しおりは賢也の荷物をまとめ、賢也が漢方薬を母親に届ける。公平で合理的な取引だった。しおりは夜遅くに別荘へ戻り、間もなく近くに差し掛かったところで、高橋家の旧宅から電話がかかってきた。車を路肩に寄せる間もなく、電話は切れてしまった。おそらく間違い電話だろうと思い、そのまま家に帰ることにした。賢也が出張に行くたび、しおりは内側から外側まで三種類のコーディネートを用意していた。濃い色のスーツに淡いシャツを合わせ、ネクタイ、タイピン、腕時計、カフスボタンまで完璧に組み合わせていた。彼の魅力を最大限に引き出すため、ボタン一つにまで気を配り、彼の品格を損なわないようにネットで情報を集めていた。しかし今日は、以前のような情熱はなく、まるで工場のライン作業のように三つのコーディネートを選び、淡々とスーツケースに詰め込んだ。そして、しおりがルビーのネックレスを保管するために金庫を開けた時、いくつかのアクセサリーがなくなっていることに気付いた。確認しようとしたその時、再び携帯が鳴った。また高橋家の旧宅からだった。「奥様、今すぐ来ていただけませんか?」使用人の小林の声は震えており、泣いているようだった。「夕食後に大奥様が散歩しようとしたんですが、立ち上がった瞬間にめまいを起こされて......家庭医は病院での検査を勧めていますが......」「わかりました。すぐに向かいます」しおりは電話を切り、高橋家に急いだ。千代は漢方薬を服用していたが、それでも頻繁に体調を崩していたため、家族の中で手の空いているしおりがいつも連絡を受ける役目だった。小林が涙ぐみながら玄関でしおりを迎えた。「あの日、奥様が深夜に賢也さんと家を出られたせいで、大奥様は一晩中眠れず、次の日から体調が悪くて......本当は入院する予定だったんですが、大奥様がいつものことだと言って無理に家に帰ってきたんです。そしてまた......」しおりは心に罪悪感を覚えた。もしあの時、賢也と喧嘩せずに家に戻っていれば、千代ももう少し良くなっていたかもしれない。今までは高橋家の嫁として、一家を支える責任があったが、もうすぐその役目も終わる。これからは賢也自身が面倒を見るべきだろう。しおりは賢也に電話をかけたが、応答がなかった。きっとユリカとの時間を終えて、ぐっすり眠っているのだろう。
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