会を逃すはずがない、と。

「もし香織様が藤原先生に何かお聞きになりたいことがあれば、私がお伝えいたします」

静子が言った。

香織には何も聞きたいことはなかった。

だが、香織は今のところ、静子を追い出す気にはなれなかった。

自分を『お嬢様』ではなく、『香織様』と呼んでくれる人に会うのは稀なことだ。

だからこそ、手放すのが惜しかった。

静かにしばらく歩いた後、ふと顔を向けると、驚いたことに大輔が後ろに現れていた。

香織は少し眉を上げたが、すぐに淡々と言った。

「大輔様、今日はどうして外出する気分になったのですか?」

大輔は詮索するような目で彼女と静子を見た。

「何をそんなに長く話していたんだ?」

「天気の話とか、花の話とか」

香織は平然と答えた。

「大輔様がそんなに気になるなら、私の体に盗聴器でも仕掛けましょうか?」

大輔は眉をひそめた。

「香織、そういう口の利き方をするな!」

「はい。大輔様」

香織はすぐに返事をした。

彼女は従順な態度を示しているのに、大輔にはそれがひどく耳障りに聞こえ、心の中のいら立ちはますます募っていった。

大輔はその苛立ちを無理やり抑え込み、車椅子を回転させて立ち去った。

彼が少し離れたところで、香織が尋ねる声が聞こえた。

「大輔様、どうして藤原先生に足を治療してもらわなかったのですか?」

大輔は歯を食いしばり、額に青筋が浮き出た。

癇癪が爆発する前に、彼は冷たく言い放った。

「俺のことに、お前に口出しされる筋合いはない!」

香織は彼の去っていく背中を見つめ、心の中でため息をついた。

最初から彼がこうだとわかっていたなら、自分がどうしてあんなにしつこく朔也に付きまとったりしたのだろう?

その後に起こった様々な出来事は、全くもって自分が愚かだったせいだ。自業自得だわ!

「部屋に戻りましょう」

彼女は興味なさそうに静子に言った。

静子は彼女を部屋へと押し戻した。

部屋に入る前、なおも説得を試みた。

「藤原先生は香織様にお願いがあるのです。

もしあなたが彼を助けることができれば、彼もきっと、あなたのために全力を尽くしてくれるはずです」

ふん!香織は冷笑した。

その夜、光一が異例にも早く帰ってきた。

香織は、彼が大輔と口論しているのを聞いた。足の治療のことでもめているようだ。

「以前は香織のために治療を拒んでいた。

だが今は、藤原先生の方が我々に頼み事があって、進んでお前の治療をすると言っているんだぞ。なぜまだ同意しないんだ?」

香織は静子にドアを閉めるように言いつけ、もう聞きたくなかった。

静子自分が愚かだったのだ。自分自身と引き換えに、大輔が立ち上がること、そして自分が神崎家を出られる機会を得ようと望んだなんて。

結果は、大輔は一顧だにせず、朔也に至ってはただの嘘つきだった。

ドアの外がまた騒がしくなった。何が起こったのかわからない。

静子が、外の様子を見に行きましょうか、と尋ねてきた。

香織は彼女が好奇心を抱いているのを見て、行かせてやった。

ところが、静子は行ったきり戻ってこなかった。

代わりに、窓から一人の男が飛び込んできた。

黒いジャージ姿で、その顔立ちは整っており、白衣を着ている時よりも何歳も若く見える。

香織は警戒して彼を見た。

「藤原先生に泥棒のような真似をする趣味があったとは、思いもしませんでしたわ」

朔也はまっすぐ彼女の前に歩み寄った。

「香織、俺が何か君の恨みを買うようなことをしたか?」

香織は、静子が彼に何か伝えたのだろうと推測した。

彼女は朔也を見て冷笑した。

「鈴木さんは、この部屋に監視カメラがあることをあなたに伝えなかったのですか?

それに、大輔様は隣の部屋にいますよ。私が大声で叫ぶのが怖くありませんか?」

「香織」

朔也は眉をひそめた。

「手短に言う。俺はこの部屋の監視カメラを無効にできる。人知れず神崎家に忍び込み、君の目の前に立つこともできる。

それはつまり、君を神崎家から連れ出す力も持っているということだ。君が俺と来る気さえあれば!」

香織の心臓がどきりと跳ねたが、すぐに冷静さを取り戻した。

「藤原先生、私を馬鹿にして弄ぶのはやめてください。もう騙されませんから」

「騙される?」

朔也は眉間に深くしわを寄せた。

「まさか、前回のことが俺の仕業だとでも思っているのか?

それは違う。克也が君を連れ出したことと、俺は一切関係ない。

あいつは、君があまりに哀れに見えて、同情心からやったことだ……」

香織は思わず冷笑した。

同情心だと!

それが同情心なのか、それともよからぬ企みなのか、誰よりもよく知っているのは、香織なんだ。

朔也は腕時計に目をやり、早口で言った。

「もう行かなければならない。君はもう一度よく考えてくれ。克也が君を連れ出したのは、彼の一時的な軽率な行動だ。

その軽率さについては、俺が彼に代わって謝罪する。だが、彼は絶対に郷田のような下心は持っていない。彼は無実だ」

香織の脳裏に、突然光一の言葉がよぎった。

彼女はわずかに眉をひそめた。

「藤原先生は、私に克也さんを助けてほしいと頼みに来たのですか?」

「そうだ」

朔也はあっさりと認めた。

「隠し事はしない。郷田は死んだ。克也は、現場にいた唯一の容疑者だ。

そして君は、唯一の目撃証人だ。君が協力してくれさえすれば、俺は必ず君を助ける!」

香織は笑った。

「ふふ、因果応報って、まさにこのことですね!

朔也の注視の下、彼女はゆっくりと口を開き、甲高い叫び声を上げた。

「誰か来て!助けて!泥棒よ!」

朔也の顔色が変わった。信じられないといった表情さえ浮かんでいる。

「香織!」

香織は彼に向かって、輝くような笑顔を向けた。

朔也は顔を歪め、素早く立ち去った。

静子が部屋に入ってきた時、そこには誰もいなかった。

彼女は複雑な表情で香織を見た。

「香織様、これは一体……」

香織は答えず、外で何があったのか尋ねた。

静子の説明で、香織は初めて知った。

神崎家の兄弟は今回、激しい口論しを繰り広げ、光一はドアを激しく閉めて出て行き、大輔は感情を抑えきれなくなり、静子が彼に鎮静剤を飲ませたのだ、と。

香織は笑った。道理で、朔也が忍び込めたわけだ。

「鈴木さん、もう帰っていいわよ。明日から来なくて結構です」

「香織様!」

静子はわずかに驚いた。

香織は言った。

「聞こえなかったか?あなたは解雇よ!」

伝言を伝えるくらいなら我慢できる。

だが、藤原家の人間が忍び込む機会を作るのは我慢ならない。

今夜のように、もし朔也に何か考えがあったなら、大輔はおそらくどうやって死んだかもわからなかっただろう。

彼女は大輔を恐れ、憎んでもいる。だが、同時に彼を哀れみ、申し訳なくも思っている。

この複雑な感情は、おそらくあの時の交通事故で、彼ら二人が共に生き残り、自分は無傷だったのに対し、彼は障害を負ったせいだろう。

大輔のことを考えると、香織の思考は少し遠くへ飛んだ。

彼女には、大輔がなぜ朔也の治療を拒むのか理解できなかった。

彼に立ち上がってほしいのだ。

そうすれば、自分もこれからの日々を、少しは心安らかに過ごせるのに。

「香織様」

香織は我に返り、目の前の静子を見た。

その、めったに笑わない顔に、一筋の懇願の色が浮かんでいた。

「香織様、どうか克也様をお助けください。

あの方は、見た目は横暴に見えますが、実は根は優しくて、根の良い子なのです」

香織は無表情だった。

「出て行って!」

結局、静子は、彼女に追い出された。

翌日、真由が彼女を見舞いに来た。

香織は彼女に会えて嬉しかった。

克也に病院から連れ去られて以来、二人が会うのはこれが初めてだった。

真由は彼女を見るなり、目を赤くした。

「香織って、どうして……こんなに不幸な運命なのかしら。

せっかく身体も少しずつ回復してきてたのに……」

「今はもう、だいぶ良くなったわ」

香織は笑って言った。

真由はドアの外にいる大輔を一瞥し、気が引けて小声で尋ねた。

「彼、まさかずっと私たちを見張ってるつもりじゃないでしょうね?」

香織は大輔の目の前で、部屋のドアを閉めた。

直後、隣の部屋からドアを激しく閉める音が聞こえてきた。

真由は目を丸くした。

「ハニー、ずいぶん度胸がついたじゃない! 神崎家の次男坊に真正面から張り合う気?」
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