第 0002 話

「瀬川、離婚合意はどういう意味？」

瀬川はその暗い声を聞いて、すっかりさえていた。

「文字通りだわ」

「俺が会社に着いた前に、俺のオフィスに来てこのゴミを持ち帰れ。 夜8時まで御汀別荘で帰れ」と薄野が冷笑している。

瀬川も冷笑して言い返した。「正気か？」

頭おかしいじゃない？

彼女は言葉を止めた。急に男の言外の意味を分かるようになった。

「松本さんが浮気相手と思われることは心配する必要はない。私たちが結婚したことは、両親とわずかの友人が知っている。他人から見れば、あなたは三年間海外にいる彼女をずっと待っていたいい男なんだ。今はようやく彼女が帰国してきたから、皆がお二人にお祝いするだろう」

薄野が昨夜松本を病院に送ったシーンが撮られたばかりなのに、今日彼女は離婚と言った。もしこの離婚合意書はメディアに晒されたら、松本が不倫事件にかかわることが動かぬ証拠になる。

言い終わった時にようやく気づいた。薄野はとっくに電話を切ったこと。

この野郎......

彼女が今住んでいるホテルは、薄氏グループに近くにあるから、急いでいかなくていい。のんびりと朝食を食べてから、地下鉄で会社に着いた。

当時、薄野と結婚したとき、姑から薄野の生活アシスタントとして薄氏グループで働くように頼まれた。

アシスタントとは言え、実際はお手伝いだった。

仕事内容が薄野の食事と雑用であり、給料もなかなか上がらない退屈な仕事だった。

薄野の妻であること、社内の誰も知らない。

なんと惨めなことだ。結婚相手の存在を知らない一方、不倫相手を本当のガールフレンドとして知られている。たまには薄野と車で一緒に会社に行くと、着く前に早めに降りなければならない。

会社に着いた後、パソコンで離職届を書き始めた。どうせ離婚しようとするから、こんなくだらない仕事、さっさとやめよう。

傍に通りかかった人に、パソコンのスクリーンが見られてしまった。「瀬川さん、辞めるつもりなの？あの金持ちの彼氏にプロポーズされたの？」

その言葉を聞いて、瀬川が動きを止めた。薄野の車から降りてきたところを誰かに見られた。あれは総裁の車ですかと聞かれる時、

薄野との関係をばれたくなかったから、彼氏の車だと嘘をついた。

それで翌日、会社中が彼女には総裁の車と同じ車種を持っているお金持ち彼氏ができたという噂が広まった。

あの彼氏の正体は総裁であると思う人は一人もいない。瀬川さんが注文した料理は総裁が決して食べず、毎回ゴミ箱に捨てていることは会社皆知っているからだ。

それでも、毎日注文している。バカだな、瀬川。

同僚の疑問に対して、瀬川は否定した。「いいえ、もう別れたの」

「こんなにいい男と分かれたなんて。惜しいとは思わないの。私だったら、今はきっと死ぬほど泣いてるわ」同情するような表情をしてるが、多分心の底から嘲笑っているだろう。

「強情張っているダメなやつ、私にはいらない」と瀬川が何気なく言った。

「セックスもダメなの？」

「ゴホッ！」

咳で会話を遮られた。オフィスのドアの前に立っている人を見ると、びっくりした。

「薄野総裁…」

咳をしたのは総裁の特別アシスタント田中栩（たなか く）で、彼は横にいた総裁の顔色を見て言った。「仕事中、プライベートな話題は禁止」。

薄野の視線は皆を見渡し、ついに瀬川に注がれた。黒い目は深く沈んでいた。「瀬川さん、俺のオフィスに来てください。さっきチャットした人は今月の給料から2万円差し引く」

その言葉を聞いて、皆はすぐに仕事を始めた。瀬川だけが表情を変えずにタイピングし続けた......

総裁のオフィスはミニマリストのスタイルだ。薄野が何かの書類を見ている。

それは今朝、別荘に送った離婚合意書だ。

オフィスに入って、薄野の前に立った。

男は目を上げて、その無表情な顔から機嫌がよかろうかよくないか分からなかったが、声は冷たくて暗かった。「強情張る、ダメなやつ？証拠あるのかな？」

瀬川は沈黙している。答えてやると大変になるから。

雰囲気がこわばった。十数秒後、この話題を切り上げ、離婚合意書をテーブルの上に放り投げた。

「説明してくれ、この離婚理由について」

瀬川は数秒間沈黙し、かたい声で返した。

はっきりと書いてるんじゃない？

「結婚して3年間、性生活がなく、女方の最も基本的な欲求を満たすことができないので、男方の性機能障害を疑う」

薄野が言葉を読み上げている。瀬川が緊張するようになってきた。もしこの男が怒り狂うになると、コントロールを失うかもと心配している。

しかし、書いていることは事実である。結婚して3年間、一回もない。

財産分与の部分を読んで、男の目線がより冷たくなってる。「このアシスタントの職務のおかげで、俺の財産にはよく知っているね。でも瀬川、自分には俺の財産を持ちいかれる力はあるのか？」

何もまずに家を出ることはとっくに覚悟したから、その話を聞いても平然とした。

しかし、薄野から見たそのような無関心な態度は挑発となった。長い指で彼女の顎をつまんだ。「離婚したら、君はどうする？十万円の月給で生きる？ 家賃はおろか、今ついてるネックレスを買うのも不可能だろう？」

完全になめている。

瀬川は首を傾げて彼の手を振り払おうとしたが、思い通りにはいかなかった。かえってより痛くなった。

痛みをこらえて言い返した。「心配不要だ」

薄野は硬い表情をしている。「俺よりいい男を見つけたか？」

「......」

彼女は沈黙している。

当たったか？薄野は突然笑い出した。彼女の顎をつまんだ手を緩めた。「忘れたかもしれないが。離婚するかどうかは俺次第だ。合意書によると、まだ3ヶ月残っている」

この3年間、妻として扱っていなかったのに。

その態度を取っているのは、彼女から先に離婚を切り出され、面子をつぶされ、それに松本の名声を落としたからにほかならない。

いつまでも本性を変えられない。

今日は相談が無理かも。なんなら、いっそ自分の本音をはっきり言おう。

「どれほど時間が残されても、別荘に戻るわけがない」

薄野が無表情で睨んている。

「別居のつもりっていいたいか？」