第002話

杏奈が長男の話をすると、紗月の胸に痛みが押し寄せた。

紗月は苦笑を浮かべ、「あちらには面倒を見てくれる人がいるから。

今回は少し長く滞在するかもしれない」

解決しなければならないことがあるから。

六年前、涼介と理恵は共謀し、妊娠三ヶ月の彼女を死に追いやった。

紗月の死が公にされた後、理恵は彼女の「遺書」を取り出し、自殺したと主張した。

その理由は、涼介を裏切ったことへの罪悪感だったという。

なんて馬鹿げた話だろう。真に裏切った者たちは幸せに暮らし、紗月は死後も不貞の汚名を着せられるなんて。

この恨みは、一つ一つ、必ず返させてやる！

もちろん、響也の体のことも......

紗月は深いため息をつき、杏奈に向き直った。「先日お願いした仕事の件、どうなった？」

杏奈は少し困った顔をした。「色々と探してみたけど、今のところ佐藤グループでは空いているポジションがどれもなくて......

清掃員以外にはね」

紗月は薄く笑った。「じゃあ、清掃員でいいわ」

「それはダメよ！」

杏奈は、紗月がこの数年どれだけの苦労をしてきたかよく知っていた。

6年前、紗月は交通事故に遭った後、なんとか命を繋ぎ止め、三人の子供を産んだ後に整形手術を受け、リハビリを重ね、新たな人生を歩み始めた。

今では、霧島大陸で名を馳せたジュエリーデザイナーとなった彼女が、突然その輝かしいキャリアを捨て、桐島市に戻ってきたのだ......

そして今、佐藤グループで清掃員として働こうとしているなんて？

「桐島市には、佐藤グループ以外にも、紗月に合った仕事がたくさんあるのに......」

紗月は静かに首を横に振った。「佐藤グループにしか行かないわ」

*

杏奈が用意したのは、彼女の親族が所有する長年空き家となっていた邸宅だった。

その邸宅は市の中心部から程近い場所に位置し、広々とした3LDKの住居であった。

紗月と子供たちはその邸宅に戻り、簡単な掃除を終えた頃にはすでに午後となっていた。

「透也、妹をしっかり見ていてね。ママは市場で日用品を買ってくるわ」

「わかったよ！」

ドアが閉まると、二人の子供たちは急いでパソコンを開いた。

画面には、涼介のインタビュー映像が映っていた。

「お兄ちゃん、これがパパなの？」

あかりはぬいぐるみを抱きしめながら唇を噛んで、「お兄ちゃんの言う通りだわ。三人の中で、彼に一番似てる私だと気がするね」

「うん」

透也は画面の中の男性を見ていて、目を細めた。「俺が教えたこと、全部覚えてるか？」

「よし！」

あかりは真剣な表情で小さな拳を握りしめ、「私はちゃんと演技できるよ！」

*

マンションを出た紗月は、すぐにタクシーを拾い、近くのショッピングモールへ向かった。

「みんな、涼介との結婚のことをこんなにも気にしているなんて、思いもよらなかったわ」

レジに向かう途中、なじみのある女性の声を耳にした。

その声はショッピングモールの前の大型ディスプレイから流れてきていた。

画面には理恵が穏やかな表情で語りかけ、「今はまだ仕事を優先したいと思うよ。結婚はただの形式に過ぎないから」

司会者も笑いながら応じた。「確かにそうですね。皆さんご存じの通り、理恵さんと佐藤さんは5年以上も一緒にいて、絆は深いですからね......」

紗月はショッピングカートのハンドルをどんどん強く握りしめた。

6年前、彼らが偽造した遺書には、涼介に理恵を一生大切にするようにと記されていた。

その結果、涼介と理恵は婚約者として公然と関係を持つようになったのだ。

そのことを思い出すと、紗月の心に再び痛みが走った。

彼らは紗月を裏切りながらも、あたかも立派な理由があったかのように振る舞っていた。

それに対して、紗月は生き延びるために名前を変えて身を隠すしかなかった。

「バン！」

ぼんやりしていたせいで、彼女のショッピングカートが誰かにぶつかった。

「すみません......」

頭を上げて謝ろうとしたその瞬間、言葉が喉に引っかかり、最後の一語が発せられなかった。

目の前に立っていたのは、背が高く冷酷な表情をした男性だった。

六年ぶりに再会した彼は、さらに冷酷で男性的な魅力を増していた。

紗月はカートを握る手が白くなるほど強く握りしめた。

まさか、帰国したばかりでこの男に出会うなんて思いもしなかった。

涼介は彼女を冷ややかな目で見て、「前を見ないのか？」

6年前のあの事故と海への転落で、紗月の顔には深い傷が残り、感染が進んで化膿し、最終的には顔全体の再建手術を余儀なくされた。

今の紗月の顔は、人工的に美しく整えられており、涼介が彼女だと気づかないのも無理はなかった。最初の2年間は、自分でも鏡をじっと見つめて自分の顔だと確認する必要があったほどだ。

「すみません」

紗月は深呼吸し、心を落ち着かせた。「佐藤さん、あなたの婚約者のインタビューを見ていて、つい見入ってしまって、ぶつかってしまいました」

涼介の眉がピクリと動いた。「君、俺のことを知っているのか？」

「佐藤さんの有名さを知らない人なんていませんよ」

紗月は淡々と笑みを浮かべた。「佐藤さんが前妻のために彼女の妹を一生大切にする約束をした話は、桐島市でも有名ですよ」

涼介の目つきが少し鋭くなった。

彼は遠くから彼女の背中を見ていた。

彼女の体型も歩き方も、髪をかきあげるちょっとした動作も、桜井紗月とまったく同じだった！

そう思って、無意識に近づいて確認したかったのだ。

しかし、今目の前に立っている女性は、ただ桜井紗月に似た姿に過ぎない。

顔も声も、そして性格さえも違っていた！

かつての桜井紗月は優しく従順な女性であり、こんな言葉を使うはずではなかった。

「涼介！」

後ろから理恵の甘えた声が聞こえてきた。

しばらくして、彼女は小鳥のように駆け寄り、涼介の腕にしがみついた。「何してるの？」

「何でもないよ」

涼介は振り返り、理恵を連れて立ち去った。「もう買い物は終わった？」

「終わったわよ！」

紗月はその場に立ち尽くし、二人の背中を見つめながら、心の奥底に冷たい感情が広がるのを感じた。

*

家に帰ると、紗月は子供たちに丁寧に晩ご飯を用意した。

どんなに笑顔を見せても、透也とあかりは紗月の不機嫌な気配に気づいていた。

食事が終わった後、透也は自分の部屋に戻り、技術を駆使してショッピングモールの監視システムにハッキングした。

画面に映るその男がママと長い時間一緒にいたこと、最後にママとぶつかったことを見て、透也は目を細めた。

どうやら、あのクズ男、涼介に遭遇していたのか！

しかも浮気相手と一緒にショッピングモールに行っていた！

だからママは夜になると笑わなくなったんだ。

小さな透也は唇を噛みしめ、妹の部屋に向かって、「明日、計画を実行しよう！」

*

翌朝早く、紗月は朝食を準備していた。「透也、あかり、朝ごはんよ！」

「あかりは昨晩アニメを見過ぎて寝るのが遅くなったから、彼女を起こさないで」

透也はあくびをしながら寝室から出てきた。「そういえば、今日は荷物を取りに行かないといけないんじゃない？」

紗月はうなずいた。「みんなが食べ終わったら行くわ」

海外で五、六年過ごしていたため、彼女と子供たちの荷物はかなり多かった。昨日、荷物受取所から電話があったので、取りに行く必要があった。

「今すぐ行こうよ」

透也は食事をしながら、漫然と話した。「僕たちもう5歳の子供じゃないんだから」

紗月は仕方なくため息をつき、結局コートを持って外に出た。

この二人はまだ六歳だけれど、時々彼女よりも成熟していることがある。

紗月が遠くに行ったのを確認すると、透也は急いで部屋に戻り、パソコンの監視画面を見ながら電話をかけた。「あかり、もう着いた？」