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第0012話

綿は、目の前で輝明が嬌の手を掴み、自分を見捨てる瞬間を見届けた。急降下する感覚と共に、心に絶望が押し寄せた。

輝明は一度たりとも彼女を選んだことがなかった。例え、彼女がどれほど苦しんでいたとしても。

「綿ちゃん!」嬌の声が聞こえたが、綿は意識を取り戻すことができなかった。階段の途中で身体をぶつけ、全身に痛みが走った。

彼女はゆっくりと顔を上げると、輝明と嬌が見下ろしているのが見えた。その視線には冷たさと無関心があった。

「嬌が数日前にお前に水に突き落とされたのに、今日はまた殴って階段から突き落とすつもりか。桜井綿、お前は本当に心が冷たいな!」輝明の声は冷酷で、彼の言葉が綿の心をさらに砕いた。

綿は乾いた笑い声を上げたが、その笑い声はすぐに涙に変わった。彼は彼女を全く信じていなかった。どんな時でも、嬌が傷つけられた場合、全ての責任は彼女にあった。

「明くん、お兄ちゃん、綿ちゃんもわざとじゃないの。彼女はただ、あまりに辛くて…」嬌は慌てて輝明をなだめようとした。

「辛いからって、お前を傷つけていい理由にはならない。嬌、あまりにも優しすぎるんだ!これじゃ、彼女がますます増長するだけだ」輝明の声はさらに冷たくなった。

嬌は涙を浮かべながら俯き、「琛くん、お兄ちゃん、ごめんね。私が悪かった」

輝明は嬌の言葉に気づき、自分の態度が厳しすぎたことを後悔した。「嬌、君は決して悪くない。君はいつも私の助けとなってくれる」

彼の目には、彼女のために命を賭けるほどの愛が溢れていた。それが彼の態度のすべてを物語っていた。

綿はその様子を見つめ、心が引き裂かれるような痛みを感じた。彼女は壁に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。額から流れる血が指に付着し、その感触は炙熱のようだった。

「桜井綿、ここに二度と現れるな!」輝明の声が冷たく響いた。

綿は彼を見上げ、その言葉に打ちのめされながらも、彼に向かって静かに言った。「高杉、私は彼女を殴っていないし、突き落としてもいない。信じるか信じないかは、あなた次第」

「事実は目の前にあるんだ。お前はいつも嘘をついて、自分を正当化しようとする」彼の声は冷酷だった。

綿は目を閉じて涙を流し、冷たい声で答えた。「家の中にはたくさんの監視カメラがあるでしょう?それを確認してみたらどうですか?何度も何度も、あなたは私を調査もせずに罪に問う。あなたの心上人が実際に何をしているかを見るのが怖いのですか?」

嬌は焦り、監視カメラの存在を思い出して震えた。

綿は輝明に一歩近づき、低く囁いた。「どうですか?」

彼は一瞬、答えることができなかった。

綿は彼を押しのけ、階段の上に立つ嬌を見つめた。「あなた、本当に上手に装うわね」

「明くん、彼女に謝って」輝明は彼女を掴んで言った。

「謝る?絶対に無理」綿は冷たく笑った。

「桜井綿、お前は本当に理解できない!」彼は怒りに満ちた声で叫んだ。

「理解できないのはあなた。愚か者!」綿は反撃した。

輝明は怒りに震え、壁の絵を引き剥がして投げ捨て、ネクタイを引っ張った。

綿は冷たい目で彼を見つめ、彼女の心にはもう愛など残っていなかった。

「明くん…」嬌は小声で彼を呼んだ。

輝明は彼女を見つめ、「森下さんに頼んで病院に連れて行ってもらう。」

「あなたは来ないの?」嬌は悲しげに尋ねた。

「忙しいんだ」そう言い残し、彼は去っていった。

嬌はその背中を見送り、握りしめた手を震わせた。彼は以前とは違う。何かが変わってしまった。

彼女の心には恐怖が渦巻いていた。

……

横浜市中心部、最も賑やかなビルの地下3階には、全自動化された神秘的な基地が存在していた。これがM基地である。

この基地のリーダー、M様はかつて黒市で一人で名を馳せ、取引を成立させた無敵の存在だった。しかし、その基地は5年前に突然消えた。

綿が基地に到着した時、森田がすでに待っていた。

彼女は額の傷を処理し、冷たい雰囲気を漂わせていた。

「ボス、大丈夫ですか?」森田は彼女の額の傷に気づいた。

「大丈夫よ」綿は軽く答えた。

「高杉がやったのか?」雅彦は大胆な推測をした。

綿は笑った。「彼はそんな価値もない」

雅彦はそれ以上追求せず、「ボス、指輪は持ってきましたか?」

綿は頷き、黒いジュエリーボックスを開けた。中にはシンプルな銀の指輪が入っていた。その表面には「M」と刻まれていた。

そう、綿こそがM基地の神秘的なリーダー、M様であった。

彼女は5年前、高杉を追いかけて基地を閉鎖し、結婚式の日にこの指輪を彼に渡した。そして江湖から身を引いた。

しかし、今、彼女は戻ってきたのだ。

「準備はできた?」綿は雅彦に尋ねた。

雅彦の顔には興奮が満ちていた。「準備万端です!」

綿は基地の入口に立ち、右側の機械を起動させて指輪を置いた。瞬時に白いドアが光り、青い光が彼女と雅彦を包んだ。

「M基地、起動中」

「お帰りなさい、M様」透明なスクリーンが二人の前に投影された。

綿が顔認証をすると、基地の大門が開き、内部が明るく照らされた。全てのライトが点灯し、ロボットたちが一斉に動き出した。

「お帰りなさい、M様」全てのロボットが一斉に言った。

その光景は壮観で、威厳と豪華さが漂っていた。

基地の中央には透明なスクリーンがあり、黒市の最新ニュースが飛び交っていた。

「なんと!M基地がオンラインになった!」

「信じられない!あのM基地が復活するなんて!」

「神よ!M様が帰ってきた!」

綿はその光景を見てほほ笑んだ。

「そう、私は帰ってきた」雅彦も笑った。「今こそ、伝説が現実に戻る時だ」

綿は作業室のドアを開け、内部に入ると、全ての設備が一斉に稼働した。彼女はコンピュータの前に座り、黒市のページを開いた。

「お帰りなさい、M様」

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