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第3話

家に戻ると、私は無意識に言葉を漏らした。

「柚希、いい子にしててね。ママ、すぐにご飯作るから。今日は柚希の大好きな南蛮漬けだよ」

返事はなかった。

その時初めて、柚希がもういないことを思い出した。

母も柚希も、私の側に留めることができなかった。

結局、私は一人ぼっちになった。

全身の力が抜けて、ベッドに横になった。

胸には柚希が生前一番愛していた人形があった。

強く抱きしめた。まるでその人形から柚希の匂いを感じられるかのように。

柚希は簡単に騙せた。何を言っても信じてくれた。

毎年の誕生日には、小さな椅子に座って父親を待っていた。

しかし何年経っても、弘樹は一度も現れなかった。

白血病と診断された年の誕生日には、何度も弘樹に電話をかけたが、全て切られてしまった。

柚希を少しでも喜ばせたくて、彼女に言った。

「パパは今年も秘密の任務中だから、一緒にいられないけど、柚希への特別なプレゼントを用意してくれてるわ」

そう言って、その人形を柚希に手渡した。

柚希はその「パパ」からの贈り物を抱きしめて、最期まで離さなかった。

自分自身を慰めるために、弘樹はそもそも誕生日なんて好きじゃないのだと自分に言い聞かせていた。彼は自分の両親の誕生日さえ覚えていないくらいだから。

しかし、ある日、LINEで弘樹が織絵の姪っ子の誕生日を祝う写真を投稿していた。

部屋いっぱいに並べられた様々なぬいぐるみを見て、私は気づいた。

彼は誕生日のことを覚えていないわけではなかった。ただ、私と柚希のことを気にかけていなかっただけなのだ。

玄関のパスコードを入力する音が聞こえた。

寝室から出た瞬間、弘樹に首をつかまれて壁に押しつけられた。

背中に激痛が走った。

「理奈、柚希をどこに隠した?

幼稚園からは半年も来ていないって聞いたぞ?!

お前の母親が命を懸けて僕を守ったおかげで、お前は風間家に十年間世話になったのに、まだ足りないのか? 柚希を使って僕を追い詰めるのはもうたくさんだ。今度は柚希を使って結婚を迫るつもりか?」

身体的な痛みと心の痛みで息ができなくなった。

私の柚希は、立つのも辛いほど苦しんでいたのに、どうやって幼稚園に行けるだろうか。

彼女は死ぬまで父親に会えなかった。

誕生日の一週間前、弘樹は柚希を見に来ると言った。

柚希は窓辺に張り付いてずっと待っていた。彼がアパートの入り口に向かって歩く姿を見ていた。

柚希が手を叩いて笑った瞬間、弘樹は振り返って去っていった。

後で知ったことだが、その日は織絵が酔っ払っていたらしい。

彼女は泣きながら弘樹に電話をかけていた。「弘樹、あなたを愛すべきじゃないって分かってる。でも、できないの」

弘樹は柚希との約束を破ることなど気にも留めていなかった。

「柚希にはお前がいるじゃないか。体調が悪いなら栄養を補給すればいい。でも織絵は違うんだ。あの日は屋上まで行ってしまったんだぞ。見過ごせると思うか?」

視界がぼやけて、涙が頬を伝った。

弘樹は手を緩めたが、目は暗く、複雑な感情を浮かべていた。

彼は黙って手を上げ、私の涙を拭こうとした。

「弘樹、何か言いたいことがあるなら、ちゃんと話し合おうよ」

そのとき、織絵が慌ててやって来た。

織絵の鋭い目つきによって、弘樹の手が宙に止まった。

「理奈、弘樹に怪我させられてない? そんなに怒る必要はないわ。彼は柚希のことが心配でそうしているだけよ。

分かっているわよね、柚希を弘樹から隠すのはそう長くは続かないわ」

私は冷笑を浮かべ、弘樹に問いかけた。「彼女がここにいる理由は何?」

弘樹は私の態度に不満を示し、冷たい声で言った。「感謝すべきだ。織絵がいなければ、僕は今日お前を殺していただろう!

言え! 柚希はどこだ?」

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