輝明は車のドアを開け、腰をかがめて綿を車に入れようとした。声も少し優しくなった。「うん、先に車に乗って」綿は両腕を彼の首に巻きつけ、輝明は身動きが取れなかった。彼女が質問するまで、離れないことは分かっていた。綿がどれほど頑固なのか、彼はよく知っていた。彼は仕方なく腰をかがめ、このままの姿勢を保ちながら、「聞いてくれ」と言った。綿は顔を上げ、真剣なまなざしで見つめ、目を軽く瞬きしながら、やわらかい声で、「嬌がいなかったら、私を愛してくれたの?」と尋ねた。——嬌がいなかったら、私を愛してくれたの?これは三年間どうしても聞きたかった質問だった。輝明は彼女の目を見つめ、漆黒の瞳に複雑の色が浮かべた。その目があまりにも真剣だったので、適当な答えを出すことができなかった。「愛さない」とはっきり言うべきだったが、綿を見つめると、その言葉が出てこなかった。綿は唇を動かし、輝明の目を見つめ、その困惑した表情から答えを悟った。たとえ嬌がいなかったとしても、彼女を愛さなかった。この質問に答えないのは、ためらっているからではなく、彼女に恥をかかせたくないからだ。綿は腕を下ろし、悲しみを隠せずに、「わかったわ」と言った。輝明は喉を動かし、その悲しみを感じて、声をしぼり出した。「何がわかったの?」綿「あなたの答え」「まだ答えていないよ」綿は微笑んでから、座席に寄りかかった。頭を傾け、目を閉じて、淡々と言った。「高杉、私たちは七年の付き合いだよ。あなたのことはよくわかってる。時々、あなたの表情や動き、目の輝きだけで答えがわかるわ」輝明は車に乗り込み、窓の外を見ながら。「そう?」「うん」彼女の声は次第に小さくなった。輝明は綿を見つめた。とても疲れているのか、もしくは彼を見たくないのか、車に乗るとすぐに目を閉じた。森下は後ろを振り返り、二人に尋ねた。「坊っちゃん、次はどちらへ……?」「奥様を桜井家に送り届けて」輝明の声は冷たく、心に何とも言えない不快感と落ち込みを抱えていた。森下はうなずいた。「坊っちゃん、誕生日会は終わりました。陸川さんは家に送り届けましたが、あまり元気ではありません」「わかった。明日、プレゼントを買って、バラの花束を送ってあげて」輝明は眉間を揉んだ。綿は目を閉じたまま、その
輝明はすぐに綿を自分のものにしたいという衝動に駆られた。目に暗い光が浮かび、指の動きを強め、綿の口紅を少し乱してしまった。微かな光が彼女の美しい顔に当たり、綿は眉をひそめて、小さな声で「ん…」と漏らした。その柔らかく弱々しい声が、輝明の自制心を完全に失わせた。彼は頭を垂れ、貪欲にキスをした。自制心が強いが、綿の前では、その日バーでキスをした後、完全に防御が崩れた。輝明は綿の顎を掴み、思う存分キスをしたくてたまらなかったが、彼女を起こすことを恐れた。こういう状況では説明が難しかった。仕方なく、綿を離し、彼女の唇に触れ、軽くキスをした。綿が輝明の肩に寄りかかり、彼の呼吸は重くなり、体は明らかに反応していた。欲望を押さえ、森下を見上げて「森下、別荘に戻れ」と命じた。森下は一瞬ためらった。「奥様を桜井家に送らないのですか?」輝明は黙り込み、森下はその意思を理解した。ついに奥様に対する気持ちが芽生えたのか?輝明は綿を抱きしめ、つい再び彼女の背中の傷跡に目を向けた。その傷跡を指でなぞり、凹凸のある肌に触れながら、考えずにはいられなかった。この世に、本当にそんな偶然があるのか、同じ傷跡を持つ二人の女が存在するのか?綿のタトゥーはいつ入れたものだろうか?輝明は視線を上げ、低い声で「森下、一つ質問がある」と尋ねた。「はい」と森下は頷いた。口を開け、普段、森下が綿の背中のタトゥーに気づいていたかどうかを聞きたかった。しかし、その質問をすると、どうしても奇妙に聞こえた。綿の夫でありながら、妻にタトゥーがあるかどうかを他の男性に尋ねるのはどうかと思った。しばらく黙っていたが、輝明は突然何かを思いつき、「俺が誘拐されたとき、綿は救助に来たか?」と尋ねた。森下は眉をひそめ、よく考えて答えた。「あまり覚えていませんが、その日桜井さんはほとんど姿を見せなかった…多くの人が言っていました、普段は桜井さんがいつも坊っちゃんの後ろにいるのに、いざ問題が起きたらすぐに姿を消したって…」その日はあまりにも混乱していて、あちこち忙しくしていたから、綿のことに気づかなかった。高杉家だけでなく、横浜全体が混乱していた。おばあさまは、「孫に何かあったら、横浜中の人間はタダでは済まないわ!」と言っていた。「では
車は別荘の前に停まった。輝明は綿を抱きかかえて車から降りた。ドアが開くと、綿はうっすらと目を開けて、眠そうに「家に着いたの?」と聞いた。彼女の顔を覗き込み、眉間に苦痛の表情が浮かんでいるのを見た。体の傷が苦しめているのだろう。「うん」と静かに答え、綿を抱えて階段を上がった。綿は少しめまいがして、うとうとしながら再び眠りに落ちた。こんなにもぐっすり眠るのを見て、呆れたようにため息をついた。このおバカさんがこんなにも安心してまた眠りに落ちるなんて。今日は彼が病院に連れて行ったが、もし司礼だったらどうなっていたのか?もし司礼が彼女を家に連れ帰ったらどうなるのか、輝明は想像もしたくなかった。寝室のドアを開け、ライトをつけた瞬間、部屋の空っぽさが心を震わせた。綿が去ってから、この部屋に入ったことはなかった。久しぶりに入ると、すべてがとても見慣れない感じがした。輝明は布団をめくり、綿をゆっくりとベッドに横たえた。綿はすぐに寝返りを打ち、布団を抱きしめ、「痛い…」と呟いた。輝明はベッドの端に立ち、彼女の不器用な寝姿を見下ろし、少し笑みを浮かべた。腰をかがめて彼女の服を直し、髪を耳の後ろにそっとかきあげた。綿は目を閉じたまま、長いまつげが際立ち、本当に美しく、見るたびに魅了されてしまう顔だ。高校時代、彼女はラブレターを受け取りきれないほどだった。大学時代は、毎日誰かから告白されていた。みんなが言っていた、輝明は幸運だと。でも綿はただ、輝明と結婚できたことが幸運だと思っていた。でも今はどうだろう?まだ彼との結婚が得だったと思っているのか?今は彼に対してただの憎しみしかないだろう。そう考えると、輝明は喉が詰まるような気持ちになった。その時、綿のスマホが突然鳴った。彼女のバッグからスマホを取り出し、画面に表示された名前を見た――司礼だった。輝明は眉をひそめ、もう深夜に近いこの時間に司礼が電話をかけてくるのは失礼ではないだろうか?ベッドに横たわる綿を見て、しばらく電話が切れないのを見て、電話を取り耳に当てた。「綿ちゃん、もう帰ったか?傷は深いか?」男の声は温かく、明らかな心配が込められていた。輝明は唇を引き締め、低い声で答えた。「彼女はもう寝た」電話の向こうは沈黙した。
そう言うと、輝明は電話を切った。彼は司礼に自分のことをあれこれ言われる筋合いはないと思いながら、スマホをベッドサイドテーブルに放り投げ、ベッドに横たわる綿を見つめた。耳元には再び司礼の言葉が響いてきた――「そんな男として情けない行動は、恥ずかしいことですよ」輝明はさらに苛立ち、綿の顔を掴んで、思わず文句を言った。「男を引っ掻き回しやがって」同時に、輝明のスマホが鳴り響いた。画面に表示された名前は「嬌ちゃん」だった。輝明は一瞬受けようとしたが、無意識に切ってしまった。今は気分が悪く、嬌を慰める気にはなれなかったので、スマホをマナーモードにして放り投げた。夜も更けていた。綿は不安な眠りを続けており、夜中に痛みで何度も目を覚ました。朝起きたときはまだ6時で、外は曇り、部屋の中は薄暗かった。頭を揉みながら、全身がひどく痛んでいると感じた。体を反転させ、起きようとしたとき、隣で眠っている男の顔を発見した。綿は完全に固まった。目の前に寝ているのは、他ならぬ輝明だった。綿は驚き、反射的に後ろに飛び退いたが、腰がベッドの端に引っかかり、体が倒れそうになった。その時、腕が掴まれ、誰かが彼女を引き寄せた。次の瞬間、綿は輝明の腕の中に抱きしめられていた。彼は目を開けず、黒のシルクのパジャマを着て、彼女を抱きしめる動作は自然で、まるで初めてではないかのようだった。綿は現実感がなく、この状況が信じられなかった。結婚して三年、彼はこのベッドで寝たことが一度もなかった。そして一度もこんなふうに抱きしめたことはなかった……これは夢なのか、それとも輝明が正気を失ったのか?綿は手を上げ、輝明の腰を思い切りつねった。これはたぶん夢だろうと思った。輝明は痛みに息を呑み、すぐに目を開けた。綿は驚いて、大きな瞳が驚きで見開かれていた。「……夢じゃないの?」輝明の顔色は明らかに悪くなり、歯を食いしばり、朝の眠気がまだ残る低い声で「夢なら自分をつねるよ、なんで俺をつねるんだ?」と言った綿「……痛いから」輝明「……」自分をつねると痛いのはわかっているのに、彼が痛がることは気にしないのか?綿の顔を見つめ、言葉に詰まった。しばらくして、低い声で「次はもっと優しくしろ」と言った。その瞬間、空気が
綿は朝食に誘われたことに驚いた。しかし、それに応じる気はなかった。「いや、高杉さん、もう十分にご迷惑をおかけたから」綿は首を振り、輝明の手を押しのけて拒絶した。輝明は手を下ろし、綿が出て行くのを見て、つい後を追った。「綿、この三年間辛かったのは分かってる。離婚後もお互いに顔を立てて、できるだけ仲良く過ごそう」この言葉が耳に入ると、綿は不快に思った。この三年間、彼は何も犠牲にせず、心の痛みを知らなかった。だから何事もなかったかのように振る舞えるが、彼女にはそんな余裕はなかった。綿は傷つき、侮辱され、傷つけられた。夫が結婚している間に他の女と浮気していたのに、それでも顔を立てたいと?どうやって顔を立つと言うのだ?だから昨日、そんなに親切にしたのか?その後に彼と争わないようにするために?まあ、それも当然だ。高杉グループの社長として、外では評判も顔も必要だからな。「離婚後、何か助けが必要なら、何でも力になるよ。夫婦にはなれなくても、友達にはなれるだろう」と彼は言った。綿はヒールを履きながらちらっと見た、「友達はいらないわ。元夫と友達になる必要もないもの。高杉さんも同じですよね?」輝明は眉をひそめ、綿は手を伸ばしてドアを押し開けた。ちょうどその時、嬌が電話をかけようとしてドアの前に立っていた。嬌が体を動かすと、三人の目が合った。綿が最も避けたい場面だったが、結局避けられなかった。「綿、あんた…」嬌は口を開け、高杉を見つめた。「明兄ちゃん、あんたたち…」綿は輝明を見上げた。顔を立てたいと言ったが、この場面でどうやって顔を立つのか、見てみたいものだ。二人の女の熱い視線が一瞬彼に集中した。輝明は心臓が一瞬止まりかけた。普段、公でどんなに多くの人に見られても平然としているのに、女を相手にすると途端に落ち着きを失った。輝明は唇を引き締め、嬌に説明した。「昨夜、桜井が怪我をして病院に連れて行った後、遅くなったので家に連れて帰ったんだ」綿は眉を上げた、嬌を見て、軽く頷いた。嬌は唇を噛み、輝明が「家に連れて帰った」と言ったことに気づいた。輝明は今まで「家に連れて帰る」と言ったことはなく、別荘に来ることはホテルに泊まるのと同じだった。嬌は輝明を見つめて聞いた。「どうして電話に出なかったの?何
嬌は泣けば泣くほど、ますます悲しみが募り、声も大きくなった。輝明はすぐに心が揺れ、嬌の髪を撫でながら優しく言った「泣かないで、こんなの大したことじゃないよ」綿は少し意外そうに輝明を見つめた。祖母の誕生日パーティーで、業界の名士たちが集まる中、偽物の雪蓮草を贈ることが、大したことじゃない?綿は嬌を見つめ「泣く子と地頭には勝てぬ」という言葉の意味を理解した。おそらく、愛される者はいつでも無敵だ。「もう行くわ」と綿はもうこれ以上見たくなかった。「綿」と輝明は呼びかけたが、思わず追いかけようとすると、嬌がさらに強く抱きしめてきた「明兄ちゃん、昨日の夜、パーティーの皆に責められて、本当に恥ずかしかったの」綿は振り返らず、スッと去って行った。輝明は眉をひそめ、嬌に阻まれたまま、綿を追うのを諦めた。「パーティーで何があった?」輝明は嬌を連れて別荘に入った。嬌は涙声でふっと「明兄ちゃん、別荘のパスワード、変えたの?」さっき玄関で何度も試したが合わなかった。もう少し試すと警報が鳴るので、それ以上試せなかった。「うん、変えた」と輝明は平然と言った。嬌は不満そうに「どうして?」「以前のパスワードは何年も使っていたから、急に変えたら慣れないし、いつも間違えちゃうから」と輝明は淡々と答えた。嬌は唇を噛んだ。以前のパスワードが何だったか、彼女は知らなかった。パスワードを知らないと、自由に別荘に出入りできないのだ。自由に出入りできないということは、まだこの別荘の一員ではないということだ。一体いつになったら彼女は輝明の家族になれるのだろうか?……桜井家。綿が帰宅すると、山助と千惠子がソファで待っていた。綿はハイヒールを持って、こっそりと2階に上ろうとしたが、二人に見つかってしまった。「おじいちゃん、おばあちゃん…何か用?」綿は小さな声で尋ねた。「あなたを待っていたんだよ!」千惠子は厳しい口調で言った。綿は咳払いをし、素直に二人の前に立った。山助:「なぜ一晩中帰らなかったんだ?高杉に会いに行ったのか?再燃するつもりか?」綿「…」おじいちゃんは質問攻めするつもりなの?綿は唇を尖らせ、ハイヒールを置き、山助の隣に座って、訴えた。「おじいちゃん、昨夜怪我して病院に行ったの。輝明は私が好き
暗い月茶屋にて。綿と玲奈は個室に入ると、玲奈が尋ねた。「それで、どうしたの?」「もちろん病院に行ったよ!高杉との離婚は簡単にはできないのよ。高杉のおばあちゃんが見張ってるからね」と綿はため息をついた。「かわいそうに、婚姻の痛みからやっと抜け出したと思ったら、すぐに仕事に戻らなきゃいけないのね!」玲奈は笑いを堪えきれずに言った。綿は個室の扉を閉めると、軽く鼻を鳴らした後、にやりと笑って手に持っていた小さな医療キットを見せながら、「さあ、大スター!お兄さんがしっかりと可愛がってやるよ!」と冗談めかして言った。玲奈は顔をしかめ、「うわっ、気持ち悪い!」彼女は撮影から戻ったばかりで、腰や背中が痛くてたまらなかったのだ。綿はそれを聞いて、すぐに針とカッピングの道具を持ってきて、治療してやるつもりだったのだ。「早く脱いで!」綿は医療キットを開けながら、色っぽい目で玲奈を見つめた。誰だって美人を見るのが好きに決まってるでしょう?玲奈は顔をしかめ、美しい顔立ちが一瞬で崩れそうになりながら、「綿、そんなこと言われると脱げないよ……」と呟いた。「俺様に従え!お兄さんはお金持ちなんだ!」綿は眉を上げ、女遊びの男のような態度で言った。玲奈はしばし真剣に考え込んだ。二人はお互いを見つめて、思わず笑みを交わした。「綿、その演技は私のドラマの男主人公よりも上手よ!」「それは当然!」玲奈がソファにうつ伏せになると、綿は鍼灸の道具を取り出した。特別に作られた針が光を放ち、玲奈は恐る恐る息を飲んだ。「優しくしてね」その声に反応して、綿は顔を上げて玲奈を見つめた。朝、輝明が言った「次は優しくしろ」という言葉を思い出した。綿はうつむき、ため息をついた。目には涙が浮かび、心に少しの苦みが広がった。玲奈はそのため息を聞いて、綿を見つめた。彼女がため息をつくほどのことは、輝明を思い出しているに違いなかった。「綿、そのタトゥーを見せて」と玲奈が突然言った。綿は振り返り、道具を準備しながらタトゥーを見せた。玲奈は綿の傷跡に触れ、彼女を見つめ、目に一瞬で哀れみが浮かんだ。綿はかつて輝明を救うために、あの冷たい海で命を落としかけたのだ。その燃えるような愛情は、あの冷たい海では消えなかった。しかし、この三年間の結婚
それでも、今まで誰もこの鍼灸法が綿によって生み出されたことを知らなかった。「よし、四十分後に針を抜くね」綿は薄い毛布をかけてから、「最近は撮影があるの?だからカッピングはやめておくね」と尋ねた。「うん」玲奈は頷いた。綿が針を刺すたびに、彼女は眠くなった。綿がわざとそうしていることを知っていた。玲奈が普段ちゃんと休めていないことを知っていて、深く眠らせて元気を取り戻させようとしていたのだ。外野にとって、綿は役立たずに見えるかもしれないが、玲奈にとって、彼女は自分を癒してくれる神だった。綿は隣の揺り椅子に横たわり、スマホを手に取ると、今日のニュースが異様に静かなことに気づいた。昨晩のお祖母様の誕生日パーティーの件で、一つも悪いニュースが出ていなかったのだ。陸川家がお祖母様に偽物の雪蓮草を贈ったことについて、誰も話題にしていなかった。綿は目を細め、何気なく「雪蓮草」と検索してみたが、何も出てこなかった。完全に空白だった。誰かがこのキーワードを故意に封鎖したようだ。恥をかきたくない陸川家か、高杉家か、または嬌が非難されるのを恐れる輝明か。玲奈を心配させないように、心の中で深いため息をついた。嬌は本当に幸せだ。どんなに大きなトラブルを起こしても、輝明が尻拭いをしてくれるのだ。綿はスマホを置き、あのふたりのことを考えるのをやめた。玲奈の帽子を手に取り、無造作にいじりながら言った。「この帽子、マスクと一体化してて面白いね」「試してみて。気に入ったら買ってあげるよ」玲奈は目を閉じたまま、静かに言った。綿は帽子をかぶってみた。それはマスクと一体化した日焼け防止帽子で、目だけが見える。そしてサングラスをかけると、完全に顔を隠すことができるのだ。「私が誰だか分からる?」綿は尋ねた。「外に出て歩いてみれば分かるよ」玲奈は笑った。綿は、針を取るまでの暇つぶしに、スターがこっそりと外出する生活を体験してみたくなった。「ちょっと外に行ってくるね」そう言って、綿は本当に出て行った。玲奈は困ったように「綿ちゃん……」と呟いたが、このいたずらっ子は本当に行ってしまった。綿が輝明と結婚したとき、座右の銘はこうだった。「輝明はおとなしくて従順な女が好き。だからもう遊びに誘わないで。私は愛のために心を閉ざすわ!」