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第0177話

昼食を終えた綿が診療所の環境に慣れようとしていると、天揚からメッセージが届いた。

天揚「おい、綿、ちょっと出てこいよ。叔父さんが遊びに連れてってやる!」

綿「……叔父さん、私は今仕事中なの」

天揚「仕事?桜井家が養えないってのか?」

綿は苦笑いを浮かべた。養ってもらえるのはわかっているが、だからといってずっと頼るわけにはいかないのだ。

「じゃあ、今夜は外で食事でもどうだ?叔父さんが美味いものをご馳走してやるよ」

綿は微笑んで「いいわ」と返信した。

昨夜の食事会で橋本奎介と一緒だったことを気にかけて、元気づけようとしてくれているのだろう。

綿がエレベーターに向かおうとしたとき、ふとフロントで見覚えのある慎ましやかな姿を目にした。

彼女は眉をひそめた。あの女だ。白いシンプルな服を着て、足元には花柄の布靴を履き、黒髪をきちんとまとめ、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

その女も綿に気づき、目が一瞬輝いた。

綿は周囲を見渡したが、あの男の姿は見えなかった。

綿はその女に歩み寄り、女は微笑みを浮かべた。彼女の目には、年月が刻んだ老いの痕跡が見て取れた。

「こんにちは、桜井綿です。今朝お会いしましたよね」綿は自己紹介した。

女はうなずいて「こんにちは」と答えた。

「帰らなかったんですか?」綿が尋ねた。

女は微笑みながら言った。「夫は帰りましたが、私はこっそり戻ってきました。もう一度聞きたくて。私の病気、治療するにはどれくらいかかるのでしょうか?治る見込みはありますか?費用はどのくらい必要ですか?」

彼女の声は柔らかく、繊細で優しい性格が伝わってくる。

綿は、彼女が強い生きる意欲を持っていることを感じた。

「病状はまだ深刻ではありませんが、手術が必要です」綿は優しく答えた。「入院費、手術費、そしてその後の薬代を含めて、600万円ほどかかるかもしれません。保険に加入していれば、できるだけ助成を受けられるように手配しますので、実際の負担はそれほど大きくないはずです」

彼女の優しさが伝わり、綿の声も自然と柔らかくなった。

女は600万円という額を聞いた途端、目に恐怖の色が浮かんだ。その金額は、彼女にとってはとてつもない負担だった。

彼女は服の端をぎゅっと握りしめ、小さな声で「保険には入っていないんです……」と答えた。

綿の心はズキンと痛んだ
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