江雅子が急に倒れた理由が彼女はやっと分かった。瀬川秋辞はスマホを握りしめて、怒りが心にわき上がってきた。ちょうどこの頃、庭からエンストの音がしていた。佐々木さんがドアを開けようと台所から出てきたが、瀬川秋辞は「佐々木さん、私が行く」と呼び止めた。そう言ったら返事も待たずに、まっすぐ庭に向かって歩いて行った。帰ってきたのはやはり薄野荊州だった。だが、彼は一人じゃなく、側には松本唯寧も一緒だった。手を繋がなくても、二人は肩を並べて歩いていることからして、どう見ても仲の良く親密な恋人同士だった。彼らに向かって瀬川秋辞は大股で歩いて行った。彼女を見た瞬間、薄野荊州は思わずちょっと眉を顰めた。
「おばさんのためなら、謝りに行く私が、最後彼女に会えるかどうかは、あなたに関係なく、おばさん次第だ。もし荊州のことがまだ好きだったら、私は邪魔しないからすぐ離れるよ」と松本唯寧は言った。彼女の目の中にはかすかな得意がにじみ出ていた。瀬川秋辞は微笑みながら、彼女を見ていた。「この人は、教えてないの?私たち今の関係が...兄妹だよ」この前江雅子は彼女を養女として認めたいことがあるが、離婚の後に元旦那と兄妹になるのはいかにもおかしく感じたため、瀬川秋辞に断られた。薄野荊州は視線を取り戻して、無表情で松本唯寧を見た。「ここで待ってろ」部屋のドアが閉まっていなかったため、薄野荊州がまだ入っていな
しばらく黙っていた。彼女は話したかったが、怒りすぎて話もうまく出てこなかった。「薄野荊州、入ってきなさい!」階下の瀬川秋辞も彼女の声が聞こえた。薄野荊州がドアを開けると、目が赤くなって悔しい顔をして、自分を見つめていた松本唯寧を見た。詳しいことを聞いていないで、江雅子は歯を食いしばって先に口を開いた。「彼女と一緒に墓参りに行くの?」男は眉をひそめて、不機嫌そうに松本唯寧を見た。「……ああ」「お正月に女性と一緒に墓参りに行くって、それはどういう意味か、知ってる?」「母さん、なんと言っても、おじさんが亡くなったのは私にも一部の責任があるから。今日は彼の祭日……」「理由がどうであれ、と
松本唯寧はどさっと不安になってきた。今ではネットで彼女は薄野荊州との恋愛関係を炎上していた。このような話題性のあるニュースがあれば、彼女の人気は穏やかになってしまうだろう。しかし今、薄野荊州は声明を公表するように言っていた。主人公が直接にデマを打ち消すように声明を出したら、ある事実も一緒にバレる。つまり、今ネットで二人の幸福を祈っている大勢の人たちが、どう考えてもお金をかけた世論誘導による結果だ。松本唯寧は声を出した。「荊州、このような噂を本当に信じる人はいないよ。そのまま無視しても何日後消えるから。今のところ、声明を出したら、かえって関心を持たせるかも」電話がまだつながっていたため、
結婚してから三年間、夫としての彼は墓参りに行ったことがない。松本唯寧に与えた甘やかしと贔屓と比べて、三年間の婚姻生活が見るだけの価値もないようだった。彼女と比較しない時、薄野荊州と離婚した後、ただ「もう諦めた」「がっかりした」「好きにならなかった」などと思っていた。しかし今となって、彼のことなら、一眼さえもうんざりするようになってしまった。薄野荊州の口元を少しずつ引き締めてきた。倦厭や無関心などの情緒が瀬川秋辞の顔からはっきり見えた。彼女はエレベーターを出てから今まで、少しだけ男をチラッと見て、数秒間視線を交わしたことがある以外、その後ほとんど彼に目を向けたことがなかった。あっても、目つ
瀬川秋辞は車から降りなかった。薄野荊州は強引に降りさせていなかったが、少しも譲らないようにそこに立ちはだかっていた。これがある種の強制だとも言えた。二人がそのまま膠着状態に陥ってしまった。山の上は都会より寒くて、風も身を切るように強かった。最後に、瀬川秋辞のスマホが急に鳴り出して、その静寂を破った。画面上に映った「根本煜城」との文字は、薄野荊州の目にはっきりと映り込んだ。男の何気ない顔は急に沈んでしまった。瀬川秋辞は電話に出た。「煜城、何か用?」この口調は、彼と一緒にいた時のような重苦しい調子とは全く違うのだった。根本煜城「友達から花火をたくさんもらったんだけど、どこかで一緒にして
瀬川秋辞の視線は男の背中に落ちて、ついにいつこの願い事をしたのかを思い出してきたー確かに結婚1年目の誕生日だった。その日、薄野荊州は12時近く戻ってきてから、彼女に醜いケーキを投げつけた。それは田中栩が彼女のために作った失敗作だと言っていた。それなのに、彼女は実に喜んでいた。母がいなくなった後、彼女の誕生日を覚えている人は中村悦織以外には他にはいなかった。だから、彼女は本気にその願い事を祈っていた。薄野荊州が彼女のそばに歩いてきた。花火を見つめてぼんやりしていた瀬川秋辞を見たら、彼は少し喜んできた。「これまで見た花火で今のが一番きれいだろう。お金で買えるのは全部普通のやつなのに、ましてや
薄野荊州は電話を切って、瀬川秋辞を見返すこともなく車に乗り込んだ。瀬川秋辞は一歩遅れて、男性は嫌そうに「なに、ドアを開けてほしいの?」と言った。怒っているような口調だったが、怒りというより、むしろどこか悔しいものが感じられた。瀬川秋辞は力強く自分の額をパシッと叩いた。「パシッ」という音が響いた瞬間、肌は忽ち赤くなってしまった。どれだけ力を入れたかが分かる。やはり寒すぎて、彼女の感情を感じ取る能力まで凍らせてしまったのか、薄野荊州が悔しく思えるなんて、まるで世の中に幽霊がいると信じるよりも不気味だ。彼女は車に乗り込み、運転席と助手席の間にあるコンソールに目をやると、つい痛んだ首を揉んだ