蒼は静かに言った。 「前を見て、何がある?」 優子は数歩前に進み、崖の端まで行った。木々を抜けると、遠くには連なる山々が重なり合い、果てしなく続く雪山が壮大な姿を見せていた。 「自由よ」 「そうだ。この谷を越えて向こう側に行けば、自由を得ることができる」 しかし、峻介に何度も阻まれたことで、優子は今や勇気を失っていた。 彼女は怖かった。また捕まれば、果てしない暗闇の深淵に落ちてしまうと考えると、足がすくんだ。 「彼のことが気がかりなのか?」 優子は首を横に振った。「違うの。ただ……怖いの」 「何が怖い?」 「失敗したら、あなたを巻き込むのが怖いの。分からない未来が怖いの。目を閉じると、莉乃が死んだ場面ばかり浮かんでくるの」 蒼の声は柔らかかった。「怖がることなんてない。最も辛かった時期を、君はもう乗り越えてきたんだ。人は今にとどまるべきじゃないものだ。そうでなければ、また以前と同じ日々に戻るだけだ」 「戻りたくない。私は変わりたい。強くなりたい。そして莉乃の仇を討つの」 優子は手を伸ばし、一片の雪を受け止めた。その雪はすぐに手のひらで溶け、小さな水たまりになった。 雪は落ちれば消える運命を知っていた。それでも、空から無数の雪が降り続けていた。一片の雪も恐れることなかった。 「蒼、私を連れて行って」 「いいよ。ただ、数日の準備が必要だ」 「瑞希も。彼女を連れ戻さなければ」 「それは僕に任せて。陽斗に護衛を頼んで彼女を連れてきてもらう。その間、君はどこにも行かず、ここにいてくれ。三日後には出発する」 「分かった」 蒼は武器を取り出し、手渡した。「使い方、まだ覚えてる?」 「覚えてるわ」 「これは身を守るために持っておいて。小屋の後ろにある松林には、僕が掘った地下室がある。危険が迫ったら、子供を連れてそこに隠れて。入口は周囲に溶け込むように作ってあるから、簡単には見つからないはずだ」 優子は蒼の指示通りに、小屋に留まることにした。 ここは寒いけれど、その景色は他にない美しさがあった。 陽翔は元気な男の子で、目を覚ますと彼女と雪合戦をしたがった。 優子は久しぶりに雪の中を思いきり走り回った。 長くは走れず、すぐに息
最終更新日 : 2024-11-30 続きを読む