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第363話

夏実が雅之に会った瞬間、2年前の事故の話を持ち出したことを思い出すと、その恩着せがましい態度に月宮はイライラが止まらなかった。

恩って、そういうふうに使うもんか?そもそも、あの事故って何だったんだ?いまだに何もハッキリしてないじゃないか。

二人はそのままバー「ビューティー」に向かった。

1階では人々が夜の賑わいを楽しんでいて、雅之は窓際の席に座り、その喧騒を眺めながら、細くて美しい指でグラスをつまみ、一杯また一杯と酒を飲んでいた。

その冷え切った表情を見た月宮は、思わず「チッ」と舌打ちして、「なんだよ、そんなに憂鬱な顔して飲んでるのは?何かあったのかよ?」と問いかけた。

雅之は一瞥をくれ、突然聞いてきた。

「里香は、どうして離婚したがるんだ?」グラスを見つめながら、さらに冷えた声で続けた。「僕と結婚するのに、何がダメなんだ?」

里香に高い地位を与え、彼女が追い求めたものを手に入れさせた。ベッドでも相性は良かった。それなのに、なぜ離婚なんて考えるのか、雅之には理解できなかった。

そんな雅之の様子を見て、月宮は少し考え込んだが、あえて聞いてみた。

「記憶が戻った後、記憶を失っていた時のことを振り返ったことあるか?」

その言葉に雅之の顔は一気に曇った。「なんでわざわざ思い返さなきゃいけないんだ?」

あの時の雅之は、二宮家の三男としてのプライドが傷つけられていた。まさかあそこまでみじめな姿になり、喋ることさえできなくなったなんて、今までの彼にとっては考えられないことだった。

月宮は少し笑って、「でも、里香はあの頃のお前が好きだったみたいだぞ」と軽く言った。

雅之の表情はさらに険しくなった。

「それで、彼女を愛してたんだろ?」と月宮が続けた。

雅之は眉をしかめ、「ただ結婚や離婚が面倒なだけだ。結婚したら、なんでわざわざ離婚しなきゃいけないんだ?」と冷たく答えた。

愛なんてものは、結婚とは別物だ。

月宮は首を軽く振りながら、「俺にはよく分からねえけど、記憶を失ってた時は確かに彼女を愛してたんだろ?でも記憶が戻ってからは、その時のことを思い出したくないだけじゃねえのか?でもさ、愛って、そう簡単に消えるもんじゃねえだろ。どうしてちゃんと向き合わねえんだ?」と真剣な顔で言った。

雅之は冷たく笑い、「愛なんてどうでもいいんだよ」と答えた。

ここまで
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