偽りの死で城を去りし時、主君は我を求め泣く
私が自ら御殿を出てから、上様がようやく下屋敷へ私を訪ねてきた。
上様は少し苛立ちながらこう言った。
「凛、もうやめにしなさい。
お前が位を望むのは分かっている。だが、御台所様が認めないのだ。幕府も氷川家と戦で力を合わせねばならん」
笑ってしまう。天下を治める上様でさえ、ひとりの侍女を取り立てるのに、御台所様の許しが要るなんて。
それに、この数年で氷川家の勢力は既に衰えており、脅威ではなくなっているというのに。
ただ、あの御方が嫡姉上の機嫌を損ねたくないだけのこと。
だが私に位がなければ、あの子の魂は成仏できず、御先祖の祠に入ることも叶わない。
後に私は死んだふりをして御殿を出て、息子を葬った後、町で香を売り始めた。
噂では、上様は夜毎に頭痛に苦しみ、悲嘆に暮れておられると聞いた。
そして半年のうちに御台所様を廃し、氷川家も取り潰されたとか。
上様は懸命に、龍涎香を調合できる侍女を探し、御台所の位を与えるとまで約束しているらしい。
だが、今の私には何も望むものなどない。
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