悠人は急いでタバコを消した。その顔には少し慌てた色が浮かんでいた。彼は優子の前ではずっと「お利口な子」のイメージを保ってきたからだ。たとえ優子が彼が毒虫組織の一員であることを知っていても、悠人は自分を隠すのが上手だった。「優子姉さん、何か聞こえましたか?」優子はお腹を押さえながら答えた。「お腹が痛いの。トイレはどこ?さっき何を話してたの?」彼女の白く滑らかな顔には一切の異変が見られなかった。どうやら先ほどの会話は聞こえていなかったようだ。悠人はほっと胸を撫で下ろした。「すごく痛いんですか?もう一度検査を受けたほうがいいんじゃないですか?」「いいえ、大丈夫よ。さっき超音波検査を受けたばかりだもの。まずはトイレに行くわね」「分かりました。優子姉さん、僕が付き添います」悠人は素直で従順そうな態度を見せた。今の彼はすでに成熟した大人の姿になっていた。彼の表情には幼さの影は全くなかった。それでも、彼は優子の前で、まるで害のない存在のように振る舞っていた。優子はトイレに入り、ドアノブを閉めると同時に心臓を押さえた。数年前の出来事を振り返れば、悠人の極端な性格は明らかだった。表向きの素直さとは裏腹に、彼の本質は全く異なっていた。それに比べて、蒼は冷たく見えるが、彼女の立場に立って物事を考えてくれる人だった。短い距離を歩いただけで、優子の手のひらには汗がにじんでいた。やはり思った通りだった。一年前の治療は効果があったようで、この一年間発作が一度もなかった理由が納得できた。腫瘍の大きさはすでに手術可能な基準に達しており、病状が深刻だった頃と比べると、状況がずいぶん良くなっていた。悠人は彼女に中絶させるため、医者と結託して偽の診断書を用意していた。彼女のために、彼がそうした。しかし、蒼の言った通り、もし奇跡的にうまくいけば、この無実の命を救うことができる。陽翔と瑞希のことを思い出した。もし、あの時、彼女があくまで子供を産むと主張しなければ、今この世に二人の子供たちはいなかっただろう。優子のぼんやりしていた頭の中は、この瞬間、霧が晴れるようにすっきりした。彼女はある決意をしたのだった。たとえ子供の父親に対する感情がどのようなものであれ、子供には何の罪もなかった。子供が自分を選んでくれたのだから、自分もその命を簡単に諦める
最終更新日 : 2024-12-10 続きを読む