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第16話

雅之の呼吸は一瞬重くなった。

里香を見つめる漆黒の瞳に込められた感情は理解しがたいものだった。

里香は振り返り、靴を手に持ち、一歩一歩前に進んでいった。

「車に乗れ」

背後から再び男の低くて磁性的な声が聞こえた。

里香の目には苦々しい表情が浮かんだ。

「まさか、離婚を撤回するつもりじゃないだろうね?」

そうだとしたら、雅之を助けるために義足をつけた夏実に申し訳ないだろう。

「ここは二宮家の土地だ。誰かに足を引きずってここから出ていく姿を見られたら、家族の名誉に傷がつく」

雅之は冷たい言葉を投げた。

里香は長い睫毛を震わせ、笑いたくなった。雅之が本気で離婚したいわけじゃないと思った自分がバカだった。

「里香、君も言っただろう、僕たちには大した恨みはない」

雅之は里香の言葉をそのまま返した。

里香の指は一瞬強く握られたが、すぐに車に乗り込んだ。

里香が戻ってくるのを見て、なぜか雅之の心は一瞬緩んだ。感情を抑えて、運転席に座った。

バックミラーを見ると、里香は無言で後部座席に座って、まるで活力を失ったかのようだった。

「前に座れ」

雅之は低い声で命令した。

里香は彼を見た。

「雅之、そんなひどいことを本気で言ってるの?足が痛いんだよ!」

里香の足が擦りむけていることを知りながら、そんな面倒なことをさせるなんて。

雅之は片手をハンドルにかけ、美しい指を無造作に落とし、黙ったまま車を発進させなかった。

雰囲気は少し気まずかった。

クソ野郎!

里香は心の中で罵りながら、仕方なくドアを開けて助手席に乗った。

それを見て雅之はやっと車を発進させ、前へと進んだ。

道中、二人は言葉を交わさなかった。

住宅街の入口に着くと、里香は「明日の朝9時、民政局の前で会おう」と言った。

言い終えると、雅之の顔を見ることなくドアを開けて去った。

里香はまるで洪水が追いかけているかのように早く去っていった。

雅之の薄い唇は一直線に引き締まり、彼女の姿が見えなくなるまで目を離さなかった。

車内からタバコを取り出し、一本を取り出し、点火した。

淡い青の煙が車内に漂い、雅之の表情はますます陰鬱で冷たくなっていった。

里香は家に帰り、まず足の傷を処理し、それから結婚証明書を探し出した。

鮮やかな赤色が目に突き刺さり、涙が浮かんだ。

証明書を取った時、里香は「この人と一生を共にするんだ」と考えていた。里香は幼い頃から頼る人がいなかったが、雅之と一緒にいるときはとても幸せで楽しかった。

結婚証明書を開くと、赤い背景の写真に、里香と雅之が笑顔を浮かべ、幸せと喜びに満ちていた。

ポタッ、ポタッ…

こぼれ落ちた涙が、雅之の顔に当たった。里香の視界がぼやけたせいで、彼の顔がよく見えなくなった。

なんて悲しいことだ。本当に雅之のことが大好きだった。それなのに、雅之が記憶を取り戻したからといって、里香のことが好きでなくなるなんて。

雅之が手話を覚えたばかりの頃、彼は不器用に「ずっとそばにいる」と伝えていたのに。

嘘つき。

大嘘つき!

里香は結婚証明書を抱き、ソファに丸くなって、腫れた目が虚しかった。

この小さな家には、二人の甘く幸せな思い出が詰まっていて、思い出すたびに胸が痛くなる。もういい、もうやめよう。

この数日間、心の痛みを十分に味わった。

もう彼が存在しなかったかのように生きよう。今後も一人で、頼る人もいないまま。

里香、離婚おめでとう。

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