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第167話

里香は一瞬立ち止まったが、そのまま目をそらさずに歩き続けた。

桜井は深呼吸をして彼女に近づき、「小松さん」と声をかけた。

里香は足を止め、「何か用?」と冷たく尋ねた。

桜井は書類を取り出し、職業的な笑顔を浮かべながら「サインをお願いします。社長にも、小松さんにもいいことになるので」と言った。

里香の顔色が一変し、桜井が持っている書類に視線を向けた。「どういうこと?私がサインをしない限り、毎日これを持ってくるつもり?あんな嫌がらせをしながら?」

桜井は少し焦りながら「それなら毎日持ってきますけど、嫌がらせなんてしていませんよ」と答えた。

ただ、誤解されたくないという気持ちが強かった。

里香は冷淡に「あなたじゃないなら、雅之の仕業でしょ。大して違わないわ」と言い放った。

桜井は言葉を失った。里香が何かを誤解していることに気づいたが、あえて説明はしないことにした。

勝手なことをすれば、社長が不機嫌になるだろうから、まずは雅之に報告しておこうと考えた。

「小松さん、サインをお願いします」と桜井は書類を里香に差し出したが、また破られるのではないかと心配だった。

結果的に、里香は書類を受け取り、振り返ってその場を去った。

「え、小松さん?」

桜井は驚いて、すぐに追いかけ「どこに行くんですか?」と尋ねた。

里香は冷たく「離婚の話をしに、直接彼に会わなきゃ」と答えた。

桜井は戸惑いながらも「でも、社長は…」と口を開きかけたが、里香はすでに道端のタクシーに乗り込んでいた。

しばらく呆然としていた桜井は、スマホを取り出して雅之に電話をかけた。

「社長、小松さんが離婚の話をしにそちらに向かっています」

返事がないまま、電話はすぐに切られた。

病院に着いた里香は、雅之の病室の前でボディーガードに止められた。

「離婚の話をしに来ました。雅之に伝えてください」と、里香は冷たい目で二人のボディーガードを見つめた。

二人は視線を交わし、一人が病室に入っていった。しばらくして戻ってくると、「どうぞ」と里香に手で合図した。

里香は離婚協議書をしっかり握りしめ、病室に入った。

看護師が横を通り過ぎ、里香が部屋に入ると、病床の傍に座る夏実の姿が目に入った。

彼女は優しく雅
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