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第一章3

last update 最終更新日: 2024-12-25 22:25:03

  *   *   *

十年前―――――

私は大学の近くに一人暮らしをはじめた。

実家は千葉にあり通えない距離ではなかったが、社会勉強したほうがいいと母に言われて一人暮らしをさせられた。

一人っ子で大事に育ててもらったので、料理も洗濯もできなかった私の将来を両親は心配していたのだろう。

私と母が決めた家は古いアパートだった。家賃が安いわりには1DKの広さがあって一人で暮らすには充分だった。

階段を上がって二階の一番右の部屋。玄関は外にむき出しだけど、大学を卒業して就職するまでの間だし、ちょっとボロボロな家でも我慢しよう。

実家は金銭的に余裕がなく、丸くて小さな座布団とちゃぶ台などの家具はリサイクル店で購入した。

ベッドは高いから家にある布団でいいと持参したが、小さいソファーと可愛い花柄のカーテンは奮発して買った。そこで私は一人暮らしを満喫していた。

アルバイトは、近くのファミリーレストランで週に三回。少しずつ生活に慣れつつあった。

大学に入って気がつけば一ヶ月が過ぎていて、友達もできて、それなりに充実した毎日だった。

そんなある日曜日。

今日はアルバイトが入っていなかった。外はあいにくの雨だったので掃除をしたり洗濯をしたりしていた。洗濯物は部屋干し決定だなと思いつつ窓から外を見ると、昼なのに真っ暗だ。

チャイムが鳴り、窓から玄関に振り返る。

誰だろう?

「はーい」

疑いもせず、玄関のドアを開けると知らない男の人が立っていた。

「ちゃんと誰か確認してからじゃないと、危ないよ」

今まで男性に興味を持ったことがなかったけど、すごくカッコイイので見入ってしまう。目がキラキラしているが、凛々しい眉毛が印象的な人。

「そっか。あなたが入居したんだね」

「……はい?」

優しい笑顔になった彼は、天井を見上げる。

「あ、まだ使ってたんだね。このランプ可愛いでしょう?」

玄関の天井にあるランプは、花びらみたいな形をしていた。

入居した時からついていたもので、可愛いからそのまま使っていたのだ。

「これね、兄貴の付き合っていた人からプレゼントされたんだ」

……ここに住んでいたのだろうか。

謎すぎる。怪しい。私はいまさら警戒しだす。

気がついた彼は、眉を下げて力なく笑った。

「突然、驚かせてごめんね。俺、紫藤大樹(しどうだいき)って言います。ここの家に思い出があって、たまに誰か入居したのかなって見に来ていたんです。そしたら、明かりがついていたので……。もう入居者がいるなら来ないから安心してください。ごめんね。帰ります」

頭を下げて彼は振り返る。外には雨粒が見えるほど激しく雨が降り出していた。

この大雨の中を「帰れ」なんて言うのは酷じゃないか。でも、知らない人を家にあげちゃダメって言われているし。

「雨宿りしてもいいかな。玄関で構わない。中に入らなくていいから」

ものすごく迷った。玄関でいいと言われたけれど、もしかしたら急に私のことを襲ってくるかもしれないし。かなり警戒しながら紫藤さんの顔を見るけれど、悪いことをするような瞳じゃない感じがした。外で雨が止むまで待っていたら風邪をひいてしまう。玄関までならいいかな。

「……じゃあ、玄関でなら」

「ありがとうございます。なんか、ごめんね。本当に変な奴じゃないから」

扉の中に入ってきた紫藤さんは、靴を脱がずに黙って立っている。

私は洗濯物を干さなきゃと思い部屋の中に入っていく。

この家に思い出があったらしいけど、どんな思い出だったのだろう。そんなことを考えながら、洗濯物を干し終えた。

玄関を見ると携帯をいじりながら立っている紫藤さんがいた。ずっと立っているのも疲れるに違いない。

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